29 近づいていく。その秘密に
「ここからが混沌の森ね」
地面は溶岩が固まった形状をし、どす黒い生命が燃え尽きたかのような死の色をしている。
青々と茂る森も途中から上空を何か黒い布で覆われているかのように真っ暗。
日の光が一切入らない。まるで深い海の底。ここ―――目の前に広がるのが、私達の目的地である混沌の森。
「準備はいい?」
「あぁ」
彼の返事に対して、私は首元からネックレスを取り出し、チェーンを外すと指輪を手の平に転がし親指へ嵌める。カーツイア家の紋章がこれからの戦いを激励するかのように、輝きを放った。
「それ、なんだ?」
「お守り。カーツィア家の宝よ。お父様から譲って頂いたの」
「そう言えば、宰相がそんなの付けていたな」
「えぇ」
私は微笑むと足を踏み入れていく。ひんやりと刺すような空気に、私は眉を顰めた。
若く青い木の香りも、ここでは煙のように鼻を刺激する臭い。
この先に混沌の魔女がいるので、私達は足を止めることなく先へと進んでいく。
予想外な事にさくさくと順調。暫く何事もなく順調に進んで行った。
中は光魔法やランタンを使用しなくてもほんのりと明るく、歩く分には不自由しない。
「あ」
「え?」
何の前触れも無く、猫王子が立ち止り左側を見てぽつりと呟いた。
その声に、私は足を止め小首を傾げる。
「どうしたの?」
「意外だと思って。あれ、白く清らかな花だから」
そう言って視線で指している方向を見ると、ぼんやりと鈍く光る物が。
よくよく目を凝らして見て確認したそれに、私は声を上げた。
それは猫の肉球のように丸い花弁を付けた小さな花の群れ。
「ミャールだわ」
まさか、こんな所で発見するなんて!
この辺りは突然変異をしたような物が多いが、そのままの生態を維持しているものも存在するようだ。
「摘んでいっていい? お母様にお土産。生でも乾燥でもいいけど、その花をすり潰して飲むとグレスザンに対しての解毒作用があるそうよ」
「構わないぞ。ついでに休息していこう。喉乾いた」
「えぇ」
私達はミャールの方へと足を進めていく。
この生態が崩れている場所にも負けずに咲き誇るそれは、掌サイズという大きさなのに凛々しい姫のような強さを感じた。
ミャールを摘み、しばし休息を取った私達はまた足を進めていく。
ただひたすら道なき道を歩いていると、森の中心部とも言うべきか、大きな広場へと出た。
ぽっかりと森に開いた更地。そこにはただ木の板等を組み合わせて作られた掘立小屋みたいなものが静かに佇んでいる。
もしかしたらここが混沌の魔女の住処なのだろうか? だがしかし、肝心の魔力と気配が全く感じられず。そのため、私は唇を噛みしめた。
――……罠か?
「なぁ、どう思う?」
「はっきりとは言えない。様子を探ってくるわ。貴方はここで待っていて」
そう猫王子に告げ私が足を動かせば、急に体ががくんとバランスを崩して歪んでしまう。
それは右足に走った衝撃のせい。
そちらへと視線を向ければ、猫王子がふくらはぎにしがみ付いていた。
「俺も行く。サアラと一緒がいい!」
「わかったわ」
縋りつくような青き瞳に私は頷く以外道はなった。
傍にいた方が、何かと好都合だろう。奇襲にも対応出来るし。
「一緒に行きましょう」
「あぁ」
小屋との距離が近づくほど、緊張感が増していく。
自分の呼吸音だけがやたらと感じてしまう中で、私達は扉の前へと辿り着いた。
元々は鮮やかな緑色だったであろう影も形もないそれを開け、私は僅かに開かれている扉の隙間から中の様子を覗くように窺う。
中央に配置されたテーブルと椅子。
それから左手にある飾り棚。
そして地面にはゴミなのか、何か細かな紙の切れ端のようなものが十数枚散らばっている。
誰の姿も確認できなかったのでゆっくりと扉を全開に。
ギィという錆びついた音を奏でながら、段々と広がっていく中の風景。
「ここはあの混沌に関係があるのか?」
「可能性は無きにしも非ずね」
私はそう告げると室内へと足を踏み入れる。
舞い上がる埃に口元を抑え、奥へ。あの飾り棚のあった方向へと向かう。
その周辺に花弁のように散らばっている物を見るために。
「……これは、肖像画?」
一枚の断片を眺めれば、瞬きのしないダークブラウンの瞳と目がかち合う。
どうやらそれはキャンパスに描かれた人物画を切り裂いたものらしい。
歪な切り口ではなく綺麗。恐らく刃物で裂いたのだろう。
屈みこんで適当に集め、私はそれをパズルのピースのように組み合わせていく。
「誰かしら?」
よく観察するためにすぐ左手にあるカーテンを開け光に翳す。
すると日の光の下で、優しげにこちらに向かって女性が微笑んでいた。
緋色の髪を綺麗に纏めてアップにし、首元にはパールのネックレス。
繊細な刺繍の入ったドレスを着ていることから、上流階級出身だという事が推測できる。
彼女の腕の中には、口元を緩めてしまうぐらいに可愛い赤ちゃんの姿が。
その子も彼女と同じ鮮やかな髪色をしていた。表情を見る限り、女の子だろうか。
――……まさか。
私は頭に浮かんだ答えに、顔を弾かれたように上げると、すぐに後ろを振り返った。猫王子にそれを確認するために。
でも唇が音を紡ぐ前に、彼が先に言葉を発してしまう。
「おい!」
ちょうど彼もこちらを振り返った所だったらしい。何か見つけたのか、手には黒い物体を持っている。
「見ろよ、これ」
と、差し出されたのは手帳。
漆黒の艶のあるそれは、二つの頭を持つ蛇が刺繍されている。
周りには黒ずんだ染みが所々に窺え薄気味悪い。もしかしたら血液なのかもしれない。
「誰のかしら?」
「アリーヌ様の腹心である侍女・エヴァのものかもしれない」
「どうしてわかるの?」
「あの人が大切にしていたのを何度か見たことがある。ほら、ここに紋章が入っているだろ? 二つ頭の蛇。これはアリーヌ様の祖国の家紋だ」
そう言いながら丸い手がそれをゆっくりと広げた。
パリパリと紙同士が剥がれる音がやたらと響き渡る。
青い瞳が文字を追い、先へ先へと急かす様にページを捲っていく。
するとその目が限界まで広がり、手からすり抜けて手帳が床へと落ちてしまう。
「なんて事を……」
彼はその言葉を吐き出すと頭を抱えた。




