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婚約破棄された悪役令嬢ですが、仕事を奪った王宮が先に崩れました  作者: 水城ルナ


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20/112

第20話 対等な契約

 その書簡は、形式ばっていた。


 封蝋は王家のものだが、

 差出人は第二王子――カイエル・ルーヴェン。


 リリアーナは、一読してから机に置いた。


 (正式だ)


 曖昧な言葉はない。

 感情的な配慮も、期待もない。


 ただ、条件だけが記されている。


 指定された場所は、王宮ではなかった。

 王都外れの、小さな迎賓施設。


 警戒はあるが、威圧はない。

 ここが“交渉の場”だと、はっきり分かる。


「来てくれて感謝する」


 カイエルは立ち上がり、短く頭を下げた。


「こちらこそ」


 リリアーナは、同じだけの礼を返す。


 立場は、対等だ。


「早速だが、本題に入る」


 カイエルは、一枚の書類を差し出した。


「これは、君に提示する条件だ」


 内容は、簡潔だった。


表向きの役職なし


判断補佐ではなく、判断整理権を付与


決定権者は第二王子


だが、線を引く権限はリリアーナ側


 つまり――

 誰が、どこまで決めるかを決める権利。


 彼女は、視線を落としたまま言った。


「責任の所在は?」


「最終責任は、俺が負う」


 即答だった。


「君は、判断を独占しない。

 だが、判断が必要な場所を、すべて可視化する」


 それは、彼女が最も得意とする役割。


「……私を、矢面に立たせるつもりは?」


「ない」


 迷いのない答え。


「君が表に出れば、

 また“誰かの感情”に巻き込まれる」


 それを避けるための契約だ。


 リリアーナは、少しだけ考えた。


 条件は悪くない。

 むしろ、理想に近い。


 だが、一点だけ足りない。


「拒否権を」


 彼女は、顔を上げた。


「私の判断が、

 政治的に利用される場合、

 関与を拒否できる権限を」


 カイエルは、わずかに笑った。


「当然だ。

 それがなければ、君を信頼したことにならない」


 書類に、追記がなされる。


 その動作に、躊躇はなかった。


「もう一つ」


 リリアーナは、続ける。


「私は、王宮に戻りません」


「分かっている」


「過去の判断を、正しかったと証明する気もありません」


「それも、構わない」


 カイエルは、真っ直ぐ彼女を見る。


「必要なのは、

 “今、機能するかどうか”だけだ」


 それ以上でも、それ以下でもない。


 沈黙が落ちる。


 数秒。

 だが、その間に、十分な判断が行われた。


「……契約を受けます」


 リリアーナは、静かに言った。


 感情の高ぶりはない。

 これは、勝利ではない。


 選択だ。


「歓迎する」


 カイエルは、深く息を吐いた。


「これで、俺たちは同じ側だ」


「同じ側、ではありません」


 彼女は、訂正する。


「同じ“盤面”に立つだけです」


 一瞬、カイエルは驚いたように目を瞬かせ、

 それから小さく笑った。


「……なるほど」


 契約書に、双方の署名が入る。


 音は小さい。

 だが、その意味は重い。


 施設を出ると、夕暮れの空が広がっていた。


 王宮は、遠くに見える。


 もう、戻る場所ではない。


 リリアーナは、歩きながら思った。


 (これで、線を引く場所が決まった)


 誰かに選ばれるためではない。

 誰かを守るためでもない。


 ただ、

 正しく回すために、そこに立つ。


 それだけでいい。


 彼女は、一度も振り返らなかった。

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