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30 混沌の魔女の秘密

「だからルカは狙われたんだ。この手帳の秘密を知ったから!」

私はしゃがみ込むとそれを拾い、同じようにページを捲りながらさっと文字を追っていく。

するとそこに記されていたのは、コンクェスト王族の隠れた闇。

そして私が探し求めていた、偽りの姫君の正体――

あぁ、あの彼が……いいえ。彼女がそうだったのか。

全て点と線が繋がった。あのルドルフ様の表情の理由もお姉様の予言も。


「まさか、第一側室のアリーヌ様がルドルフ様を生んだ時、男と偽ったなんて。そしてその魔力が……――」

私と猫王子は突如現れた異変に身を固くし顔を顰めた。

全体を覆うような場を支配する膨大な魔力。

まるで上から押しつぶすかのような強い圧力が、どんどんと私達を取り囲むように広がっていく。

それはあの港町で感じた魔力と一緒。


「猫王子」

「あぁ」

私達は一度この建物から避難する事にした。

二人して外へと出ると先ほどまではただひたすら更地の上に誰もいなかったのに、そこには捕縛されたストリッド様一行の姿が。

縄で手を後ろに縛られ、足元も拘束されている。そしてそこには――


「混沌の魔女」

燃えるような真紅の髪を靡かせ、体の線にそうようにぴたりとした純白のローブ姿の女性が腕を組んで佇んでいた。満月のように淡い金色の瞳を輝かせて。

まるで女神のように優雅に微笑んでいるが、人工的な微笑は狂気で染まっている。

もっと早く気付けば良かった。

そんな事が頭を何度も過ぎるが、きっと私は自力でその事実まで辿り着けなかっただろう。

魔力は隠され、その上顔も髪も全て変化させていたのだから。変らないのはその輝く瞳のみ。


「何故、ストリッドを!?」

「私の味方はこの世で一人。私だけよ」

混沌の魔女はクスクスと笑いながら、足を上げると横でもがいているストリッド様へと降ろして踏みつけた。まるでストゥールにでも足を乗せているかのように軽やか。

ヒールが深く彼の脇腹に埋め込まれ、場に苦痛の声が響き渡った。


「おい! やめろ!」

「待って!」

見ていられなくなったのだろう。私の制止を聞かず猫王子は駆けだし、彼女の絹のような滑らかな足をしがみ付くように掴んだ。  

だが、すぐにマントの襟を掴まれ、ゴミでも投げるようにこちらにつまみ投げ出され空中に弧を描いた。

そのため咄嗟に短縮詠唱を口ずさめば、彼の体が宙にふわりと浮き難を逃れた。


「どういう事だ……?」

ストリッド様は複雑な感情を含め、呻き声交じりの言葉を吐露。

「お前ら、仲間割れなのか?」

「いいえ。ストリッド様が誤解しているだけよ。恐らく、混沌の魔女は単独犯行」

その言葉にサファイアの瞳と落ち葉色の瞳の視線が私に注がれる。

「その通りよ。フィテスお兄様もストリッドお兄様も面白いぐらいに手の平で踊り続けてくれたわ。本当に馬鹿みたいに」

混沌の魔女のかみ殺す笑いが漏れ、だんだん高くなり天がそれを吸収した。実に心の底から楽しそうだ。

「狂っている……」

 あんなに仲が良かったのに。


だが、その背景を考えると同情する。

始めてこの世に生を受けた時、誰からも祝福を受けず、名前も付けて貰えず全てが抹消。

それは彼女が存在しない人物として生きるという事だ。

そして作られた新しい名前と第三王子としての地位。

永遠に偽り続けなければならない人生。

逃れられないそれは、鎖となって嵌められた。しかも実の母親によって――


「お兄様って、お前は一体誰なんだよ!? 父上の御落胤か!」

「ルドルフ様……いえ、アリーヌ様が生みになられた第一王女よ。ルカ様のお母様が守ってきた秘密。王妃が抱えていた闇」

それを翳せば、彼女の瞳が全てを焼き尽くしそうな憎しみを浮かび上がらせる。


「確かに生物学的にはそうかもね。でも、私に父親も母親もいないわ。たった一人。自分だけが味方。あの人の子供はストリッドお兄様だけ。ねぇ、お兄様。私を置いて、毎年夏の離宮は楽しかったでしょう? 家族水入らずで」

その言葉にストリッド様は、目を大きく見開き、唇を震わせている。


「そんなはずない! 俺は弟だけ……ルドルフだけだ」

「間抜けねぇ。先ほど破壊の魔女が言っていた事を聞いていたんでしょ? 貴方に弟なんていないわ。最初からね」

自嘲するかのように吐き捨てると、彼女は手を空中に彷徨わせる仕草をして見せる。

そしてゆっくりと掌を広げると、そこには以前目にした事がある物。

星のようにこの灰色の森に金色に輝きを放っている。

それはつい数刻前に女神詣で見たあの貝の形をしたブレスレットだった。


「やはりそうなのね」

母親に貰った唯一の物。生まれた時から着けている……きっとあれは魔力を隠す魔法具だろう。

「私は第一側室アリーヌの第二子。王家の系譜に記載されない者」

「どういう事だ? じゃあ、ルドルフは誰なんだ!」

ストリッド様は上半身を起こし叫んだ。この森をざわめかせるかのように強く、困惑と共に。

「――そこにいる混沌の魔女。彼女がルドルフだ。いや、ルドルフの役をしていたと言った方がいいのかもしれないね」

ふいに割るように突然背後から投げかけられた第三者の声。

それはつい数日前、港町に来て下さった人物の声。

どうして彼が? 訝しげに思いながらも、私は振り返った。




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