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第三十二話 決着

 もうグールはこの近くにはいないが、あの牛が空から降りてきた事を考えると、この集落に今夜新たに魔物が襲ってくる事も考えられる。

 族長は無理でも、沼の一族の中にはあの阿吽の二体がいるので防衛力としてはまだまだ機能していると言ってもいいだろう。

 だが、あの牛が空から炎を吐いてくるのは致命傷になりかねない。


「あの射手や魔術師が今更お前を味方と認めると思うか?」

「重要なのは、牛を倒してゆっくり休む事ですから、あの二人が僕を味方と思うかどうかはあまり重要じゃ無いんですよ」

「そうだよな。お前はそんな奴だ。では、ゆっくり休むために牛追いでも始めるか」

「よろしくお願いします」


 翔英はそう言うと、改めて集落を出ようとする。


「ショーエー!」


 飛び上がろうとした翔英を、デデレデが呼び止める。


「帰ってきてくれるのよね?」


 らしくないくらいに弱気になっているのは、やはり貧血を起こしているせいだろう。


「私を街に連れて行ってくれるんでしょう?」


 デデレデは泣きそうな表情で言う。

 そんな話になっていたかな? と思ったが、夜の魔物から集落を守る方法を族長からデデレデは教えられていた。

 ギルドマスターと取引すると言うのなら、情報を持っているデデレデを連れて行く必要がある。

 その事を言っているとしたら、確かに翔英はデデレデを街に連れて行かなければならない。


「すぐにでも戻ってきますよ」


 翔英はそう言うと、集落を出て行く。


 改めて牛のところに行った頃に、デデレデに使ってもらっていたエアウォークの魔術の効果が切れたので、空中戦は望めなくなった。

 まだ射手も魔術師も健在で、ついでに言えば牛もダメージらしいダメージは受けていないように見える。


「今更何のつもりだ、召喚人」


 射手が牛に矢を射ながら怒鳴る。

 そのセリフはトドメの一撃を奪われそうな時に言うようなセリフであるが、そう考えてもこの牛は大したダメージを受けていない。

 一方の射手は矢筒が無くなっている上に、魔術師の方もローブが焦げている。

 どう考えてもすぐに決着がつくような雰囲気ではない。


「ガタガタぬかすな。魔術師はレッドブルの動きを止める事だけ考えろ。射手は翼だ。本体は俺が仕留める」


 赤い眼の剣が射手と魔術師に指示を出すと、翔英の体を使って牛に向かっていく。

 牛や猪といった獣は正面に対しての機動力の高さや攻撃力の高さは、ゲームなどでもお馴染みだと言えるが、同じように側面に対して有効な攻撃方法や防御方法が無い事も同じようにお馴染みと言える。

 しかしこの牛の場合、大き過ぎる翼があるため、側面から攻撃しようとすると翼が羽ばたいて接近しづらいのだ。

 泥の手が時々牛の足を掴むが、牛の怪力の前には本当にただの泥による足止め程度にしかならない。

 射手の矢にしても牛の羽ばたきによって起こされる風のせいでまともに飛ばず、当たったとしても大したダメージになっていないのだ。

 これでは翔英は正面に立つしかない。


「いえ、正面からと言うより、やっぱりまずは翼を狙うべきでしょうね。側面から近付いて、翼を片方狙いましょう。射手が狙っている反対側の方が良いです」

「そうだろうな。あの程度の射手ではレッドブルを空中で仕留める事は出来そうに無い」


 翔英が考えていた事と同じ事を赤い眼の剣も考えていたらしく、側面から牛を狙う。

 牛は翼を羽ばたかせて翔英の接近を阻んだつもりだったが、翔英の狙いはまさにそれだった。

 はためく翼を狙って、赤い眼の剣が一閃する。

 翼の全面にある骨格でさえ、赤い眼の剣の切れ味の前には無いに等しく、牛の翼は左側だけが三分の一くらい短くなった。

 牛は大声で吠える。

 すぐに牛は翔英の方を向くが赤い眼の剣にとって予想通りの行動だったため、剣の間合いに入った牛の右目を突く。

 剣が届く範囲と言う事は、牛が暴走すれば翔英も致命傷を受ける事になるので、赤い眼の剣はすぐに間合いを外す。

 まっすぐ下がるわけにもいかないので、側面へ回り込もうとするが牛は翔英を正面に捉えようと追いかけてくる。

 今なら魔術師の泥の手でも動きをある程度制限出来るだろうし、射手であれば翼どころか首や腹だって狙えるはずだが、まったく援護が無い。


「あの二人ならとっくに逃げたぞ」


 赤い眼の剣は、小さく笑うような声で言う。


「まさか沼の一族のところには行っていないでしょうね」

「方向としては街ではないのか? おそらくお前に足を引っ張られたせいで失敗した、と言う事だろう。まあ、その通りなのだがな」


 それに関してはその通りなので、言い返せない。

 この場合であれば言い返す必要も無いだろうし、この牛退治くらいは協力してくれても良さそうなモノだったが、仕方が無い。


「あの翼でもまだ飛べますか?」

「おそらく飛べるだろうな。随分とやる気だが、あの耳女のためか?」


 それは無い、とは言えない。

 エーカや大女は一先ず置くとして、例えばウェテトーレのためであったとしても頑張る事は出来たと思う。

 だが、ウェテトーレと違い、デデレデは逼迫した生命の危機にあると言える。

 ここで彼女を守らなければ、おそらく彼女は死ぬ事になる。

 何もしない奴は何も得られないと言うのなら、何かをなして手に入れる。

 これでデデレデを手に入れる事が出来る、と言う事はないだろうが、少なくともデデレデを失う事にはならない。

 あの美少女の為だと考えると、翔英自身が思っている以上に力が出てくるのだ。


「お前達召喚人はそう言うモノだな。おおよその場合、メスのためだ、オスのためだで命を賭ける。面倒ではあるが、戦う目的があるのは悪くない」

「それはどうも」

「向こうも同じように考えていれば良いな」


 それは言わないで欲しい。

 もしそうであれば、今よりもっと凄い事も出来そうな気がするが、あいにくとデデレデからはあまり好まれていないみたいな気もする。

 勘違いするな、と念押しされているほどだ。


「空さえ飛ばなくなってしまえば、楽勝ですよね?」

「お前がしっかりしていれば空を飛んでも楽勝ではあるのだが、お前にそれを望む事も出来ないだろう。少なくとも地上戦で、しかも接近戦において俺より強い奴は夜の魔物の中でもほとんどいないだろうな」


 相変わらずのビッグマウスではあるが、素晴らしく頼りになる。

 引き続き狙うべきは牛の翼。

 翔英の知っている牛には翼など無いので、この異世界の牛をただの牛にしてしまうのが目的と言える。

 赤い眼の剣は驚異的な動きで牛の翼を刻んでいくのに対し、牛の攻撃は完璧に躱していく。

 牛の翼が最初と比べると半分くらいになったところで、翔英は翼ではなく牛本体への攻撃を開始する。

 こうなるとこの牛もただの獣なので、後は時間の問題だ。

 そう思っていた。

 まさかここへ来て、泥の手に足を掴まれるとは思ってもいなかった。


「え?」


 いきなり足を掴まれたせいで、翔英は足をひねって転倒する。


「うわっ、痛い!」

「足をやられたか。コイツは面倒だ」

「なんでこんな事するんですか!」

「多分、向こうの連中も同じ事を言いたいだろうな」


 立ち上がろうとした時、ひねった右足に激痛が走る。

 いくら赤い眼の剣が翔英の体を操っているとはいえ、痛みが無くなる訳ではない。

 恐れていた通り、ダメージは翔英が受けると言う事が判明してしまった。

 さすがに翔英でもカッとなって声を荒らげたが、赤い眼の剣はいたって冷静だったので翔英もすぐに冷静になる事が出来た。

 痛みは消えたりしないのだが。


「何とかなりますか?」

「いや、痛みのせいでイチイチ動きを止められては俺でも攻撃を躱すのは難しい。我慢するか、痛みの感覚を切り離せ」


 そんなめちゃくちゃな、と翔英は言葉を失ってしまった。

 せめてエアウォークが効いている時であれば、左足一本でも空中に逃げると言う選択肢があったのだが、地上で右足を浮かせた状態で動き回る、特に回り込む動きなどは不可能だ。

 調子に乗りすぎたと言う事もあるが、身内を怒らせ過ぎた。


「なんなら一撃に全てを賭けるか?」


 牛が突進してくるのを、翔英は転がりながら避ける。

 もう十分泥だらけなのに、さらに口の中にまで入って来る。

 それでも突進してくる牛に撥ねられるよりはるかにましだ。


「これで足を切ったら逃げ切れませんか?」

「無理だろうな。魔物の大半は痛みが怒りに直結しているから痛みに鈍い。足を一本切断したとしても、お前より早く走れるぞ。転がって避ける事を繰り返して切れる足は一本だろう。二本以上となると無理する必要がある」

「牛に勝つしか無いって事ですか?」

「まあ、そうなるが今のままではそれも厳しいな。どうする?」

「牛が逃げる可能性は?」

「無くはないが、それにはちょっと怒らせすぎた」


 痛みで立ち上がれない翔英は、泥の上で片膝をついて牛と向かい合う。

 泥が浅くて助かっているが、そのせいで牛も走って回れると言う問題もある。


「この体勢から狙えるとしたら、腹ですか?」

「腹を狙うのは意外と難しいぞ。正面から狙えば撥ねられる。側面から狙おうにもあの翼に打ち付けられると相当痛いだろうし、頭に当たったら意識を飛ばされる恐れもある。それでもビビらなければ勝機はあるが、お前はそれが出来るのか?」


 出来ない。まず間違いなく出来ない自信がある。


「もしレッドブルのトドメを狙っているのなら、あの魔術師も射手も近くにいるかもしれないが、それはお前が死んだのを確認してからになるだろうし、与えたダメージの状態次第ではそのまま街に帰る事だろう。協力は期待出来ないな」

「自力でなんとかしろ、と言う事ですね」

「自力で何とか出来るならな」

「貴方の力が必要です。お願いですから助けて下さい」

「わかってきたみたいだが、俺でもお前の痛みをどうにかする事は出来ない。いっその事その右足切り落とすか?」


 それでは痛みに対する解決策にはなっていない気がする。


「もう飛ぶ事は出来なさそうだから、一瞬でも動きを止める事が出来れば仕留める事は出来そうなのだが、何か方法は無いか?」

「大声で叫びますか? 助けてって」

「悪くない手だな。叫べ、叫べ」


 赤い眼の剣は呆れたように言う。

 そう言われては、翔英も大声で叫びにくくなる。


「何だ? 叫ばないのか? だったら俺が言う言葉を叫べ」

「何を言わせようとしてるんですか?」

「一言で良い。一瞬でも動きを止めてくれ、とな」

「一瞬でも動きを止めてくれ、ですね。何時ですか?」

「今すぐ、この瞬間だ」


 翔英は大きく息を吸う。

 それに合わせて足が痛む。


「一瞬で良い! 動きを止めてくれ!」

「エア・ブラストォ!」


 まるで翔英の声に答えるように、上空からデデレデの声が響く。

 その声に合わせて、目に見える大きな空気の塊が牛を押しつぶそうとする。

 だが、牛はその空気の塊を耐え切る。

 と言っても赤い眼の剣の狙いはそこだった。

 本当に一瞬で良かったのだ。

 左足での踏み込み一回分。

 牛が堪えきる事は赤い眼の剣には分かっていたらしく、真正面から牛に向かって直進していた。

 今炎を吐きかけられたら黒焦げになるのではないか、と翔英が質問する暇も無かった。

 牛は空気の塊に押しつぶされている状態で炎を吐こうとして、口の中で暴発させる。

 牛の歯や唇が吹き飛び、顔がわずかに上を向く。

 そこに赤い眼の剣が右目を貫き、翔英は剣を支点に飛び上がり、牛の頭部を切り裂きながら牛の背に乗ると、無防備な牛の延髄に剣を深々と突き刺す。

 牛は絶叫して炎を撒き散らすが、数秒暴れた後に倒れて絶命する。

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