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悪役令嬢の取り巻きの場合②

 セシリーは方針を変更した。よく知らない製造業に手を出すのはやめて、サービス産業に活路を見出すことにした。具体的にはなろう系作品の定番のひとつ、飯テロである。

 飯テロの定番のひとつはマヨネーズだが、セシリーはこれはあきらめた。マヨネーズの作り方を知らなかったのだ。

 そこで前世の日本の料理を提供する食堂の経営を考えた。日本の美食(グルメ)は外国人観光客に好評だったことを思い出したのだ。料理を起爆剤に観光客を誘致できれば、領地の経済が潤う。

 だがこれにも問題があった。前世も今も、セシリーは料理ができないのだ。

 だがセシリー自身はこの問題を重要視していなかった。自分が作れないのなら料理人に作らせればいい。電子レンジ以外は、前世も今も調理器具は大きく変わっていない。レシピを料理人に提供できれば、日本の料理の再現は可能だと思っていた。

 問題があるとすれば、提供できるレシピに限りがあるということだ。料理を作ったことがほとんどないので、作り方を知らない料理の方が圧倒的に多い。またこの世界にない調味料に依存した料理も作れない。そのため提供できるレシピはかなり限定されるが、日本料理の完全再現を目指しているわけではなく、食堂の目玉となるメニューがほしいだけなのだから、最初はそんなに数は必要ないと考えていた。メニューが寂しければすでにこの世界にある料理を提供すればいいし、セシリーのレシピに刺激を受けた料理人たちが創意工夫を発揮するのを期待してもよい。

 セシリーは最初に提供するレシピは天ぷらに決めた。天ぷらなら作り方を知っている。種に小麦粉を水で溶いた衣をつけて油で揚げるだけなのだから。もちろん実際に作るとなるとかなりのノウハウが必要になるが、それは調理を担当する料理人が試行錯誤して身につけるもので、セシリー本人がやることではない。セシリーが目指しているのは経営者であって、オーナーシェフではないのだ。

 それにこの世界にはなぜか揚げ物料理がほとんどない。天ぷらが実現すれば、かなりの話題性があるはずだ。

 セシリーは再びプレゼン資料を作って両親を説得した。両親の許可を取ると料理人を呼び、天ぷらの作り方を伝えて試作を命じた。

 通常業務の傍らで試作を行ったので、試作の天ぷらができたのは二日後だった。セシリーはさっそく試食することにした。天つゆはないので味付けは塩である。

 ところが試食しようとして口元に天ぷらを運んだとき、異臭がするのに気づいた、思わず顔をしかめる。

「これ、臭くない?」

「実は油の臭いが(うつ)ってしまいまして……」

 恐る恐る答える料理人の返事を聞いて、セシリーは油の種類を指定していなかったことに気づいた。

「なんの油を使ったの?」

豚の獣脂(ラード)でございます」

(ラードって焼肉のときにひく油じゃなかったっけ? 天ぷらは菜種油? ちょっと自信がない)

「植物油で作り直しなさい」

 セシリーの機嫌を損ねたと思ったのか、料理人は翌日には新しい試作品を出してきた。不快な匂いはしなかったので、セシリーは試食した。

(これは天ぷらじゃなくてフリッターね)

「衣はもっと薄くして。衣を作るときはとろみが出るまで混ぜちゃだめよ。衣が薄くなると熱の通りが早くなるから、油の温度と揚げ時間には気をつけて」

 前世で観た料理番組を思い出しながら、セシリーはそれっぽいアドバイスをつけて作り直しを命じた。

 そうやって何度か作り直したところ、セシリーがなんとか満足できる天ぷらが出来上がった。

「お父様とお母様にも試食をお願いするから、準備をしておいてね」

 セシリーが頼むと両親は快く引き受けてくれた。両親からも天ぷらは好評だった。そこでクロフトに事業計画の作成を命じた。

「この料理を目玉商品にした食堂を始めたいの。計画を立ててくれるかしら」

「承りました。この料理は誰が作ったものですか?」

「私の指示でうちの料理人に作らせたのだけど」

「製造原価を計算しなければなりませんので、その料理人から話を聞きたいのですが」

「もちろんいいわよ」

 事業計画を立てるのにはしばらく時間がかかるだろう。そう思っていたのだが、クロフトは翌日やってきた。

「お嬢様、この料理はいくらで売るおつもりですか」

 薄利多売を考えていたセシリーは慎重に答えた。

「大衆食堂のメニューって、一食あたりいくらぐらいなのかしら?」

「ピンキリですが、普通は銅貨三枚から五枚くらいでしょうか」

「ではその二倍が目安の上限ね」

「お嬢様、それはご無理というものです。原価割れになります」

 セシリーには分からなかった。前世の記憶を元にレシピを書いたので、天ぷらの種のほとんどは野菜だった。材料費が高くなるはずがない。

「食材のほとんどは野菜よ」

「高いのは油でございます。植物から取れる油は量が少ないので、どうしても高くなってしまうのです。それに貴族向けのランプの燃(*1)として需要があるので、なかなか値段が下がらないのです」

 セシリーはようやく気づいた。この世界で揚げ物料理が普及していないのには、ちゃんと理由があったのだ。天ぷら料理は室町時代にはすでにあったが、普及したのは食用油が安くなった江戸時代(近世)である。

「いくらで売ったら採算が取れるのかしら」

「採算分岐点はまだ計算できませんが、小銀貨二枚で材料費が回収できます」

 セシリーはざっと計算してみた。日本で外食するとファストフードなら六百円台、一般食堂なら千円台前半だろうか。すると銅貨一枚はおよそ二百か三百円ぐらいの価値になる。製造原価を材料費の二倍だと仮定して利益を上乗せすると、天ぷらの値段は小銀貨五枚くらい。小銀貨の価値は銅貨の十倍なので、日本円換算で一万円台前半で売らなければならないことになる。

 なるほど、クロフトが慌てて確認に来るわけだわ。セシリーは納得した。

「店は富裕層向けの高級レストランにします。その前提で計画を立てて」

「かしこまりました」


 クロフトが事業計画書を携えてやってきたのは十日後だった。やはり事業計画の策定には時間がかかったようだ。

「こちらを御覧ください」

 セシリーは渡された書類の束をざっと読んで、重要そうな部分を探す。真っ先に目についたのは採算分岐点に関する記述だった。そこを読んで唖然とした。

「一日に五十食以上売らないと赤字になるの!?」

「天ぷらのみを販売した場合はそうなります。数字の根拠は全部を読まれればお分かりになるかと」

 そう言われてセシリーは最初から書類を読み始めた。すぐに気がついたのは、初期投資の費用の大きさだった。貴族などの富裕層を相手にするのだから、店の建物はそれなりに立派にしないといけない。使用する食器も高級品にしなければならない。接客を行う従業員はそれなりの服装をしていてマナーを身に着けていなければならない。制服を用意するのもマナーを教育するのも費用がかかる。

 こうした費用は店の売上から少しずつ返さなければならない。つまり減価償却だ。数年かけて返すのであれば負担は軽くできるが、セシリーは学園に入学するまでに結果を出さなければならない。短期間で返さなければならないので、減価償却の負担が大きい。返すためには売上を伸ばすしかないのだ。

 しかし領地に住んでいる貴族はセシリーの家族のみ。領地に目立った産業はなく、大きな街道も通っていない。領地を訪れる貴族や豪商の人数はたかが知れている。現状ではどう考えても一日五十食は無理である。

「天ぷらの美味しさを知ってもらって、領地の外からそれ目当てのお客さんを呼びこめないかしら?」

 レストランのそもそもの目的はそれなのだ。

「なるほど。ですが宣伝はどうやって行うのですか?」

 そう訊かれてセシリーは返事に詰まった。そこまで考えていなかったのだ。

 だがここで閃いた。初期投資の大きさがネックなら、初期投資をしなくて済む方法を考えればいい。

「アウトソーシングよ! 知財ビジネスよ!!」

「は?」

「自分でお店をやらなくても、すでにあるお店にレシピを売ればいいのよ」

「お嬢様、領内に貴族向けのレストランはございません」

 そう言われてセシリーは気づいた。転生後は領内の飲食店で外食した記憶がない。そもそも領地に貴族は一家族しか住んでいないのだから、誰がやっても採算が取れるわけがない。

「……業態を平民向けの大衆食堂に変更します。メニューはいちから考え直します」

 天ぷらはオルブライト家が来客をもてなす際に出す料理として採用されたので、セシリーの努力は全くの無駄にはならなかった。だがセシリーにとってはなんの慰めにもならなかった。


 セシリーは前世で好きだったメニューの中から選び直すことにした。

 カレーは作り方がわからない。ラーメンもうろ覚えでかなり怪しい。とんかつは知っているけど揚げ物だからダメだ。お米がないから寿司もダメ。そんな消去法で選んだのは、ハンバーグだった。つなぎに何を使うのかはよく憶えていないしソースの作り方も知らないが、その程度なら料理人にお任せでも大丈夫だろう。

 試作を命じるため、セシリーは料理人を呼んでハンバーグの作り方を説明した。だが料理人から返ってきた返事は意外なものだった。

「お嬢様が仰っているのは、ハンバーグのことでしょうか?」

「えっ! ハンバーグってすでにあるの?」

「はい、ございます」

 セシリーは大慌てで記憶を掘り返す。転生した後は、ハンバーグを食べた記憶がない。

「わたしは食べたことがないんだけど」

「当然です。アレは平民の食べ物です。お嬢様が口にするものではありません」

 なに、その価値観?

「肉はステーキ(かたまり)で食べるのが贅沢なのです。挽き肉料理は切り落としなどを無駄にしないために考案された、平民のための料理なのです」

 そう言われてセシリーは再び記憶を掘り返す。庶民だった前世ではハンバーグはよく食べたが、ステーキはあまり食べなかった。ステーキが嫌いだったわけではなく、値段が高いから気軽に食べられなかっただけだ。

 だが貴族に転生したことで、セシリーの立場は変わってしまったのだ。ステーキを心置きなく食べられるのに、代用品のハンバーグをあえて食べる必要があるのかといえば、確かにあまりなさそうだ。

「お嬢様、ハンバーグをお作りすればよいのでしょうか?」

 すでにあるのなら、武器にはならない。

「いえ、いいわ。仕事に戻ってちょうだい」


 こうしてセシリーの飯テロ計画は頓挫した。

*1 獣脂は植物油より安いが燃やすと臭いと煙が出るので、平民は獣脂、富裕層は植物油をランプの燃料にする。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 現代知識で異世界無双、前から無理無理と思っていたので、楽しく読みました。 マヨネーズとか塩とか作者が作り方知らないのが透けて見えたりするので、もやもやしていましたが、そこのところをついてく…
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