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⑩風呂め 55年目の再会、そして永遠の隔離

 スズメのさえずりが心地よい……、ゆっくり目を開けると朝日が俺を照らしていた。ふと思ったが昔にもこんなことがあったような。あれはたしか小学生の時、父さんの草野球専用グローブをだまって借りて友達とグランドに遊びに行った時だ。帰りに誤って俺は大事なグローブを橋から川へ落としてしまって失くしてしまった。罪悪感から俺は誰にも悟られないように営業時間の過ぎた浴室の中で過ごして、目が覚めたら朝で……。


 「……きて……起きて……」


 まだ生きていた母さんが俺を見つけてくれた時にこんなふうに優しく呼びかけてくれた。


 「起きてください。すいません、私なんかが大丈夫ですかと言う資格はありませんが、大丈夫ですか?」


 母さんの面影と一致していたのは昨日ここを襲撃した張本人の銀髪エルフだった。寝起きにもかかわらず以外にも俺は俊敏に臨戦態勢にはいる。


 「その反応をされても無理はありません。昨夜あんなことをしたのですから」

 「……あんた、記憶あるのか」

 「微量ながらアタミさんに頬を触れられたあたりからあります。いいわけにしか聞こえませんが私はあの上須賀という男にかなり長い年月操られていた気がします。時間の経過はアタミさんの姿を見ればわかりますので……。でも、信じてください。私はもうあの男から解放されています、だから……話を聞いてくれませんか」


 昨夜の血の気の失せた無表情とはうって変わってレトは沈痛な面持ちでうつむいていた。その表情から操られていたということが嘘ではないことを俺は悟った。

 第三者からすれば単純で軽いと思われるかもしれない。でも目の前のレトはひどく震えていて、たぶんさっきの言葉を喉から絞り出すのに計り知れない緊張と覚悟がいると思う。簡単に例えるなら友達と喧嘩をして仲直りを自分から言い出すような感じだろう。


 「信じるよ俺は。だから教えてくれ、レトと昨日そこの背景画から飛び去ったドラゴンの関係を」


 真意を聞きたくて純粋に聞いただけだったのに、レトは泣いた。


 「どうした?」

 「いえ、なぜか涙が勝手に……昔、浴室に迷い込んだ時もこんな姿の私を真正面から受け入れてくれた人の姿と似ていたので懐かしくて、うれしくて、泣いてしまいました」


 自分の手で涙をぬぐうレトは綺麗だった。きっとそれは俺が爺ちゃんの孫だからですよ。


 「急に泣かれたから驚きましたよ。それより話すならみんなの安全を確認してからにしましょう。たぶんまだ外に倒れてると思うんで」

 「そうでした、すぐに治癒魔法を」


 そう言うと涙もろい銀髪のエルフは浴室を飛び出していった。




 脱衣所で倒れていたのは父さん、アルミス、そして一番の重症だった爺ちゃんの三人。その後、商店街の方へ歩いていくと獣耳の少女がぐったりと倒れていた、デーモンも爺ちゃんと同じく危険な状態だったらしい。


 「それで……敵の主犯がなんだって?」

 「待てアルミス。レトは操られてたんだ」

 「それだけで昨日の惨劇の落とし前がつくと思ってんのか?」


 容態が危険なデーモンと爺ちゃんを得意の治癒魔法の大きな水の長方形の塊に浸して寝かしておいて、アルミスと父さんを交えた四人はちゃぶ台を囲んだ居間でレトから事情を聴こうとしていた。


 「デーモンちゃん、それに親父は大丈夫なのか?」

 「安心してください、時間はかかりますが命に別状はありません。……本当に申し訳ありませんでした」


 これで何度目かわからないが再び深々と頭を下げるレト。


 「もういいよレトちゃん。君は操られていたんだろ。俺たちが聞きたいのはさっき有馬が言っていたこの銭湯から飛び出したっていうあのドラゴンのことなんだよ」

 「竜炎ですね。あの巨大なドラゴンはその……」

 「待てよ銀髪、いま竜炎って言ったのか? なんで大昔に封印された怪物の名前が出てくんだよ?」

 「確かアルミス……さんでしたよね。いつの時代からこちらに?」

 「竜炎三百十五年だ」

 「……そのような年号は聞いたことがありません。私は氷帝六百十年からこちらの世界にジェムを使って来たんです」

 「ちょっと待てよ! 氷帝って竜炎の一つ前の時代じゃねーかよ! それに六百十年って竜炎に年号が変わる前……まさか……伝説の生き物だった竜炎を倒したのはおまえなのか?」

 「話がつながりましたね、そうです。私の生きていた氷帝六百十年では大陸ごと焼き尽くす炎を吐く竜が村や町を火の海にして世界を闇のどん底に突き落としていました。人々はそれを竜炎と名付け、世界は終わろうとしていました。その時に何人もの魔導士が集まり生成したのが世界線のジェムです」


 居間にある大きな古時計のチッ……チッ……という秒針だけが音を放っていた。


 「竜炎をどこか遠くへ追い払いたいという魔導士達はなんとか竜炎を一人のエルフの体内へ封印することに成功しました。それが私です。その封印された竜炎を私ごと異世界に運びその場所で閉じ込めておくことを魔導士達は決心しました。……そして私はこの松の湯の大きな壁に竜炎を封印しました。なぜかわかりませんがこの湯から出る湯気は魔導士にとっての魔力源を秘めているので常時お風呂を沸かし続けるここは封印にうってつけの場所だったんです」

 「まさかよ……いいや、あたしは確信した。だ、大魔導士レトなのか?」


 黙って話を聞いていたアルミスはいつのまにかちゃぶ台に上半身を乗り上げていた。今までに見たことのない純粋でキラキラした瞳を彼女はしている。


 「は、はい、私のことをそう呼んでいた方もいました。ですが恥ずかしいので」

 「嘘だろ! 読みました! えっと……あっ! 『七人の大魔導士』だ! 実在した魔導士達の冒険と壮絶な死闘! あの中に出てくるレトが一番好きです! あ、握手してくれ!」

 「そんなのが出版されてたんですか? まあ、七人で冒険というか世直しの旅に出てましたけどそんなことになってるとは……恥ずかしい」

 「松の湯のあの背景画にそんな真実が隠されてたなんてな。にしてもレトちゃんが封印したドラゴンの絵が消されないのは親父が知っていたからなのか」

 「えっ? どういうことですかドウグさん」

 「背景画のペンキ絵は湯気なんかで老朽化していくから一年に一回重ね塗りして消していくんだよ。でもな、親父は毎年この男湯の背景画だけは自分がやるって言ってきかなかったんだ。それに塗っているときは誰も中に入れなかったんだよ」

 「きっとアタミさんはあの日の約束を……」

 「約束?」

 「いえ、なんでもありません」


 何かを言おうとしてレトは口を閉ざしてしまった。

 気になるが、それよりももっと気になることを話題に転がすことにした。


 「それで、俺の見たあのドラゴンは今どこを飛び回ってんのかな」

 「そうでした! 私の魔法で外の様子を……」

 「レトさん、たぶんこれのほうが情報は早いよ」


 テレビのリモコンに手を伸ばして電源をつける。

 画面から視界に飛び込んできたのは台風情報でよく見かける右横と下枠が避難状況を常時垂れ流している画面だった。


 『突如現れた竜の怪物は現在東京都港区台場を占拠し、近隣周辺は深夜に発火したまま夜が明けた状況です。陸上、海上、航空自衛隊の攻撃もむなしく、現場は依然として動きありません』


 朝っぱらから劇場版ゴ○ラが放映さえていることはまず無いと考えるとこれは現実世界の出来事であると考えて間違いないだろう。


 「あ~竜炎やりたいほうだいだな」

 「なんてこと……私のせいでこちらの世界に迷惑を……」

 「レトちゃんのせいじゃないよ。悪いのはあの上須賀ってイカれたやろうで」

 「まあ、レトがこっちの世界にあんな化け物封印しなかったらこんなことにならなかったんだから一概に関係ないとは言えないよな」

 「私が竜炎をなんとかします」

 「待って、アルミスの言葉をもろに受けなくていいから」

 「アリマはそう思わないのかよ」

 「いや、そうだけど……レト、なんとかって、あの竜炎をどうする気だよ」

 「もう一度私の体内に竜炎を一時的に封印して松の湯の浴室の壁に再び封印します」

 「そんなことできるのかい?」

 「はい、しかし簡単ではありません。体内はやはり今のこちらの戦力では不可能……せめて竜炎をここまでおびき寄せることができれば勝機はあります。アルミスさん、ジェムは何個持っていますか」

 「あたしのが一つとそこに寝てるデーモンのとで計二つだ」

 「よかった。そのジェムを一つ使って竜炎を封印します」

 「ちょっと待てよ、あたしは知ってるぞそのジェム」

 「アルミスさん! 大丈夫です。お二人は元の世界に帰れますから」

 「レト……あんたまさか」

 「もとはと言えば私の招いた惨劇ですから、責任をとりますよ」


 いつになく真剣な表情になったアルミスは何かを言いたそうにしていたが曇った表情を浮かべて少しうつむいた。俺はあえて真意を聞かなかった。

 少し場が沈黙になった時、テレビから爆音が響いてきた。


 『ああ! 今怪物がレインボーブリッジを破壊しました!』


 もう封鎖できない。

 そんな言葉が脳裏をよぎるが今はふせておこう。


 「ヤバいぞこれは。レトちゃん、さっき言ってたけどあの竜炎ってやつをここまでどうやっておびき寄せる?」

 「私が行きたいのですが……申し訳ありません、ここで待機してジェムに魔力を供給しておく時間がいります。なので、言いにくいんですが誰かが囮になってここまで竜炎を連れてきてください」

 「わかった、あたしが行くわ」

 「アルミスが行ったら誰が父さんと俺を強化するんだ」

 「そうか」

 「俺が行こう……」


 渋い声がして誰かと思えばいつも下ネタ連発の父さんだった。


 「父さん?」

 「その竜炎の側近にはあいつがいるんだろう」

 「あいつ?」

 「あの上須賀ってやつにきまってるだろうが。俺はあいつを殴らないと気が済まないんだよ」

 「ドウグ! おまえ男じゃねーか! それでこそあたしと酒をくみかわした男だ!」

 「ふっ……だからアルミスちゃん、ひとつ約束してほしい」


 父さんは眉間にしわをよせて劇画タッチの表情を浮かべた。


 「この戦いが終わったら一緒に風呂に入ってくれ」

 「前言撤回だドウグ」




 時刻は午前十一時、昼時の前とは思えないほど都心は静寂を極めていた。スクランブル交差点には人っ子一人おらずに車が走る音も聞こえない。その道のど真ん中を小型の白いバンが疾走して車輪を転がしていた。


 「誰もいない……」

 「そりゃそうだ。あんな怪物がこの辺りをうろついたらみんな非難するだろ」


 窓からふと外のビルを見ると半壊しているものが視界に入ってきた。怪獣映画のワンシーンが脳内で再生されて避難状況の過酷さがうかがえる。と同時に今から俺が竜炎という怪物を相手に囮になることを考えると恐怖心がこみあげてきた。


 「お台場まであとどれぐらい父さん」

 「もう少し……ん? 検問か?」


 前方に自衛隊らしき緑の軍服を着た男性が二人道を戦車の前に仁王立ちし道をて封鎖していた。手にはマシンガンらしき物を所持している。

 停車しないわけにもいかずに、父さんは目の前で白バンを静かに停車させた。


 「民間人のかたですね。昨日の夜中に避難勧告を受けたはずです。ここは危険ですので速やかに避難所まで車を走らせてください」

 「お兄さん達よ、あの竜炎……怪物は今どうしてる」

 「えっ……ああ、今は東京ビックサイト建物上で微動だにしていないらしいですが、またいつ暴れるかわかりませんので非難を」

 「俺たちに任せろ」

 「はい?」


 自衛隊に白い歯を見せた途端、父さんはアクセルをベタ踏みして白バンを急発進させ検問をふりきった。


 「おわっ! ちょっ! なにしてんだよ!」

 「事態は一刻を争うだろ! アルミスちゃんやレトちゃんがいつまでも長風呂してられると思うなよ有馬!」

 「そりゃそうだけど……ほら、さっきの軍の人達無線みたいなので通信とってるっぽいぞ」

 「そんなの知るか」


 勇ましいというか無鉄砲な父さんは車を爆走させる。

 そしてあっという間に竜炎が破壊してしまったレインボーブリッジの中腹に到着した。


 「道が途絶えてる……ここから先はどうしようか」

 「武○術とかで行けないか?」

 「ド○ゴンボールじゃないんだから……」


 白バン車内でジョークを言っていると耳を刺激するように砲撃音が連続で響いた。


 「大砲か? 自衛隊の陸軍の猛攻が始まったのか?」

 「父さん! あれ!」


 真っ赤な鱗をまとい、あらゆる生物の王者を思わせるような風貌の竜炎が複数の砲撃を受けている姿が見えた。

 遥か先の海上には戦艦が見え、さっきの砲撃音はそれからと思えるが、煙が無くなり竜炎をはというと何事もなかったような無傷で姿を現した。


 「あれが……レトちゃんの言ってた竜炎……が、がんばれよ有馬」

 「なに他人事みたいに言ってるんだよ父さん!」

 「だってあんなのを家までおびき出すんだろ。いや、ほんとがんばれな」

 「そうだけど」


 不安で落胆する俺をよそに竜炎は反撃を始め、戦艦に向けて灼熱の炎を浴びせた。ここからでも周りが陽炎のように歪んで炎の威力を物語っていた。

 ろうそくに灯した火のように海上にいくつもの炎をあげた戦艦がうろつき、すでに海軍は白旗をあげているように思えた。


 「やばいぞ、有馬! はやくあれをやれ!」

 「わかってるって……父さんライター貸して」


 俺は白バンを降りるとダッシュボードに忍ばせておいたレトの長い銀髪を出した。

 別に美少女の髪の毛の匂いを嗅ぐなどというフェチプレイをするわけじゃない。時を遡ること数時間前、レトが提案した作戦を俺は思い出す。


 『町や田畑を燃やし尽くす竜炎の目的は自らが燃やした煙を吸って快楽を満たすためです。ちょうどこちらの世界で言うところのタバコに似ていますね。なのでおびき寄せる手段としては竜炎の好む煙を使えば相手のほうから寄ってくると思います。ですがこの世界に私がいた世界と同じ物資は無いので、これを燃やしてください』


 レトは自分の人差し指で長い銀髪を肩よりやや高いぐらいでシュンっとなでるとバサリと長髪は切られた。


 『エルフの体毛には微量ながら魔力が宿っています。これが竜炎の好む煙を生み出すかは分かりませんが鼻のいい竜炎なら微妙に違う煙の匂いでも嗅ぎ分けることが可能です。アルミスさんはアリマさんがこれを燃やしたら風を操作して竜炎の場所まで飛ばしてください。賭けに近い作戦になってしまいますがよろしくお願いします』


 ボーイッシュな髪形に変化したレトの表情を思い浮かべ、俺は長い銀髪の束を少し残してサイドバックにしまい込み、手に取ったほうにライターで火をつけた。

 勢いよく燃え盛ったから俺は咄嗟に手を放してアスファルト上に落とした。魔力を宿しているせいか焚火のようによく燃えた銀髪は、煙をモクモクと発生させ、急に後ろからたちこめた突風にあおられて遠くの竜炎に向かって一直線に向かっていった。


 「うまくいってくれよ、レトちゃんが髪の毛まで犠牲にした作戦なんだからよ」

 「うまく反応してくれるかな?」

 「俺も愛煙家だが美少女の髪の毛味がするタバコなんて発売されたら即座に飛びつくから大丈夫だ」

 「父さんの異常な性癖を今は聞いてない」

 「それに女の子が今まで伸ばしてきた髪を切るっていうのは相当な覚悟がいるもんだぞ。その覚悟を無駄にしやがったらあの竜炎ってやつは男じゃねーよ」

 「さっきからあんまり質問の答えになってないのは気のせい?」


 数分後、幼い子がおもちゃで遊ぶように海上の戦艦を破壊している竜炎の動きがピタリと停止した。

 そして長い首をグルンとこちらに向け咆哮を浴びせてきた。

 間違いない、レトの煙に反応しやがった。


 「来る……有馬っ! 車に乗り……」

 「松の湯で殺しておくべきでしたね。また邪魔をしにきたのですか」


 冷たい声がしたと思ったら今来た道の背後に巨大な角を生やした化け物の上須賀が佇んでいた。


 「有馬、運転しろ」

 「はっ? 何言ってるんだよ父さん!」

 「行け、俺はこいつをぶっ潰す」


 父さんは世紀末を思わせる服の胸ポケットからお気に入りのタバコを一本取り出して、もう一つ持っていた百円ライターで火をつけた。


 「そうじゃなくて……車の運転なんてやったことないよ」

 「ふーっ……、オートマだから安心しろ、ギアをドライブのディーにして一番左のアクセルを踏み込めばいいだけだ」

 「息子を犯罪者にしたいんですかあなたは」


 父さんに瞬間的に近づいた上須賀は両手で父さんとガッチリ組み合った。地盤が割れて凄まじい力と力が激突する。


 「自分でも驚いてるよ。親父が病気で倒れたとか無かったからな、俺の母ちゃんは小さいころに亡くなったし。瀕死の親が目の前でしかも他人に殺されかけたら、こんなにも怒りがこみあげてくるものなんだな。ウラァ!」


 信じがたい光景だが、あの化け物が普段下ネタしか言わない父さんに力負けしている。


 「な、なんだこの力は……」

 「親も子供もいないおまえには一生わからねーよ。ただ覚悟しろよ、俺の親父を刺した罪を今からその身をもって懺悔させてやるからな」


 父さんはフっと両手を離すと上須賀の顎を蹴り上げた。上須賀は空中で体勢を立て直そうとしたがそれよりも先に父さんは後頭部へエルボードロップをかまして再びアスファルト上に叩きつける。そのまま渾身の右ストレートを顔面に叩き込みレインボーブリッジの崩壊しかかっている橋の端部ごと落下していった。

 俺と白バンとレトの髪の毛を燃やした焚火の範囲を残して崩れていった橋は、父さんと上須賀を瓦礫と一緒に海へと落ちていった。

 橋の端部へ駆け寄り奈落の底を確認するが二人の姿は見えない。

 と、下を覗き込んでいると自分のいるあたりが暗くなることに気付く。

 ゆっくり前方に視線を戻すと、赤い鱗のドラゴンが俺をギロリ、巨大な眼球で睨んでいた。


 「りゅ、竜炎……」


 蛇に睨まれた蛙――。

 俺はその場から動くこともできずにいた。


 「がはっ! ……はぁはぁ……竜炎様! こいつらはあなた様を長年閉じ込めていた張本人です! あなたのすべてを焼き尽くす業火で制裁をくわえていただきたい!」


 死に物狂いで再び地上に這い上がってきた上須賀はびしょぬれで必死に竜炎に訴えていた。びしょ濡れのままで焚火の目の前に立ったせいで飛び散った水滴が焚火に直にかかり鎮火しそうになっていた。


 「グルウ……グルァ!」

 「な、なんです竜炎様……や、やめてください!」


 大きな牙と牙の間に真っ赤な炎を携えた竜炎は、バランスボールほどの大きさの炎の球体を勢いよく吐き出し上須賀に直撃させた。


 「うあああああああああああああああああ! 熱いっ! 熱いよ! 誰か……あがががががあがががあ……死にたくな……い」


 体中が燃え盛りながら断末魔をあげ、上須賀は倒れてやがて動かなくなった。そして炎の中で彼の体が青く光るのも確認することができた。

 そして上須賀を焼き殺した竜炎はその煙を満足そうに大きな鼻で堪能してるように見えた。


 「なにをボーっと突っ立てるんだ! 逃げるから車に乗り込め!」


 その光景を眺めているとびしょ濡れの父さんが俺の腕を掴んで走り出した。俺も我に返り白バンの助手席に乗り込むと窓を全開にして再びレトの髪の毛に火をつけた。


 「しっかりつかまってろよ息子! こんな刺激のあるカーレースはこれから先の人生でもそうは無いぞ!」


 魔法で強化されているからか父さんはアドレナリン全開のアスリートのように生き生きした口調で話しアクセルを全開で白バンをバックさせて、勢いよく進行方向を反転させて松の湯目指して突っ走った。


 「竜炎はしっかりついてきてるか?」

 「来てるよ! でもなんで空を飛ばずに怪獣映画の怪獣みたいにノシノシ走ってきてるんだろう?」

 「飛び方忘れちまったんじゃねーの?」

 「そんなアホな、って、父さん前っ!」

 「おわっ!」


 前方には無数の自衛隊員がこちらに銃を構えて道をふさいでいた。さっき通過した検問など比べものにならないほどの威圧感があった。父さんが急ブレーキをかけたせいでシートベルトをしていなかった俺はフロントガラスで額を強くうった。


 「あいたたた……やっぱりさっき検問を強引に通過したから援軍を呼ばれたのかな」

 「だとしても今はそんなこと言ってる場合じゃないだろう。竜炎はすぐ後ろにいるんだぞ」

 「それを目の前でこっちに銃をかまえてる人たちに言ってよ」

 「エルフの髪の毛の煙を使って銭湯までおびきよせてタイル絵の中に封印するんです、って言ったところで何人が信じるんだよ」

 「じゃあどうするんだよ!」

 『そこの車に乗っている民間人! すぐに降車してこちらに来なさい!』


 車内で口論していると、自衛隊のジープに搭載されている拡散器で一人の男性がこちらに呼びかけてきた。

 くそっ! と言い残して父さんは窓から体を乗り出した。


 「道を開けてくれ! 後ろから竜炎……怪物が迫ってきてるんだよ!」

 『だからこそ速やかに車を放棄してこちらに来なさい!』

 「これで逃げるんだよ!」

 『その車に愛着があるのかもしれないがそんなことを言っている場合じゃない!』

 「愛着っていうかもったいないから乗り捨てたくないけど……頼むからどいてくれ!」

 『いいから降りなさい!』


 互いに譲らない論争に終着駅はあるのだろうか。と考えてからおもむろにサイドミラーに視線をやると、後ろで乗り捨てられている車が揺れているのが確認できた。ズシン……ズシン……少しずつピッチが速くなりながら超重量級の足音がこちらに迫ってくる。

 ヤバいぞこれ。このままじゃ松の湯に到着するまでに焼き殺される。


 『これ以上抵抗を続けるのなら発砲……なんだ! どうした!』


 拡声器ごしに聞こえてきた男の困惑の声を聞いて自衛隊軍団のほうに目を向けるとバチバチと肉眼で見えるほどの電気が人ごみの中から発生していた。


 「父さん! 車をだして! デーモンが道を開いてくれてる!」

 「おっしゃ! わかった!」


 ブロロロロロ! 白バンを急発進させたのと同時に自衛隊の部隊は列を崩し、その間から獣耳の女の子がひょこっと姿を現した。

 俺は助手席からすかさず後部座席に移るとスライドドアを全開にした。


 「デーモンっ! 掴まれぇっ!」


 手を思いっきり伸ばした俺は走行中にもかかわらず身を乗り出す。デーモンもそれに応える様に俺の手を掴んだ。そしてそのまま後部座席へとダイブしてきたので俺は彼女のそこはかとなくある胸に顔面を圧迫された。こんな状況だがたまらん。ラッキースケベここに極まれり。


 「ちょっと! いつまでそうしてるのよアリマ!」

 「わ、悪い! ってかデーモンがそこをどかないと起き上がれないんだが」

 「それを早く言いなさいよ!」

 「デーモンちゃんもう体はいいのかい?」

 「ええ、なんとか……まさか襲撃されたあのエルフに看病されてるとは思わなかったけど」

 「レトは操られてただけなんだよ」

 「知ってるわ。全部聞いたわよ入浴中のアルミスにね。それよりあれが竜炎なの」


 後ろを確認すると竜炎が地響きをたてながら爆走してきていた。


 「古い本で読んだけどまさか実物をこの世界で目撃することになるなんてね。夢にも思わなかったわよ」

 「あいつを封印すれば全て終わる。それで爺ちゃんは?」

 「まだ眠ってるわ、かなり深手を負ったみたいね……そういえばあの上須賀は?」

 「竜炎に焼き殺されたよ。最後は無様な死に方だったよ」

 「そう……それじゃあ急ぎましょう、松の湯へ」




 屋根が無くなり半壊どころではなくなった松の湯に着いた俺たちは車を正面玄関に乗り捨てて店内に駆け込んだ。そのまま脱衣所へ入ると浴室まではもはや吹き抜けの構造になっていたためアルミスとレトの入浴シーンが拝めた。


 「レト! 連れてきたぞ竜炎! もうそこまで来てる!」

 「ありがとうございます皆さん。アルミスさん、ここは危なくなるので浴槽から出て皆さんと一緒に被害を受けない場所まで避難してください」

 「レト……いいのか……」

 「なんのことです」

 「とぼけるな、そのジェムを使ったらおまえ……」

 「この世界にこんな最悪な災いを招いたのは私です。アルミスさんの時代では私は大魔導士と言われているのに実際はこんな別の世界に混乱を招いていたと知れば他の六人の大魔導士達に示しがつきませんから。さ、避難してください」

 「元の世界に無事帰れたらあたしはレトの名を一生語り継ぐよ」

 「それは光栄です」


 神妙な面持ちでアルミスは湯船からあがると魔法で生成したバスローブに身を包んでこちらに歩いてきた。


 「アリマさん。最後に二つお願いがあります。私の髪の毛の残りに火をつけて浴室の前に置いておいてください、それと……アタミさんを一緒に避難させてください、もう治癒魔法は解除してあるので触れることができますので」

 「わかった」


 言われた通りに俺はバッグの中から最後の一握りの銀髪を出すとライターで火をつけて浴室の前にお供え物を供える様にそっと置いた。そして爺ちゃんは父さんがおんぶして避難させた。


 「レト、無事でな」

 「皆さんもお元気で」


 急いでみんなして白バンに乗り込むと竜炎が向かってきているのがわかった。父さんは車を走らせ、俺は松の湯を見ると上空へと伸びていく煙が視界に入る。それはいつもの煙突から出ているものではなく、もっと細くて今にも消えてしまいそうな煙だった。


 「できるだけ離れましょうドウグさん。私も封印を直に見たことはありませんがその際に周辺も何かしらの被害に合うかもしれないので」

 「了解」

 「ん……わしは……」

 「おい! 爺さんが目覚めたぞ」


 アルミスの声に運転中の父さんも後部座席に目をやった。


 「父さん危ない! 一旦停車させて!」

 「おお、すまん! ……親父っ! 気が付いたんだな!」

 「道後か……ここはどこじゃ」

 「車の中だ。大丈夫だ親父、もう少しで全部ケリがつく。昨日の夜に襲撃してきたレトっていう親父の知り合いのエルフがタイル絵から出てきた竜炎っていう怪物を封印してくれるからよ」

 「タイル絵じゃと、そうか……レトはあの時の約束を……」

 「親父の言った通りレトは上須賀に操られてただけなんだよ。よかったな」

 「やはりか、それでその封印というのはいつ終わるんじゃ。わしはレトと話したいことがたくさんあるんじゃ」

 「爺さん……レトはもう会えないと思うぜ」


 さっきの浴室での会話からずっと暗い表情をしていたアルミスが呟いた。


 「ど、どういうことじゃ?」

 「封印の際にジェムを一つ使うだろ。そしたらこの世界にあるジェムはデーモンが来た時のものだけになる。一度のジェムで異世界へ行けるのは二人までなんだ。それ以上の人数が輝きの道しるべを潜り抜けようとすればイレギュラーな事象が起こって使用者の命にかかわる。それを知ってるからレトはこの封印で命を落とす覚悟をしてる」


 アルミスの発言の後で車内に不穏な空気が流れる。

 ガララララっ! バンっ!


 「ちょっとアタミさん!」


 スライドドアを開けて車を飛び出したのは爺ちゃんだった。


 「親父! 戻れっ! 巻き込まれるぞ!」


 いつもの寝巻き姿の爺ちゃんは聞く耳を持たずに一心不乱で松の湯を目指して、ヨロヨロの足腰で駆けていった。


 「父さん早く追いかけて!」

 「この距離なら走っていった方が早い。行くぞ!」


 白バンから全員が一斉に降車して爺ちゃんの後を追いかけて松の湯に入っていく。

 松の湯の脱衣所から浴室にかけておびただしい数のレーザー光線を思わせる赤い閃光がタイル絵から散乱していた。そして暴れ牛のように竜炎の頭部だけタイル絵からはみ出て首をばたつかせていた。それを抑え込むようにレトが必死に両手から出る赤い光で抑え込もうとしていた。


 「親父! 危ないから下がれ!」

 「レト……わしじゃ……松野熱海じゃ」

 「はぁ……はぁ……みなさん何故戻ってきたんですか……早く非難してください」

 「すまん、ほら! ここにいると迷惑だ! 行くぞ親父!」

 「レト、わしは」

 「うわぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ! あがっ! あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 激痛がはしる病人が苦しむようにレトは悲痛の叫びをあげる。

 すると、竜炎の頭部がついに押し込まれあの巨大な怪物はタイル絵の中に全体が収まってしまった。

 封印が完了したのか? そう思ったのも束の間、今度は休む間もなくレト自身がタイル絵の中に自らを沈めていこうとしていた。


 「待ってくれぇ! レトぉっ!」


 叫んだ爺ちゃんは脱衣所から浴室まで駆けたがその境目で足がもつれて豪快に転んでしまった。そうこうしているうちにレトは完全に体全部をタイル絵に沈ませ……る、一歩手前のところで両手を再びこちらの世界に出した。そして笑みを浮かべた。

 それを見た爺ちゃんはすぐさま立ち上がりレトと両手を合わせた。


 「アタミさん、お久しぶりです。約束守ってくれたんですね、こんなに長い年月が過ぎてしまったのに……何も言わずに姿を消したのに……」

 「『今からタイル一面に風景画を描きたい、そしてそれを一生消さないでほしい』忘れるわけなかろう。そんなこと言う客は他におらんだしな」


 二人が話しているのに耳を傾けていると、デーモンが口を半開きにしているのに気付いた。


 「デーモン、すごい顔になってんぞ」

 「アリマ……アタミさんが……」


 言われて爺ちゃんを見る。見る見るうちに頭髪がフサフサになり折れ曲がった背筋もピンとまっすぐに戻っていく。レトの魔法なのだろうか、爺ちゃんは若返っていった。


 「もっとレトと話がしたかった……一緒にいろいろな場所へ行きたかった……そして俺はレトと一緒に温かい家庭を」

 「その先は言わないでくださいアタミさん。もう素敵な息子さんもお孫さんもいるんですよ」

 「ああ……普段はどうしようもないやつだけど俺が刺された時、気が狂ったように怒ってくれる最高の孝行息子だ。孫もこの年でしっかりしているしな。それにしてもレトは俺じゃダメだったか……」

 「いいえ……もし、もしあの時に封印による魔力消耗であのままここに倒れたままだったら……そんな未来もあったかもしれません」

 「レト……レト待ってくれ! 今からでもここにいればいいじゃないか! 封印も無事終わったんだろ?」

 「今回のような惨劇があってはなりません。ですからより強力な封印にしました。したがって私はその代償としてもう外の世界では生きれません」

 「なんだよ代償って! 待ってくれ! 待ってくれレト!」

 「でも、でもねアタミさん。私はあなたをずっと見守っていくことにしました。だからさようならは言いません。またいつの日か……いえ……あなたの側にいさせてくださいね」


 五十五年ぶりにつながれた両手はゆっくりと離れていき、赤い閃光は次第に弱まり、少しづつ消えていった。


 「そっか……レト……元気で……ずっと、ずっと好きだった」

 「アタミさん……私も、実はあなたのことが好きでした……本当にありがとう……」


 閃光の最後の一つがスッと消えると、タイル絵が輝きだして一枚の背景画が出来上がった。


 そのタイル絵の目の前で膝から崩れ落ちた老人を一人残して。


感動系のアニメサントラをYouTubeで聞きながら読んでいただければ

最高に雰囲気でます(笑)


RYO

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