第19話 遅すぎた手
王宮の執務室には、落ち着かない空気が漂っていた。
「……また、公爵家経由ですか?」
文官の声に、疲れが滲む。
「はい。先方がそう希望しています」
「理由は?」
「“話が早いから”と」
その言葉に、誰も反論できなかった。
事実だったからだ。
判断が遅れ、
確認が増え、
責任の所在が曖昧になった王宮よりも、
公爵家の方が、はるかに話が進む。
それは、静かな流出だった。
「……これは、放置できないな」
アルベルトは、机に肘をつき、低く呟いた。
致命的な失策は、まだない。
だが、選ばれなくなり始めている。
「エヴァレット公爵家に、正式な照会を」
その指示に、文官が一瞬だけ躊躇する。
「どのような内容で……?」
「最近の案件について、協力を――」
言いかけて、アルベルトは言葉を止めた。
協力。
その言葉は、あまりに曖昧だ。
以前なら、
彼女は何も言わずに整えてくれていた。
だが今は、
頼む立場になっている。
数日後。
エヴァレット公爵家から届いた返書は、簡潔だった。
手続きに則った正式な依頼であれば、検討いたします。
それだけ。
拒否ではない。
だが、以前のような柔軟さもない。
「……冷たいな」
誰かが、思わず呟く。
アルベルトは、その言葉を否定しなかった。
冷たいのではない。
対等になっただけだ。
聖女エミリアは、その変化に気づいていた。
「最近……皆さん、少し困っていませんか?」
問いかけに、周囲は笑顔で首を振る。
「大丈夫です」
「問題ありません」
だが、相談の数は減っていない。
むしろ、
彼女の手に負えないものだけが残っている。
判断を要する案件。
線を引かなければならない案件。
「……私、できることが少ないですね」
小さな呟きは、誰にも拾われなかった。
夜。
アルベルトは一人、執務室に残っていた。
机の上には、未処理の書類。
そして、
エヴァレット公爵家からの返書。
「……取り戻す、か」
その言葉を、口にしてみる。
だが、
何を、どうやって?
彼女は、怒って出ていったわけではない。
責めてもいない。
騒いでもいない。
ただ――
役目を終えただけだ。
それを、
今さら戻せると思う方が、都合がいい。
「遅かったな……」
アルベルトは、深く息を吐いた。
これは後悔ではない。
だが、後悔の入口には、確かに立っている。
その頃、王宮の外では。
エヴァレット公爵家の名が、
“便利な場所”として、静かに定着し始めていた。
王宮は、まだ気づいていない。
もう、主導権は戻らないということに。
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