第75話:メジャーリーグ3年目はさらに進化して活躍!しかし・・・
メジャーリーグ3年目を迎えた、世界初の左のアンダースローの先発完投タイプ、橘周。3年目は昨年と違って好調なスタート。
最初の3試合で3連勝を飾った。
・6回無失点 10脱三振
・7回2失点 11脱三振
・8回無失点 14奪三振
野手としてもこれまでに無いスタートダッシュ。初打席のヒット以来打率3割をキープしている。
4月後半には、外野レギュラーが2人も怪我で離脱したことで、益々橘周の重要性が増した。野手の出場が無いのは、登板日の前日、登板日の翌日と決まっているが、それ以外の試合では縦横無尽の活躍だ。
先発ピッチャーでありながら、途中出場で代打、代走、守備固めの全てで貢献できるプロの選手は世界的にもほぼ初めてだろう。ただ代走での無理な盗塁と守備機会での無理なダイビングキャッチは、禁止されたままである。
4月後半には、とうとう代打ランニングホームランまで飛び出した。
しかもスタットキャスト登場以降で、ダントツ歴代最速タイム13.55秒であった。日本では既にダイヤモンド1週を打たずに走るだけの場合が12秒代と、驚愕の記録を残していたが、長打を打った場合はスタートまでにロスが発生するので1塁までが遅くなる。
この試合は代打でもあって、打った瞬間から全力疾走してロスを最小限にするとともに、オリンピックの200m走メダリストのような走りを最後まで続けた。野球選手はだいたい途中でヘバッてしまうが、橘周にはそれが無いので、最後まで加速し続ける。当然のように球場全体が騒然となった。
5月には新しい試みもあった。6回まで1失点で登板した後、橘周はファーストの守備についた。その後7回2アウト1,2塁で再びマウンドへ上がる。日本ではピッチャー→ファースト→ピッチャーを3回ほど経験しているが、この時はいずれもワンポイントでの交代だった。ただメジャーリーグでは、「登板した投手は最低でも打者3人と対戦するか、そのイニングを完了するまでは交代できないという新ルール」のルールがあり、リリーフ投手が打者4人と対戦した後の登板となった。
橘周はその後8回も最初の左打者に投げて降板しベンチに下がった。勝利投手となった。この試みは成功した。がしかし、色々とリスクがあることで、余程のことが無い限り封印することとなった。
それでも試合に出る度に話題を振りまく橘周に、最早メジャーリーグという舞台で1人主役を張っている唯一無二のスーパースターとなっていた。
6月初旬まで11試合に登板し、まさに無双状態。
・ピッチャー:9連0敗、防御率0.95、脱三振160
・野手:打率3割5分5厘、ホームラン3本、盗塁5個、外野手の捕殺数3
まさに我が世の春・・・・であったのだが・・・
12試合目の登板中に、それは発生した。激しい腰の痛みである。4回に珍しく3連打で2失点したところで、途中から違和感があった腰に激痛が走り、その場に座り込んでしまったのだ。
歩くことすら厳しく、コーチにおんぶされてベンチに下がった。
トレーナーの高井は、「ついにきちまったか!」と橘周についての唯一の不安材料であった腰痛がここできたかと、観念したような気持ちになった。
歴史上唯一の剛腕タイプの左アンダースローで、バッティングセンス、守備のセンスがあり、メジャーリーグ最速の走力は、実際には身体への負担が尋常でないことを理解していたからだ。
橘周は、即刻故障者リスト入りしたのだった。




