第2話 聖女の正しさ
エミリア・ノースは、少しだけ緊張しながら控えの間に立っていた。
王宮は広く、きらびやかで、まだ慣れない。それでも、アルベルト第一王子が優しく声をかけてくれるおかげで、心細さはなかった。
「大丈夫だよ、エミリア。君は何も悪いことをしていない」
「は、はい……」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。自分は“聖女”なのだから。人の役に立つ存在でなければならない。
――そう、思っている。
「さっきの場では驚かせてしまったね」
アルベルトは、どこか困ったように笑った。
「リリアーナは、少し厳しいところがあるから……。君も、怖い思いをしなかったかい?」
エミリアは、はっとして顔を上げた。
「い、いえ! そんな……」
ただ、と言葉が詰まる。あの人――リリアーナ・エヴァレット。美しく、完璧で、隙がない。
初めて目が合ったとき、なぜか胸がきゅっとした。責められたわけでも、何か言われたわけでもない。
なのに。
「……少し、冷たい方だな、とは思いました」
口にした瞬間、エミリアは後悔しかけた。でも、アルベルトは深く頷いた。
「だろう? 彼女は昔からそうなんだ。正しいけれど、融通が利かない」
――正しい。
その言葉に、エミリアは安心した。自分が感じた違和感は、間違いではなかったのだと。
「でも、私は……仲良くできたらいいなって思います」
そう言うと、アルベルトは嬉しそうに微笑んだ。
「君は本当に優しいね。だから、皆に慕われるんだ」
胸が、また温かくなる。
(仲良く、できたら)
それは、エミリアにとって当たり前の願いだった。争いは良くない。誰かが傷つくなら、それは正されるべきだ。
だから――。
「もし、私のせいで雰囲気が悪くなるなら……私、距離を取った方がいいでしょうか?」
恐る恐る言うと、アルベルトは即座に首を振った。
「そんな必要はない。むしろ、君は堂々としていればいい」
「で、でも……」
「問題があるとすれば、それは大人が調整するべきことだ」
その言葉に、エミリアは深く頷いた。
――そうだ。自分は、正しいことをしている。
聖女として、人を癒し、導く。それが役目なのだから。ふと、脳裏にリリアーナの姿が浮かぶ。背筋を伸ばし、感情の読めない表情で立っていた姿。
(あの人も……本当は、苦しいのかもしれない)
そう思った瞬間、エミリアは決意した。自分が、助けなければ。
正しくないことがあるなら、自分がそれを正せばいい。
――善意に、疑いを持つ理由などなかった。
今回だけ、視点をエミリアに預けました。悪意のある人物として書くと、この話は成立しません。彼女は本当に、誰も傷つかない方がいいと思っています。
調整は大人の仕事だ、とアルベルトは言います。その大人が誰なのかは言いません。たぶん、この物語でいちばん罪深いのはここです。
次回は、それを離れた場所から数えている人が出てきます。




