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「太陽の塔を見ると、人生が変わるんだって」

 私がそう言うと、恭太郎はあからさまに怪訝な顔をした。

「なにそれ、ジンクス?」

 スピリチュアルやらオカルトやら、そういう類の話を好まない恭太郎らしいリアクションだと内心、苦笑しながら私は続けた。

「人生っていうか、人生観が変わるの。あんまり大きいから、とにかく圧倒されちゃうんだって。今まで経験したことが無いくらい。それで、なんか……人生が変わるんだって」

「すごいもやっとした解説なんだけど」

「本で読んだの、随分、前なんだもん。でもそんなような話だったよ」

「まぁ、わからなくはない……か?」

「でしょ!」

「じゃあ、また今度」


 また今度、大阪に来たときは、一緒に太陽の塔を見に行こう。


 2年前の連休最終日、別れを惜しむ私に、恭太郎はそう言ってくれた。

 好きな人の口から聞く「また今度」ほど、励みとなる言葉は無いのだと、私はこのとき初めて知った。

 この約束が果たされることはついに無かったけれど、恭太郎の隣で人生を変える日を私はずっと、この2年ずっと、もしかしたらこれからもずっと、心の奥で求め続けるのかも知れない。



 シャワーを浴びて、3時間ほど仮眠を取り、手早く身支度を整えてホテルを出た。思えば大阪へ来てから毎日こんな調子だったので、すっかり慣れたものである。

 待ち合わせは数時間前に居た場所と同じ、グランフロントうめきた広場のベンチと決めておいた。

 頭上に広がる生憎の曇り空を気にしながら待っていると、私の到着からやや遅れてカワノさんが現れる。合流した私たちはまず食事を取ることにして、やはり数時間前と同じく、レストランフロアへ上がった。

 昨夜のムーディな雰囲気とは一変、休日昼間のレストランフロアは大きな窓から射し込む陽光でとても明るく、客も子連れの家族が目立った。夜は閉店していた店もすべて開いていたが、どの店も満員御礼である。

「すごいですね」

 バーでグランフロントの話を聞いたとき、『大阪人も行きたいスポット』だと言っていた人が居たことを思い出して、私は大いに納得した。「みんな最初にここでメシ食って、買い物に繰り出すからね」

 そう答えながらカワノさんはすいすいと人波をかき分け、おすすめのお好み焼き屋さんに連れて行ってくれた。お好み焼き屋というよりカフェのような、洒落たその店もやはり満席であるらしく、長い行列が出来ている。

「申し訳ございません。そちらのテーブル席でしたら、すぐにご案内できますが」

 そう言って店員は店の外に設けられた2人用のテーブル席を示した。店の外とは、すなわち通路の端である。つまり行き交う客の目に思い切り晒されることになるのだが、幸いそんなことが気になるほど細やかな精神はしていない。

 行列を横目に私たちは少し早めのランチセットを注文した。席の回転率をあげるためか、サラダ、スープ、メインのお好み焼きが次々と運ばれてくる。慌ただしくはあるが、味も量もお洒落なので、楽々と平らげることが出来た。

「店内だったら、各テーブルに鉄板が付いてて、自分で焼きながら食べられたんだけどね」

 デザートのシャーベットを口に運びながら、カワノさんが言った。

「まぁ、みんなそれがやりたくて並んでるのかな」

「そうかも知れませんね」

「焼くの楽しいもんな」

「そうですね」

 そんな会話をしている間にも、行列は進んでは伸びている。

「じゃあ、また今度、大阪に来たときは、一緒に焼きながら食べよう」

 カワノさんの言葉に、私はただ微笑んで見せた。



 梅田駅から、地下鉄御堂筋線で千里中央駅へ向かい、そこで大阪モノレールに乗り換える。

 モノレールの車窓に張り付き、流れる景色を見ている私を見て、「子どもみたい」とカワノさんが笑った。間もなく視界に現れた太陽の塔は、木々を突き抜けるように屹立していて、なるほどかなりの迫力である。

 時間にして計40分ほど電車に揺られ、高層ビルの立ち並ぶ梅田から自然豊かな万博記念公園に到着した私たちは、いそいそと入園券を購入し、太陽の塔に近付いた。

 

 太陽の塔が1970年、日本万博博覧会の際につくられた建造物で、芸術家、岡本太郎氏の代表作のひとつであることは知っていたが、あのハイセンスな外観が何を表現しているのかは、長年さっぱりわからなかった。

 塔上部の黄金の顔が未来、正面の太陽の顔が現在、背面に描かれた黒い太陽が過去を表しているらしいと知っても、いまいちピンとこなかったことは秘密である。


 芝生に覆われた広場を囲むように延びているゆるい上り坂を、塔に向かって進んで行く。当たり前だが、近付けば近付くほど、太陽の塔は大きくなる。遠くから見ていただけでも相当に大きいと感じていたのだから、塔の根本まで来たときには限界まで反り返っても、塔の全てを視界に収めることが出来なくなった。

「すごいな!」

 私の隣で塔を見上げながら、カワノさんが言った。

「俺、地元民のわりにあんまり思い入れ無かったけど……確かにこれは見ておいて正解」

 いささか興奮しているらしい彼の声は、少し遠くから聞こえるような気がした。

 太陽の塔を前にして、私は考えていた。


 恭太郎だったら、太陽の塔を見て、何を思うのだろう。

 もし今、隣に居るのが恭太郎だったら、どんな表情で、どんなことを言うのだろう。


 答えの出ようはずもない問いは、しかし頭から離れなかった。


「太陽の塔を見ると、人生が変わるんですって」

 私はうわ言のように言った。

「人生っていうか、人生観が変わるそうです。あんまり大きいから、今まで経験したことが無いくらい圧倒されて……人生が変わるんですって」

「ああ、なんかわかる!それくらいのインパクトあるもんな!」

 カワノさんは大きく頷いた。


 

 太陽の塔を堪能し、資料館を見て来たところで、朝から気になっていた曇り空がついに泣き出した。 ちょうど資料館を出ようとしていた私たちだったが、そのままロビーで雨宿りすることにして、邪魔にならないようフロアの端に寄る。大きな窓に細く流れる雨水を眺めながら、私たちは他愛も無い話で暇を潰した。


 しばらくそうしていると、不意にカワノさんの声音が変わる。

「あのさ、突然こんなこと言うのも何なんだけど」

 続いた言葉を聞いて、私は焦った。なんとカワノさんは、私に恋人として付き合って欲しいと言ってきたのである。

「いや、でも、そんな、私たち昨夜、知り合ったばかりですし、なのに付き合うとか……そういうのはちょっと……」

 私はしどろもどろになりながらそう言ったが、カワノさんは退かない。

「そりゃいつでも会える距離なら、あと何度か会って、もう少し仲良くなってからにするけど、君は今日、帰っちゃうんでしょ。だから今、言うんだよ。逃したくないんだ」

 ゲームで言うならフルコンボを叩き出す勢いで、ストレートな言葉をバシバシ当ててくる。これまで言われたことも無いようなそれらの言葉をまともに受けた私はさながらパンチドランカーの如し。なんだか頭がクラクラしてきた。

「昨日、言ってた男みたいなこと、俺なら絶対にしないから。そんな奴にいつまでも縛られてちゃ、君が可哀相だ」



 不測の事態に混乱する頭の底で、私は考えた。

 恭太郎を好いた私は、果たして可哀相だったのだろうか。


 私は恭太郎に感謝こそすれ、恨んだことなどただの一度も無かった。

 恭太郎が居てくれたから、私はいろいろなことを頑張れた。

 恭太郎を想えばこそ、いろいろなことに気付くことが出来た。 

 恭太郎に惚れ、彼に釣り合いたいと望まなければ、正社員として就職することも無かったかも知れない。


 恭太郎は私にとって必要な人だった。

 想うだけでこれほど力になるような異性を、私は彼の他に未だ知らない。

 隣に居てくれなくなっても、私の人生を変えてくれる存在だ。  


 恭太郎を想い続けて居なければ、こうして大阪へ来ることも無かったかも知れない。

 大阪へ来ていなければ、ハルさんともカワノさんとも、出会うことは無かったかも知れない。

 なにを目指しているわけでも無く、そのことに引け目だけを感じながら日々を過ごしている自分に、気付くことも無かったかも知れない。

 気付くことはひとりでは出来ない。けれど気付かなければ何も出来ない。


 恭太郎を好きになって良かったと、私は心からそう思う。

 ずっと、この2年ずっと、きっとこれからもずっと。

 

 勝手の過ぎた、独りよがりな話だと言われても仕方が無い。実際その通りだとも思う。

 けれど、可哀相だと思われるような筋合いは、少なくとも私のなかには無いのである。

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