10. 形のない未来
ある夜のことだった。
夕食を終え、入浴も済ませたヴィオラとアルフォンスは、寝支度を整え、寝室で静かな時間を過ごしていた。
暖炉には小さな火が揺れ、部屋の中を柔らかな橙色の灯りが包んでいる。寝るにはまだ少し早い時間ということもあり、二人は寝台の脇に並んで腰を下ろし、他愛もない話を交わしていた。
「アルフォンス、身体は大丈夫なの?」
ヴィオラがふと尋ねる。
「あぁ。もう医者も大丈夫だと言っていたし、問題ないよ」
アルフォンスが穏やかに笑うと、ヴィオラもほっとしたように微笑んだ。
「それは良かった」
その言葉のあと、部屋には静かな沈黙が流れる。
暖炉の薪が小さく弾ける音だけが響き、二人は並んで炎を眺めていた。
やがてヴィオラが、少しだけ照れくさそうに口を開く。
「ねぇ、そろそろ考えない?」
「何のこと?」
アルフォンスが首を傾げる。
ヴィオラは視線を泳がせながら、小さく笑った。
「ほら……将来のこととか」
アルフォンスは小さく呟き、ヴィオラの表情を見つめた。
「将来……か」
アルフォンスは小さく呟き、ヴィオラの表情を見つめた。
「子どものこと、かな?」
はっきりと言い当てられ、ヴィオラはわずかに頬を赤らめる。それでも誤魔化すことはせず、小さく頷いた。
「ええ。あなたの身体も落ち着いたみたいだし、仕事も以前ほど無理をしなくなったでしょう?だから、そろそろ考えても良いのかなって」
アルフォンスはすぐには答えなかった。暖炉の火へ視線を向け、しばらく考えるように黙り込む。その様子を見て、ヴィオラは少しだけ不安そうに眉を下げた。
「まだ早いと思う?」
「いや、そういうわけじゃないよ」
アルフォンスは首を横に振り、隣に座るヴィオラの手へ自分の手を重ねた。
「少し前の自分だったら、きっと仕事を理由にしていたと思う。まだ忙しいから、もう少し落ち着いてからにしようと、君を待たせていたかもしれない」
「……そうね。あなたなら言いそうだわ」
ヴィオラが苦笑すると、アルフォンスも申し訳なさそうに笑った。
「でも、今は時間がたくさんあるし、そういうことも含めて、これから二人でゆっくり話し合っていこう」
ヴィオラはその言葉を聞き、嬉しそうに目を細めた。
「そうね。今度は仕事を理由に逃げたりしないで、ちゃんと話し合ってもらうわよ」
アルフォンスが頷くと、ヴィオラは重ねられた手を握り返した。
「子どもができたら、きっと今よりずっと賑やかになるわね」
「君に似た子なら、屋敷の中が毎日明るくなりそうだ」
「どういう意味よ。まるで私がいつも騒がしいみたいじゃない」
「そんなつもりはないよ。ただ、君のようによく笑う子だったら嬉しいと思っただけさ」
穏やかな声でそう言われ、ヴィオラは照れたように視線を逸らした。
「私は、あなたに似た子も良いと思うわ」
「自分に?」
「ええ。優しくて真面目で、少し目を離すと何でも一人で抱え込んでしまうような子」
「それは困るな」
「大丈夫よ。そうなったら、私がきちんと叱ってあげるもの」
ヴィオラが得意げに胸を張ると、アルフォンスは堪えきれずに笑った。
「その役目は、これからも君に任せることになりそうだね」
「子どもと一緒に叱られるつもりなの?」
「なるべく叱られないように努力するよ」
「なるべくじゃ駄目よ」
すぐさま返された言葉に、アルフォンスは困ったように笑いながらも、素直に頷いた。
「分かった。君と、いつか生まれてくるかもしれない子どもを心配させないようにする」
「ええ。そうしてちょうだい」
ヴィオラは満足そうに微笑むと、アルフォンスの肩へそっと頭を預けた。アルフォンスも彼女の身体を優しく抱き寄せる。
まだ子どものことも、その先の暮らしについても、何一つ決まってはいない。けれど、二人にはこれからゆっくりと話し合うための時間があった。
「ねえ、アルフォンス」
「何だい?」
「これからは、もっと私を頼ってね」
「ああ。君も頼ってくれ。出来る事はなんでもするよ」
「もちろんよ」
暖炉の火が静かに揺れる中、二人は寄り添ったまま、まだ形のない未来について語り合ったのだった。
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