学年一可愛い令嬢三姉妹は、俺の私物を屋敷に置く話になると急に本気の顔をする
考えとく。
俺がそう言ってしまった翌日から、三姉妹の空気は明らかに変わった。
涼花は朝からやたら機嫌がいい。
優里はいつもより少しだけ考え込む時間が増えた。
龍華は龍華で、俺を見るたびに「いつ持ってくるんだ?」みたいな目をしてくる。
全員、完全に“俺の私物を西園寺家に置く”という話を現実の予定として扱い始めていた。
俺としては、あの場を収めるための保留だった。
断ると三人が妙に残念そうな顔をしそうで、それが面倒だったから一旦そう言っただけだ。
なのに、あいつらはその小さな隙間へ全力で入り込んでくる。
「神谷くん!」
昼過ぎ、アパートでだらだらしていると、チャイムも鳴らさず涼花の声が外から聞こえた。
いや、チャイムは鳴った。
鳴った直後に声が出た。
順番は合っているが、実質同時だった。
「……元気すぎるだろ」
扉を開けると、予想通り涼花がいた。
そしてその後ろに優里、さらに壁際に龍華。
今日も三姉妹フルセットである。
「今日は何だよ」
「神谷くんの私物会議!」
涼花が満面の笑みで言った。
「ついに会議になったか」
「だって大事じゃん!」
「大事です」
優里が静かに頷く。
「神谷くんが何を置いてくれるかによって、場所も決めないといけませんし」
「もう置く前提で話してるな」
「考えるとは言った」
龍華が短く言う。
「置かないとは言ってない」
「裁判みたいな言い方するな」
外で話していても仕方がないので、結局三人を部屋へ入れる。
昨日持ち込まれた私物たちは、今日も当然みたいにそこにあった。
涼花の水色のクッション。
優里の紅茶缶。
龍華の黒いパーカー。
たった一日しか経っていないのに、もう部屋の景色に馴染み始めているのが怖い。
涼花は自分のクッションへ座るなり、ノートを開いた。
「では第一回、神谷くんが西園寺家に何を置くか会議を始めます!」
「始めるな」
「候補その一、漫画!」
「お前が読みたいだけだろ」
「ち、違うもん! 半分くらいだもん!」
「半分認めるな」
優里が小さく笑いながら、上品な手つきで紙を取り出した。
「私は本がいいと思います」
「そこは優里らしいな」
「神谷くんの好きな本を一冊、屋敷の書斎に置かせてもらえたら嬉しいです」
言い方は丁寧だ。
だが、内容はしっかり踏み込んでいる。
「一冊だけか?」
「最初は」
「最初って言ったな」
「はい」
この人は、最近かなり開き直るようになってきた。
龍華は壁にもたれながら、少し考えて言った。
「私は服」
「却下」
「早いな」
「早くて当然だろ」
「着替え一枚くらい置いとけば、泊まりやすいだろ」
「泊まる前提が入ってる時点でアウトだ」
「冗談半分だ」
「半分残すなって何回言わせるんだ」
涼花が「泊まりやすい」という単語に反応して、耳を赤くした。
「龍華お姉ちゃん、それはさすがに危ないよ!」
「何が」
「色々!」
「涼花が一番想像してる顔してる」
「してない!」
この姉妹、本当に余計な方向へすぐ転がる。
「そもそもさ」
俺はローテーブルの上へ麦茶を置きながら言った。
「俺が西園寺家に何か置くとして、どこに置くんだよ」
「わたしの部屋!」
涼花が即答した。
「一番駄目な候補を真っ先に出すな」
「なんで!?」
「なんででもだ」
「じゃあ、優里お姉ちゃんの部屋?」
「それも駄目です」
優里が珍しく即座に否定した。
しかし、そのあと小さく視線を逸らす。
「……いえ、駄目というか、少し早いと思います」
「早い遅いの問題なのかよ」
「問題です」
その静かな断言が一番怖い。
龍華が鼻で笑った。
「じゃあ私の部屋だな」
「だから個人部屋を候補にするな」
「じゃあ書斎」
龍華はあっさり切り替える。
「現実的にはそこだろ」
それは、たしかにそうだった。
西園寺家の屋敷には、以前ちらっと見たことがある大きな書斎がある。あそこなら俺の本が一冊増えたところで、誰も気にしないだろう。
むしろ、気にしなさすぎて逆に埋もれそうだが。
「書斎なら、自然ですね」
優里が頷く。
「神谷くんの本を一冊置いて、私たちが読みたい時に読めるようにする」
「わたしも読む!」
涼花が手を挙げる。
「難しいのは無理だけど!」
「堂々と言うな」
「でも、神谷くんが好きなやつなら読んでみたいし」
その言い方は、ちょっとだけ真っ直ぐだった。
「私も読んでみたいです」
優里が続ける。
「神谷くんの好きな物を、屋敷に置く。少し不思議で、嬉しいので」
そういう表現が、優里は本当にうまい。
龍華は腕を組んだまま言った。
「まあ、本ならお前も渡しやすいだろ」
「そうだな……」
服や私物よりはずっと現実的だ。
本なら違和感も少ない。
それに、俺にとって本はかなり大事なものだ。適当に選ぶわけにはいかないが、逆に言えば“置くもの”としては悪くない。
「じゃあ、本で決まり?」
涼花が身を乗り出してくる。
「まだ決まってない」
「でも有力?」
「有力ではある」
「やった!」
なぜお前が喜ぶ。
すると優里が、少しだけ真面目な顔になった。
「神谷くん」
「なんですか」
「その本は、神谷くんが今まで読んできた中で大切な一冊がいいです」
「重いな」
「はい」
認めるんだな。
「軽いものだと、きっと意味が薄くなってしまいますから」
その言葉には、少しだけ納得してしまった。
西園寺家に俺の本を置く。
それがただの遊びなら、適当な漫画でもいい。
でも、三人がここまで真面目に見ているなら、こっちも適当には選べない。
涼花は少しだけ不安そうに聞いた。
「でも、すごく難しい本だったらどうしよう」
「その時は頑張れ」
「うっ」
「涼花が読み切れるものにしてあげてください」
優里がやわらかく言う。
「そこまで配慮するのか」
「だって、三人で読みたいので」
三人で。
その言い方に、また少しだけ胸が引っかかった。
誰か一人のものではない。
三人が俺の大事なものを共有したいと言っている。
その感覚が、なんだか少しだけくすぐったい。
「……探しとく」
俺がそう言うと、三人は同時に反応した。
涼花は笑顔になり、
優里はほっとしたように目を細め、
龍華は満足げに口元を上げた。
「じゃあ決まりだね!」
「まだ探すだけだ」
「でも、持ってきてくれるんですよね?」
優里が聞く。
「たぶん」
「たぶんじゃなくて、持ってこい」
龍華が言う。
「命令するな」
「じゃあお願いだ」
「お前のお願いは命令と変わらない」
龍華は肩をすくめて笑った。
その後、話はいつの間にか“本を持っていく日”の調整に移った。
どうしてそこまで進むのか分からないが、三姉妹の中ではもう完全に確定事項らしい。
「屋敷へ行くなら、お茶も用意しますね」
優里が言う。
「読書会っぽくなるね!」
涼花が嬉しそうに続ける。
「本置くだけで終わるわけないよな」
俺が呟くと、龍華が当然みたいに頷いた。
「当たり前だろ」
「だろうな」
そう返してしまう自分が、一番まずい。
気づけば、俺は本棚の前に立っていた。
どれを持っていくか。
軽すぎず、重すぎず、三人にも読めて、それでいて俺が本当に大事にしている一冊。
すぐには決まらない。
けれど、選ぶこと自体が少しだけ楽しいと思ってしまった。
涼花が横から覗き込む。
「神谷くん、悩んでる?」
「まあな」
「わたしたちのために?」
「……まあ」
そう答えた瞬間、涼花がぱっと笑った。
「今の、すっごく嬉しい」
「そういうのをすぐ言うな」
「言うよ!」
優里も本棚を見ながら、静かに言う。
「神谷くんが悩んで選んでくれたものなら、きっと大事にします」
「壊すなよ」
「しません」
「涼花は?」
「しないよ!?」
「怪しい」
「ひどい!」
龍華は本棚の背表紙を眺めながら、ぽつりと言った。
「お前の本がうちにあるって、結構いいな」
「何が」
「お前がそこにいなくても、お前の気配が残る」
その言い方は、少しだけ静かだった。
俺の部屋に三姉妹の物がある。
西園寺家に俺の本がある。
それは、場所をまたいで互いの気配が残るということだ。
考えると、かなり距離が近い。
でも、その距離を嫌だとは思わなかった。
「……ほんと、変なことになってきたな」
俺が呟くと、涼花が笑った。
「でも楽しいでしょ?」
「まあな」
今度は、否定しなかった。
その返事に、三姉妹はまた嬉しそうな顔をした。
どうやら令嬢三姉妹は、俺の部屋に私物を置くだけで満足せず、今度は俺の大事な一冊を、自分たちの屋敷に迎え入れるつもりらしい。
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