第68話 正しさの限界
夜の神殿は静まり返っていた。
祈りの時間は終わり、
回廊には灯りが少しだけ残っている。
星を読む時間だった。
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ルシア・エルフェルトは星盤の前に立っていた。
円形の石盤の上に星図を広げ、
銀針をゆっくりと動かす。
星の位置をなぞり、
線を重ねる。
それが神託官の仕事だった。
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だが今夜は違った。
星の配置は読める。
答えも出ている。
それでもルシアの手は止まっていた。
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「……神託官」
背後から若い修道士が声をかける。
「北村の件ですが」
ルシアは振り向かない。
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「次の神託を待っています」
修道士は続ける。
「泉の水量が減ってきています」
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泉は三日間だけ開かれた。
だが水路の掘り直しで流れが変わり、
別の問題が出始めている。
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「星は何と」
修道士は言いかけて止まる。
ルシアがまだ答えていないことに気づいたからだ。
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沈黙。
星盤の上で銀針がわずかに揺れる。
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ルシアは空を見上げる。
夜空は澄んでいる。
星の位置ははっきり見える。
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読める。
答えは出る。
それでも――
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彼女はゆっくり言った。
「……まだです」
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修道士は驚いた。
「ですが」
「村は待っています」
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「ええ」
ルシアは頷く。
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「ですが」
星盤から目を離さない。
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「今夜は神託を出しません」
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修道士は言葉を失う。
神託官が神託を保留する。
それはほとんど前例がない。
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「星は示しているのでは」
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ルシアは小さく息を吐く。
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「星は」
静かに言う。
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「いつも示しています」
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「ですが」
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星図を閉じる。
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「読むのは」
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「人です」
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回廊の柱の影で、
リリアーナがそれを聞いていた。
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ルシアは初めて、
神託を一度止めた。
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迷ったからではない。
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迷いを、
無かったことにしなかったからだ。
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星導教の世界では、
神託は正しい。
疑う必要はない。
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だが今夜、
ルシアは初めて気づいた。
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正しいことにも、
限界がある。
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神殿の外では風が吹いている。
星はいつも通り光っていた。
ただ、
それを読む人の心が、
ほんの少しだけ変わっていた。
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