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19 次の見合い相手

私達が町の散策へと最初に向かったのは、大時計台中央広場。

その名の通り、この町のシンボルとなる時計塔がその存在を誇示していた。

リヴォルツ帝国ではあまり見ないような装飾のようで惹かれる。

例えば針。

子供一人分程ありそうなぐらいに太く長い針の先端には、銀色に輝く魚の飾り針が泳いでいる。

そして文字盤は宝石で作られているらしく、水中に沈めた水晶のように日の光を集めキラキラと煌めいている。繊細に作り込まれた芸術品のようだ。


恐らく名のある職人が製作者なのだろう。

観光地の一つとなっているらしく、周辺には手元に地図を持った人々や、ベンチに座り会話を楽しんでいる住民なども窺える。

そんな広場には、土産屋や軽食の屋台なども数カ所あり、私達はちょうどその辺りを通っていた。


「何か食べようか? 好きな物を買ってあげるよ。こう見えても僕は高給取りなんだ。何でも言ってね」

そう言いながらリンクス様は、鼻を伸ばして私へ――……ではなく、やや下隣へと視線を向けている。

もう完全にデレデレしっぱなし。

ここに来る途中も、何度も猫王子へと手を出そうとして引っかかれていた。

まぁ、さすがに重度の猫好きなので、「君が付けてくれた傷!」と歓喜。

私も同じ気持ちだから理解出来る。

ただ、猫王子は引いていた。まったく埋まらない双方の距離感。

むしろ遠く離れてしまった気がするのは何故だろうか。


「……物で釣るつもりか?」

「猫に好かれるためなら、なんでもするよ。さぁ、どうぞこの下僕に命令を」

「何度も言うか、俺は猫の姿をしているが本来は人間だからな。しかも男だ」

「わかっているよ。でも、仕方がないじゃないか。可愛いんだから。出来れば僕と一夜を共にして欲しい」

「アホか! 言い方考えろ!」

「どうして? サアラとは幾度も夜を共にしたのに……僕とも夜を過ごして欲しい」

「おいーっ! 誤解を招くような事をいうな! それよりさっさと散策するならしろよ。夕食まで時間があまりないから、そんなに長くはいれないぞ?」

「おっと、そうだったね。君の魅力に酔いしれて、どうやら時間という概念が飛んでしまっていたようだよ」

と、甘い囁きを漏らしながらリンクス様は猫王子へとウィンク。

それを目撃した彼は身震いしながら私の足へ抱きついたので、私のふくらはぎに何やら柔らかい感触が走る。


「サアラ! サアラ! こいつ、ヤバイ!」

「大丈夫。ただの猫好きだから。無害よ」

「俺、精神的に攻撃受けているんだけど!?」

私は安心させるためにしゃがみ込むと、猫王子を撫でた。

人の温もりは魔法だ。

子供の頃、不安な時や凹んでしまった時など、家族に頭や背中を撫でて貰えば、その波が不思議と穏やかになる。

これは私達魔術師がどんな魔法を唱えようが、発動させる事は出来ない代物。

その体温はとてつもない力を持つ。


「お前、どさくさに紛れてよく撫でるよな?」

「えぇ」

最初は「触るな!」とか嫌がっていたのに、この頃言われなくなった。

結構距離感が埋まってきた。

「あら? でも今日はべたっとしているわね」

いつもはふんわりとした肌触りの毛並みなのだが、ちょっと肌に吸いつく。

何年も使い古した毛布を濡らしたかのように、堅い質感と湿っぽさ。

もしかして、潮風のせいなのかもしれない。


「嘘だろ……俺の最高の毛が……」

まるでこの世の終わりかのような表情を浮かべ、猫王子はマントから覗いている己の手へと視線を向けた。

白い手袋をはめているような腕だが、今日はやはりやや毛が伏せっていた。

「ずるい。僕にも触らせてよ~」

そう良いながらリンクス様は屈み込むと私の隣へ手を伸ばしたが、すぐさま猫パンチが炸裂。

ほんの数センチ手前であえなく撃沈した。

けれども、やっと形は違うが、念願叶ってあちらから触れて来てくれたので、リンクス様は頬を紅潮させ、躍り上がって喜んだ。

そんな二人を微笑ましく見ていたが、鼻をかすめた砂糖とバターが焦げた香ばしい匂いに思わず体が反応してしまい、恥ずかしい音を奏でてしまう。


「ぐうぅぅ……」

咄嗟にお腹を押さえたが、時既に遅し。

あの食欲を誘う香りに、胃が刺激されてしまったようだ。

やっとお腹が空いた。

そう感じられるぐらいまで回復したのは何よりだけど、二人に聞かれてしまった。

そのため様子を伺うように顔をそちらへ向けると、四つの硝子玉のような瞳に穴があくようにこちらを見詰められていた。


「サアラ。お腹空いていたのかい?」

「お前、腹減ったのか?」

それには首を縦に振り肯定。

「悪かった。お前、船でもあまり食べなかったもんな。なに食う?」

「甘い物が食べたいわ。さっきからそそられるの」

「本当だ。あげパンかな? 美味しそう。なら屋台で何か購入して食べながら行こうか」

「そうするか。どうせ行く場所も無いしな」

「え? 僕はあるよ。行きたい所。ここから少し下った所に教会があるんだ」

「あら? 素敵ね。ここでも婚姻契約書出せるかしら?」

「おい」

「サアラばかりずるいよ! 僕も……」

「なんでだよ!? 行かない。絶対に」

「どうして? その鐘を聞くと恋人が出来るんだって~。ご利益欲しい」

「お前、彼女居ないのか。というか、魔術師が迷信なんて信じるなよ」

「いないよー。仕事がハード過ぎて出会いもないしね。あっ、でも見合いの話は来たよ。僕と同じぐらい猫好きな人」

「お前と同じレベルだと……!? まぁ、でも価値観合いそうだな」

呆れたような声を猫王子は漏らした。


「んー。でもね、友人の妹だし。それに僕も小さい頃からずっと可愛がっていたから、実の妹のようだからさー。というか、セヴァが義理の兄になるなんて、そんな恐ろしい事断固拒否」

「セヴァ……? それってまさか」

「えぇ、私のお兄様よ」

「はぁ!?」

あまり興味がないためか、驚きもせずにいる私の分とばかりに、何故か猫王子が二倍反応してくれた。私とリンクス様を交互に見ながら「なんでだ!」と叫んでいる。


「私の次の見合い相手は、リンクス様のようですね」

「まだ不確定だよ。この間話が出て保留にして貰っている。同じ猫好きだからどうだって宰相殿から直々に打診があったんだ」





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