第4話 想定済みの未来
リリアーナ・エヴァレットは、夜の執務室で一人、書類に目を通していた。
静かだ。それが、妙に落ち着く。机の上に並ぶのは、王宮関連の書類と、公爵家の印章が押されたもの。ここ数日で、意図的に仕分けた。
(王宮分と、私的分)
線は、もう引いている。第一王子付きの補佐官が、最近やけに顔を出さなくなった。聖女の周囲に人が集まり、自然と仕事の流れが変わりつつある。
――切られる。
それを予感と呼ぶ人もいるだろう。リリアーナにとっては、単なる確率の話だった。
扉がノックされる。
「どうぞ」
入ってきたのは、公爵家の執事だった。
「お嬢様。こちら、王宮からの照会です」
「……今週分?」
「はい。ですが、差出人が変わっております」
書類に目を落とす。そこにあったのは、これまで彼女が処理していた内容と同じものだった。
(人は変えたが、仕事はそのまま)
彼女は小さく息を吐く。引き継ぎは、されていない。される予定もない。
「今まで通り回る」と、誰かが思い込んでいる。
「こちらは、私の名で処理しません」
淡々と告げると、執事は一瞬だけ目を見開き、すぐに頷いた。
「承知しました」
説明は不要だった。彼は、リリアーナが無駄な判断をしないことを知っている。
書類を脇に寄せ、別の束を手に取る。公爵家の資産管理、領地の収支、独自の人脈。
(こちらは、問題なし)
彼女は王宮に依存していない。依存しないよう、最初から設計してきた。
ふと、昔のことを思い出す。婚約が決まった日の夜、父に言われた言葉。
『期待するな。王家は、立場で人を見る』
当時は冷たいと思った。今なら、正しいとわかる。
――だから私は、誰も信じない。
信じなければ、裏切られない。裏切られなければ、怒る必要もない。
机の引き出しから、小さな箱を取り出す。中には、封をされた書状が数通。
王宮内の動きが一定ラインを越えたら、送る予定のものだ。まだ、出さない。
相手が“決断した後”でなければ、意味がない。リリアーナは箱を閉じ、立ち上がった。
窓の外には、王宮の灯り。どれも変わらず、輝いている。
(……この景色も、長くは見ない)
そう思っても、胸は波立たない。彼女は、すでに次の場所を見ていた。
この回で彼女がやっているのは、準備ではなく撤収です。まだ何も起きていないのに、荷造りだけが先に終わっている。
封をした書状を箱にしまって、それでも出さないところが要でした。反撃のために備えているのではなく、相手が決め終わるのを待っています。順番が逆になると、この人は成立しません。
次回、彼女は正しい手順を整えて、そのせいで悪者になります。




