第92話:大学の時の陸上競技生活②
メジャーリーグ6年目の左のアンダースロー橘周 の大学時代の陸上競技の話を続ける。陸上部に特別な形で入部した橘周は、速く走るための基礎を叩き込まれた。
まずは、地面の蹴り方だが、基礎を知らないとついつい、グイっと地面を強く蹴ってしまうが、実はこれは大きな間違いだ。グイっと強く蹴ると地面への設置時間が長くなり、タイムロスになるのだ。
でも蹴らないわけではない。地面の反動を利用して。ポンっとすぐに足を前に出すのだ。これは陸上選手では当たり前だが、陸上以外ではサッカーの指導でも今では当たり前だろう。
しかし、ダンス部では習わない(笑)。橘周には目から鱗であった。
次にスタートのコツ。これは最早スポーツ選手の大半が知っているはずだが、ジャマイカで始まった、前傾姿勢で小幅でスタートを切り、徐々に身体を起こして20~30m当たりで全力疾走へのつなげる。
このスタートのコツについては、橘周も知ってはいたが、実践するチャンスが無かった。
これらの基礎トレーニングを2週間続け、どうにか身に付いてきた。スパイクにも馴染んできた気がする。
そしてもう一度100mと継続してみると、手動ストップウォッチで10秒4と0.3秒も縮めた!電気時計なら10秒7といったところだ。
橘周の身体能力と器用さというか適用能力の高さに、陸上部全体に衝撃が走った。
その日、橘周は陸上部の監督、コーチ、キャプテンと話し合いをした。今後の進め方についてだ。
監督「橘、君の才能は凄い!これからもタイムがグングン上がるかもしれな
い。ただもう二十歳なので、9秒代は不可能だろう。今後の希望はあ
るか?何とか君の才能をもっと開花させたいと思う」
橘周「そうですね。100mでオリンピック出場が不可能なことは分かります。
ただせっかく陸上を始めたところで全てが未知の世界です。なので
暫く100m以外も色々体験してみたいです」
酷い飽き性であることは、この時は言えなかった(笑)。
ということで、非常に特別なことだが、次の非から監督、コーチ、他の選手の協力で、多くの競技を経験させてもらうことができた。まずは200mと400m。次に110mハードル。ハードル初心者は、通常いきなりスムーズに走ることは無理なのだが、股関節等身体が柔らかく、飲み込みが早い橘周は、あっという間に様になっていた。
また暫く経過して、走り幅跳びと三段跳びに挑戦させてもらった。ジャンプ力とスピードがあるから、いきなり陸上部内でトップの記録が出た。
走り高跳びも自分の身長を超えるのにたいした時間がかからなかった。ベリーロールと背面飛びの両方教えてもらったが、ベリーロールの方がしっくりきた。
ただ投てき競技は肩を痛めて野球に支障が出る可能性があるので、避けた。
その他トラック競技としては、室内の60mと屋外の800mと1500mも試走をして、これまた衝撃の記録を出した!でも1500mより長い距離も、とりあえず避けた。
最後の挑戦は棒高跳びだが、流石にこれには苦戦した。いくらトランポリンとブレイキンの経験者と言えどもなかなかの難易度であった。数日である程度形にはなったが、空中でポールのしなりを利用してさらにビョーンと高く飛ぶのはかなり時間かかりそうで、一旦終了した。
と、これで全競技のはずだったが、監督にどうしてもと言われて、投てき競技の中で最も肩を壊す可能性が低いハンマー投げを体験させられた。橘周は、強肩で腕力があり、ダンスで鍛えたターンの技術もあって確かに向いていた。
果たして・・・「投てき競技未経験者の1日目の日本最高記録かも!」って、もう何度目かの騒ぎとなった。
当然のように皆から「駅伝の一番短い距離担当」と「十種競技挑戦」を強く勧められたが、全力で断った(笑)。
どちらも滅茶苦茶大変なのは知っていたし、何より練習も大会も時間がかかる・・・から。
さて、春の大会に向けて、競技の選定と練習方法の協議を行った。橘周本人の希望は、60m~1500m、110mハードル、走り幅跳び、三段跳びを全部出たいというものだった。でも1つの大会で全て出場は当然不可能なので、まずは100m、200m、走り幅跳びを選択した。




