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「美味いなぁ」
私が自分用の土産として買ってきた、551蓬莱の豚まんを頬張り、彼は唸った。
「しかし、行っちゃいましたか、大阪。あれですね、ちょっとストーカー気質なんですね」
「うるさい。これ頭から飲ませてやろうか」
沸かしたての湯を注いだ急須を示すと、彼は黙って口をもぐもぐと動かした。
○
新幹線を降り、自宅の最寄り駅まで戻ったところで、恭太郎の後輩に遭遇した。
彼とはあの夜以来、頻繁にではないけれど、暇が合えば呑みに行ったりするような、そういう間柄になっていた。
住まいも近所なので、時にはこうして偶然に顔を会わせることもあった。
つい今しがたもそんな調子で、私の手にある551蓬莱の紙袋を見逃さなかった彼は、ちゃっかり私の部屋まで付いて来て、しっかり豚まんを食べている。
「で、そのカワノって人とは結局どうなったんです?」
土産を分けるついでに、語る宛の無かった土産話を聞かせていたのだが、豚まんに夢中で右から左だと思っていた。どうやらちゃんと聞いていたらしい。
「別に……どうもしないよ」
湯飲みに茶を注ぎながら答えると、彼はふぅん、と息をついた。
「まぁ、セミナーにハマってる男なんてアブナイ感じしますし、どうもしなくて正解じゃないですかね?」
「ちょっと、滅多なこと言うんじゃないの!」
敢えて明言するのを避けていたことをずばり言い放たれ、よくわからないが私は焦った。
「自分だってそう思ったから、食い付かなかったくせに」
事実、カワノさんは最後まで口説いてくれたが、私が彼の言葉に応えることはついに無かった。曖昧な笑みと「また機会があったら会いましょう」という無難極まりない言葉を残して別れてきたのである。
図星を突かれた私は、黙って豚まんを手に取った。大ぶりなそれを半分に割ると、熱い湯気と共に立ち上るひき肉の香りが鼻を抜け、食欲をそそる。
「でも残念でしたね。ようやく松木さんへの未練から解放されると思ったのに」
彼の言葉には答えずに、私は豚まんにかぶりついた。
「いつまでも過去にすがっていないで、いい加減に次へいったらどうです?」
私の反応には構わず、彼が続ける。年下なのに、私を諭すような口調がなんだか可笑しい。
「まだ若いから、なんてもたもたしてると、あっという間にいき遅れですよ」
「さっきから随分ずけずけとものを言うね」
「貴女の幸せを祈っているからこそですよ」
「君に祈られてもなぁ」
そんな軽口をたたき合いつつ食べる豚まんは、ひとりで食べるよりも美味しい気がして、私は少しだけ、彼に会えた偶然に感謝した。
○
繰り返しになるが、私は今でも恭太郎のことが好きである。
そう言うと、えらく一途なようだけれど、実際はこうして恭太郎以外の男を部屋にあげ、一緒にくつろいだりしている。
そのことが、我ながら不思議だった。
未練があるのは確かなのに、こんなことが出来てしまう自分の真意が解らなかった。
相手が恭太郎の後輩というあたり、未だ恭太郎に固執しているようでもあるが、恭太郎一筋で無くなっていることも、また確かなのだ。
○
事実は小説より奇なり、という言葉がある。
言い得て妙なことわざだ。
この言葉のように、作り話より奇妙な現象が現実に起こるとしたら、それは人の感情が、時に筋の通った論理だけで推し測れない動きをするせいだと私は思う。
○
ふと、私は思った。
(いっそ小説でも書いてみたらどうだろう?)
それは突飛な思い付き以外の何物でも無かったが、何故か忘れることが出来なくなった。
天啓、と呼んでは大袈裟かも知れないが、その考えが浮かんだ途端、妙に胸が高鳴る思いがした。もっと言うなら、わくわくしたのである。そんな感覚は久しぶりだった。
大阪で過ごした時間は楽しくもあったが、夢を持って生活する同世代と自分を比べて、気落ちする場面も間々あった。
目指すものが無く、やりたいことも無い自分が、ひどくつまらなく、情けなく感じられたのだ。しかし、そんな劣等感をうじうじと抱えていたところで、なにかが変わるはずもないではないか。
(どうせやりたいこともないのなら、思い切ってやってみるのも良いかも知れない!)
そんなふうに思えたことに、私自身、いささか驚いていた。
○
それがきっかけ、事の始まり。
あるいは本当に、太陽の塔が私のなにかを変えてしまったのかも知れない。
かくして綴られしこの物語も、そろそろ終いとさせて頂く。
ここまでお付き合いくださった読者の皆様には厚く御礼を申し上げたい。
そういえば最後にもうひとつ。中崎町の雑貨屋店主は、約束通り私の写真をHPに載せてくれた。
自分で言うのも何ではあるが、画面の向こうの私は、なかなか良い笑顔をしていた。
【完】




