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最終風呂 また会える

 「これ! ベルベル商店街復興祝いのベルベルメロンパンだ! 丹精込めて作ったから熱海爺さんとエロ親父に渡してくれ!」

 「ありがと地井さん」


 無駄に長いコック帽子を装着した地井ベーカリーの地井さんは紙袋いっぱいに詰め込んだ焼きたてのパンを手渡してくれた。

 上須賀コーポレーションからの立ち退きを真っ先に聞き入れたくせに……まったく気前のいい人だ……。

 日曜の晴れた午前中。竜炎の暴走と出現から二週間が経過し、瓦礫の山と化したベルベル商店街は復興の兆しを輝かせていた。一時立ち退きを余儀なくされていた商店街の人達も全員が再びここに戻ってきてみんなが助け合い、瓦礫の撤去から始め、無傷だった店は他の店の瓦礫撤去を始めていた。表向きは上須賀コーポレーションの急な倒産、ということになっている。

 世間は竜炎がどこから現れてどこへ消えていったのかを奇跡的に知らない。こんな通信設備が充実していたり、自衛隊の陸、海、空が出動しているにもかかわらずそうなのはきっとレトのおかげだと俺は勝手に思っている。魔法を使ってくれたのかな、と。

 松の湯は損害こそ他の店に比べれば比べものにならないほど多大だったが、それでも浴室だけは屋根だけの損害に終わった。青空銭湯といったところか。


 「アリマ! 遅いわよ!」


 紙袋を抱えて商店街が復興している様を眺めていたら女の子に声をかけられる。間違い、獣耳をピョンピョン動かせている獣人族に出会う。


 「おお、デーモンこそなんで外に出てきてるんだよ」

 「アリマがあんまり遅いから様子を見に来たのよ」

 「地井さんに絡まれてたんだよ。ま、そのおかげで焼きたてのパンもらえたけど。あの人は変に気前がいいから」

 「いい匂いね。一個ちょうだい」


 俺が持っている紙袋からヒョイっとひとつベルベルメロンパンを奪い去るとデーモンは即座に一口かじりついた。


 「うまっ! これはうまいわ……最後にこんなおいしいものを食べれてよかったわ」

 「ああそうだな。……本当に帰るのか」


 しんみりしてしまうのは当然だ。

 今日、二人は異世界に帰ってしまう。ジェムの赤い砂はすっかり戻り切りいつでも帰れる状態だった。


 「そう、ね。帰るわよ。もともと罪人のアルミスの借金を返済してもらうためにこっちに来たわけだし、逆に長く居過ぎたぐらいだからね。……本当にありがとうねアリマ」

 「なんだよ改まって。礼を言うのはこっちのほうだよ、この商店街を上須賀から取り戻せたのもそうだけど、なにより爺ちゃんの願いを叶えてくれてありがとうな」

 「レトのことね。ほんのひと時でも再開できてよかったわ。あの時の二人……本当にロマンチックだった。その後アタミさんひどく落胆して生きる屍になると思って心配したけど」

 「まさか以前にも増して活力がみなぎるとはな。父さんなんか一言喋るだけでド叱られてるぐらいだからな。今朝なんて『おはよう』って言っただけで『声が小さいわこのドラ息子ぉ!』って意味不明に怒声浴びせられてたからな」


 二人して小さく笑った。

 レトは竜炎をタイル絵に封印した後で自らもこの世界から消滅した。元々、もう元の世界には戻れないことを悟っていたレトは二度と今回のような事態が再発しないように恒久的な対策として自らの魂を竜炎と一緒に封じ込めた。再開を果たした二人は一瞬の幸せをかみしめた後ですぐに永久的な別れになったんだ。いや、そんなこと無いかもしれない。


 「ま、私も実はレトとアタミさんの気持ちが今ではすごくわかるんだけどね」

 「どういうことだ?」

 「だって……」


 歩いてきたデーモンは松の湯の入り口の前でふと立ち止まった。


 「アリマと過ごした時間が楽しかったから……誰かのために料理したことも、二人で買い物に出かけたのも……私、絶対忘れないから」

 「デーモン……」


 大きな瞳に滴をいっぱいにため込んだデーモンを俺は抱きしめた。普段恥ずかしいと思うことも感情的になればなんてことはない、と初めて知った。


 「アリマ、ちょっと! ……ううん、いい、このままで。ねぇ、レトが来た世界の時代と私たちが来た世界は三百年も年代が違うの。だから、私が元の世界に戻ってもう一度ジェムを使ってもこの時代に来れることは無いと思う。悲しいのに追い打ち駆けてごめんね。もう一生会えないってこんなにも悲しくて、でも美しいよねアリマ」

 「爺ちゃんは」

 「えっ?」

 「爺ちゃんはそれでも一人の女性を待ってた。自分が年老いてしわで顔がくしゃくしゃになるまで、だから神様が巡り会わせてくれたんだと俺、思うんだ。だから俺も待ってるから。何十年たってもこの松の湯を守る」


 ぎゅっと強くデーモンを抱きしめた。

 まさかこの夏に自分の就職先が決定するなんて思いもしていなかった。爺ちゃんじゃないけど、俺はこの松の湯を生涯経営していこう。それでいつの日か浴室から招かれざる客が来ることを夢見て生きていこう。そう決意した。


 「うん、わかった。その時は温かく迎えてね」

 「任せとけ」

 「なーにをしてんだよ、おまえら」


 いきなり声がしたので咄嗟に俺とデーモンは飛び離れた。

 破壊された入り口の隅から覗き見る様にアルミスがこちらを細目で見ていた。


 「あ、アルミス! いつからそこにいたのよ!」

 「『うん、いい、このままで』っていう超くっさいセリフから吐きそうになりながら見てたんだよ」

 「ちょ、この……ああああああああああ!」


 リンゴ、トマト、ポスト、消防車、赤い物体をすべて連想させるほど顔を真っ赤にしてデーモンは松の湯へ出頭して行った。


 「すんげぇ顔だったなあいつ」

 「そりゃ、恥ずかしいだろう。俺も恥ずかしくなってきた」

 「よし、これであたしの番だな」

 「番?」


 そう言うとアルミスはいきなり俺の前で頭を下げた。


 「アリマをぶん殴って、本当にすまん」

 「な……頭をあげてくれ! あれは上須賀に操られてやったことだろ」

 「いや、その前にも感情的になって松の湯を離れて単独行動をとったあたしの責任もある。本当にすまなかった。それが言いたかったんだ」

 「逆にアルミスには礼を言わなくちゃいけない。一緒に最後まで戦ってくれてありがとう」


 目の前で頭を下げているアルミスに耐え切れなくなった俺は自分も面と向かって頭を下げた。 

 周りから見れば何をしているんだという光景に思えるかもしれない。全力で謝っている両者二人は一向に頭を上げようとしない。

 三分ぐらいかな? 経過したころチラッと上目で前を見るとアルミスは腕組をしていた。


 「アルミス?」

 「火」

 「はい?」

 「火って言ってんだろ!」

 「はい! すぐに!」

 「ぷ! あっははははは! 覚えてるか? あたしがこっちの世界に来た時に言ったセリフだよ。最初はお姫様の真似したっけ。ほんといい思い出だよ」

 「そういうことか……初めて会った時……はっ!」

 「なんだよ」


 初めて……エルフだけどの裸を見た。衝撃的な思い出を思い出した俺はおもわず声をあげてしまった。


 「いや、その……忘れないぜアルミス」

 「なんだよそれ。ま、いいか。それよりさっきのデーモンの話しじゃないけどよ、あたしはもう一度向こうの世界で退屈になった時はジェムでこっちに来るからな! それが例え百年後でもここで風呂屋を続けろよアリマ!」

 「アルミス……わかった! 待ってるからな!」

 「おーいアルミスちゃん! 俺の泣け無しの貯金を崩してありったけの酒を買って来たぜ! 今日は朝まで飲むぞ!」

 「今日帰ると言っとるだろうがこのドラ息子ぉ!」


 今しがた俺が歩いてきた商店街の道を仲のいい親子がボケとツッコミをかましながらこちらに駆け寄ってきた。

 父さんは手に余るほどの大量の酒を持っていた。


 「おお! 気が利くじゃねーかドウグ! 帰る前に思いっきりこっちの世界の酒を浴びるぐらい飲んでやるぜ!」


 別に止めはしないけどアルミスさん、帰るのが一日伸びそうだな。


 「痛たたたたた……親父、以前にも増して力強くなってないか?」

 「言動と行動が小学生並みのおまえが悪いんじゃろ! まったく、この松の湯の番台の椅子はまだ任せられんわい。生涯現役でいかんとな」

 「マジかよ親父、俺の女性専用スパへの店舗改装の夢が……」

 「そういう言動のことをわしは言っておるんじゃ! このドラ息子ぉ!」


 あいかわらず爺ちゃんと父さんは通常営業だな。

 でも、こんな光景が見れるのも松の湯があってのことだと俺は思う。だとすれば魂を引き換えにここを守ってくれたあのエルフにも礼を言わなくちゃいけないかもな。


 「あれ、なんだ、みんな帰ってきてたのなら早く入ってきなさいよ。料理が冷めちゃうじゃない」

 「元はと言えばおまえがアリマと外でチュッコラチュッコラしてたからだろ」

 「ぶ、ぶっ殺すわよこのクソエルフ!」

 「アルミス! 誤解を招くようなことを言うな!」

 「デーモンちゃんと有馬が? このドラ息子がああぁぁあ!」

 「ドラ息子はおまえじゃ道後!」


 デーモンが登場して松の湯前はよりいっそう賑やかさを増した。


 「役者が揃ったところで、その買ってきてくれた酒でお別れパーティーといこうぜ! ドウグ!」

 「今日は飲むぞアルミスちゃん! 今度こっちの世界に来るときは向こうの世界の地酒を手土産に頼むぜ!」

 「任せとけ。それと、後で約束を果たしてやるよ」

 「約束?」

 「背中流してやるよ」

 「ま、マジですか?! ひゃっほう! いやっはぁ!」


 興奮した変態オッサンは勢いよく松の湯に入っていった。

 それに続いて俺と爺ちゃんは互いに顔を見合わせて『だめだこいつ』という表情をした後、松の湯ののれんをくぐった。






 翌日、俺の予想通り一日帰るのが延期になった二人は輝きの道しるべを浴槽内に出現させた。二日酔いのアルミスは頭を両手で押さえながら、そしてデーモンは瞳に大粒の涙を浮かべて、浴槽の湯気立ち込める湯の中へ体を沈めた。

 そして二度と二人が姿を現すことはなかった。


 今日も松の湯のタイル絵には迫力のある竜炎の姿が描かれている。


 そして、その横にたたずむ銀髪エルフの姿がある。竜炎を抑止するように微笑む勇ましいレトの姿が、松の湯を見守っている。


 俺はそのタイル絵に静かに一礼した。


RYOです。

ついに完結です!

長きにわたり読んでくださった方々、ありがとうございました!


とりあえず風呂に入ってきます(笑)


次回作にもご期待ください!


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