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20 襲撃

「駄目だ。駄目だーっ!」

その声と一緒にぐいぐいっと、私とリンクス様の間にいる猫王子が両手で距離を開けようと無理矢理と入って来た。

「サアラが結婚なんて反対だ」

「結婚ではなく見合いよ」

「同じだろうが」

「違うわ。見合いなら今まで何度もしているもの」

私としても年頃の貴族令嬢。そのため今までも何度も見合いを繰り返していた。

それが実っているかは別として。


「しているのか。まだ早いだろ。俺なんて十九だぞ!」

「私の国では十五歳では早くないの。お姉様は私ぐらいの時にご結婚なさったわ」

「そうなのか……」

肩を落として落ち込んでしまっている猫王子。

すると彼は自分の胸元へ手を押さえてその場にしゃがみ込んでしまう。

その様子に体調不良かと思った私は、すぐにしゃがみ込んで彼と同じように目線を合わせた。


「どうしたの?」

「わからない。サアラが結婚するって考えたら嫌で仕方がないんだ……」

「あら? それって、もしかして焼きもち? 可愛いわね」

私はそう告げると妬いてくれている可愛い王子様を抱き上げた。

暖かい。この小さな存在が私の心にどれほど強い光を灯しているのか、彼は知らないだろう。

こんなにも魅力的な猫と出会った事に感謝すら覚える。やっぱり猫は良い。


――彼が人間に戻るまでしばらく猫王子を堪能しよう。


自然と下がっていく目尻と緩む口元。

きっと私の周りに見えないハートが飛んで回ってしまっているはず。


「あー、もう可愛い」

「ずるいよ。サアラばかり」

「ふふっ。フィテスは私の王子だもんね」

「……やばい、俺。今、そうだって強く思ってしまった……」

「光栄だわ」

「もしかして完全に猫になりかけているのか? サアラをご主人だと思って……? 嘘だろ……早く戻ら――」

ふとそこで猫王子の言葉が不自然に途中で途切れてしまう。

弾かれたように顔を上げて、何かを見詰めているようだ。

その丸い瞳はずっと遠く、ここから三百メートルぐらい先、正面にある時計塔。

その脇にある通りへと向かっている。


「どうしたの?」

注視するように彼の視線の先を探れば、真っ白な壁の建物に青年がいた。

周りに二、三人侍らせているが、彼らは身振り手振りで何やら彼へ話をしているようだ。

見頃の時期を過ぎた紅葉のような髪色をした彼は、腕を組み壁にもたれ掛かるようにしている。

その表情や容姿までは、距離のため窺う事が出来ない。

だが、周りと比較すると背も高めで騎士のように体格も良いように見受けられる。


――あの髪色は……


最近似たような色を見た事がある。あちらは茶がもう少し薄めだが。

頭に浮かんできたのは、おどおどとした薬学者であり王子様の顔。


「あれが貴方のお兄様?」

「あぁ。ストリッドだ」

「やはりそうなのね」

ルドルフ様と髪色が似ている。

たしか赤毛は、彼の母君の祖国では珍しくない色と伺っている。

そしてあの混沌の魔女もたしか赤だと。

もしかしたら、何か接点があるのかもしれない。

しかし、まさかこんなに早く本人直々に追いかけられるとは……


「へー。この短時間でやってきたということは、魔術師会館経由か。ということは、混沌の魔女もいるのかねぇ?」

「さぁ? でも見つかると面倒です。見つかる前に一度宿に戻り――」

そう告げ、顔をストリッド様達から背けるように体の向きを変えた時だった。

ぞわりと背中が泡立つたのは。

突如として氷の手でなぞられたように、体の芯が固まってしまう。

それは前触れ無く感じた巨大な魔力のせいだ。

まるで自分の周りに数百、いや数千の敵が囲んでいるかのように圧迫を感じる。

逃げ場のないその感覚に、私は舌打ちをしたくなった。


「……やられた」

知らず知らずのうちに彼女の魔術領域に入ってしまったらしい。

そうわかった時はすでに遅し。先ほどまで晴れていた空は曇天に。

一方の地も阿鼻叫喚だった。

雲にでも包まれたかのように、周辺を霧に包まれてしまい、視界を奪われた観光客の悲鳴が、あちらこちらから耳に届く。

ざわめきたつ周辺に、私は最大の警戒をする。

視界はゼロ。走って逃げるにしても、人とぶつかり怪我をさせてしまうかもしれない。


「サアラ」

「えぇ」

リンクス様の声に返事はしたものの、彼の姿が完全に見えなくなったのは、あっという間だった。

あんなに近くに居たのに。

どんどんと深くなる霧に、胸元の自分の服はおろか、足先も見えない。

まるで自分という存在が幻想だったかのようだ。

でもそれも腕に抱いている柔らかくて暖かい生き物のお蔭で、なんとか繋ぎとめてくれている。


「符を部屋に貼っておいてよかったね」

「えぇ。リンクス様。私は一度宿に戻り、王子を置いて参ります」

「そうだね。そうして貰えるとありがたい。ここは僕に任せろ。……なんて、言えたらカッコいいけれども。さすがにランク七を相手にしてそんな事は言えないや」

「私もです。ここでは戦えない」

「『ここ』ではねぇ……意味深だね。でも、まぁさすがに混沌の魔女に対して何も考えずに、挑むような真似はしないか。さすがサアラだね」

「――……策はあります。けれども、五分五分の確立。それよりも、無理はしないで下さい。とにかくすぐに戻りますから」

私はそう告げると、猫王子を抱く手に力を込めた。

魔術干渉中の転移魔法。

これが彼にどんな負担になるかわからない。けれども、他に今は方法が見つからない。

私は祈るように瞼を閉じ、意識を符の魔力と合せると強く口を開いた。


「いい?」

「あぁ。覚悟なんてとっくに出来ている」

「そう。じゃあ……」

詠唱を唇に乗せ、転移魔法を発動。

すると間もなく足もとに淡い黄色い光が浮かび上がり、それは魔方陣へと形成していく。

そしてすぐに光の粒子が弾け飛び、辺り一面を覆い視界を覆っていった。

やがてそれが消え失せ、世界は霧の世界からつい数刻前までいた場所へ。


私達が借りている丁度真ん中の部屋だ。

つい数分前まで話をしていたテーブルが淡く光っている。

それは裏に貼られた符により、空間を作られたせい。

そのお蔭でここまで逃げて来られた。ここなら安全。

符は許可を得た者以外使用出来ないのだから。


「平気?」

「あぁ」

「良かったわ」

見慣れた場所についたことにより、私と猫王子の二人分の安堵の息が漏れた。

私は猫王子を床に降ろすと、すぐ窓へと向かう。そしてカーテンを閉めるために手を伸ばした。

外はまだ霧の中。どうやら魔力範囲が広いらしい。

さすがはランク七。ここまで染まっているなんて凄まじい力だ。


――勝てるのだろうか?


そんな、ふと湧いて出た己の弱さ。正直予想外だった。

ここまで差があるなんて。ウサギが熊に立ち向かうように、力の配分が全く違う。

普通に戦えば勝ち目なんてないのだ。






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