第66話 崩れない世界
神殿の鐘が鳴ると、村人たちは自然と広場に集まった。
畑仕事の手を止め、
桶を置き、
視線を神殿へ向ける。
新しい神託が下りる。
それだけで空気が変わる。
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ルシア・エルフェルトは星盤の前に立っていた。
広間には灯りが落とされ、
星図が床に広げられる。
修道士たちは静かに配置につく。
外では村人たちが息を潜めて待っている。
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やがてルシアは星図を閉じた。
顔には迷いがない。
「泉を三日間だけ開きなさい」
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広場がざわめく。
「ただし」
ルシアは続ける。
「北側の畑だけに水を引くこと」
「南側はその後に」
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それで終わりだった。
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村人たちは互いに顔を見る。
そして頷く。
「神託だ」
その言葉で決まる。
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すぐに人が動き出す。
石を崩し、
泉を開き、
水路を掘り直す。
迷いはない。
誰が決めたかがはっきりしているからだ。
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アルノーはその様子を見ていた。
人は働く。
速い。
迷わない。
「……世界は」
小さく言う。
「崩れません」
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リリアーナは頷く。
「ええ」
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星導教の仕組みは回っている。
泉を封じた。
畑が乾いた。
神託が修正された。
その間に混乱はなかった。
議論もなかった。
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「あなたがいなくても」
アルノーは言う。
「問題は解決しました」
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「ええ」
リリアーナは再び頷く。
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しばらく沈黙が続く。
泉の水が再び流れ始める。
乾いた水路を満たし、
土へ染み込む。
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アルノーは静かに言う。
「それでも」
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「何かが違う気がします」
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リリアーナは答えない。
ただ村を見ている。
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人々は働いている。
助かった畑もある。
間に合わなかった畑もある。
だが誰も怒らない。
神託だからだ。
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「世界は」
リリアーナはようやく言う。
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「崩れなくても」
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「歪むことがあります」
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アルノーは顔を上げる。
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畑では水が流れ始めている。
人々はそれを見て安堵している。
確かに救われた。
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だがその夜。
南側の畑を持つ農民の家では、
収穫の半分を失う計算が、
静かに帳面へ書き込まれていた。
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星導教の世界は崩れない。
迷いが少ないからだ。
だがその静けさの下で、
小さな歪みが、
確かに積み重なっていた。
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