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お手紙カフェ・ミコトバ  作者: 地野千塩


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生きる言葉のラベル(3)

 これが主の祈りの結果?


 ただ、あの牧師の話によれば、天国のような場所の夢を見せてくれたと言っていた。突然、海辺のいるのも夢だと思うと違和感がないが、その割にはハッキリと五感が伝わっていた。


 特に鼻には潮風の匂いが伝わっていたし、手で砂を触ると、太陽の光のおかげで温かかった。波音や風の音もはっきり聞こえるし、遠くの方から鳥の鳴き声も聞こえていた。


 目の前に広がる海の色もわかる。濃いブルーで、どちらと言えば藍色に見えた。どこの海かは不明だが、海外の海のような雰囲気はない。潮風は、湿っぽさも強く、全くカラッとしていない。この湿度だと、おそらく日本の海だ。


「どういう事?」


 突然風景が変わったところは、異世界転移したような感覚もあった。慌ててカバンからスマートフォンを取り出すが、電源が落ちていた。色々と操作してみたが、なぜか再起動できず、壊れてしまったようだった。普段は、スマートフォンで情報をとり、連絡をとっていた環は、それだけで焦ってきた。環のこめかみや額は、汗で滲み始めていた。急いで汗をハンカチで拭うが、不安は全く拭えない。


 とりあえず、砂浜から海辺の道にで出て、しばらく歩く事にした。遠くの方を見回しても、街や工場のようなものは見えず、ただ海が広がっているだけだが、歩くしかない。他に人影も全く無いが、誰かと会える可能性もある。


 しばらく歩いていたが、全く人影がない。異世界転移だとしても人がいないのは不安しか無いが、歩く他なかった。夢なのか幻なのか、異世界転移なのか、神隠しなのかわからない。ただ、「主の祈り」をした後で、こうなった訳だし、神隠しの可能性もあったりするのだろうか。牧師が言っていたように、夢の中の天国だったりするのだろうか。


 頭は混乱し、不安しか感じていない。それでも歩いていたら、目の前に何か建物が見えてきた。一瞬、コンビニに見えたが、近づいてよく見ると、カフェのようだった。


 青い屋根にアイボリーカラーの壁が印象的なカフェで、海辺にピッタリの色合いだった。森の中にあったら、ちょっと違和感はある。看板も出ていて「お手紙カフェ・ミコトバ」とある。


 店の前には、黒板式の立て看板もあり、メニューの一部が書いてあった。ランチセットかケーキセットを注文すると、店内ぬある文房具で手紙が書けるらしい。それでお手紙カフェという事か。日本語で書かれていたので、どこか魔法と剣が溢れる異世界に転移してしまったようだ。ここは何処かわからないが、どこか日本の田舎にワープしてしまったと思うのは一番しっくりきた。


 ここまでは、何の変哲もない。拍子抜けするぐらいだったが、店の前にはポストがあった。赤い普通のポストだったが、変な事が書いてある。「天国行き」とある。意味がわからない。環は、すぐには信じられず言葉を失っていた。やはり、「主の祈り」をしたから、あの牧師が言ったような事になってしまったのだろうか。


 このままポストの前でぼーっとしている訳にはいかない。このカフェに入れば、何かわかるはずだ。


 少し緊張したが、環はカフェに入店する。


「いらっしゃいませ!」


 待ってましたと言わんばかりに店員に出迎えられた。胸元のネームプレートには、「店長・葉本美琴」とある。年齢は環と同じ歳ぐらいの女性だったが、そばかすが浮いた頬のお陰で、だいぶ素朴な人物に見えた。


 白シャツにジーンズ、紺色のエプロン姿は、客商売らしい清潔感があった。笑顔は不器用そうだが、配膳ロボットには決して無いような温かみはある。感染症対策は全くしておらず、美琴さんはマスクもしていない。アルコール消毒、アクリル板もなく、店内は広々と開放感はある。これは、大きな窓があり、広い海が見えているかもしれない。


 中央には大きなテーブルがあり、それを囲むように何席か椅子がある。感染症対策など完全に無視している客席だった。あとは、カウンター席もある。ここまでは珍しくは無いが、店内には文房具コーナーがあり、そこだけ雰囲気がちがった。色鮮やかな便箋やカード、テープ、色鉛筆などが見え、気になってくるが、今はそれどころでは無い。


「あ。あの。ここは何処ですか? 公園にいたはずなんですが、海辺に突然来てしまったんですよ」


 カフェの開放感がある雰囲気に飲み込まれそうになったが、今はそれどころでは無い。


「あら、迷ってしまったんですね。大丈夫。この地図通りに通れば帰れるから」


 美琴さんは決してここが何処かとは説明せず、地図をぐいっと渡してきた。地図は、ハガキサイズの紙に印刷されたものだった。イラストっぽい地図で不安になってくるが、今は信じる他ない。


「本当に帰れます?」

「大丈夫!」


 美琴さんは自信満々だった。ここまで言い切られると、今は信じる他無い。少し安堵もし、同時にお腹がなった。恥ずかしくて環は、下を向いてしまった。


「ケーキでも食べてく?」

「え?」

「迷ってるお客様には特別よ。実は、明日からしばらく本店に行かなきゃいけなくて、休店するの。だからって訳じゃないけど、特別ね? さ、席に座って」


 断れない雰囲気になってしまい、環はテーブルの客席に案内された。美琴さんは水を持ってきてくれた後、厨房の方へ向かってしまった。一人残された環は、水をちびちびと飲む。水は少し柑橘類の匂いもして、飲んでいるとだんだんとホッとしてきた。窓から見える海は穏やかだった。太陽の光に照らされ、キラキラと海面が光っていた。ここは何処かわからない不安もあったが、海を見ていると落ち着いてきた。


「どうぞ、ケーキセットです。店内の文房具も好きに使っていいからね」

「え、いいんですか? ありがとうございます?」

「ええ。ごゆっくり」


 美琴さんは、テーブルの上にケーが乗ったプレートとコーヒーを置くと、カウンター席の方に行ってしまった。コップを布巾で拭いたり、仕事をしていた。


 図書館というほど静かではないが、波音が遠くで響き、穏やかな時間が流れていた。この空間にいると、だいぶ心が落ち着いて来ているのを実感していた。そういえば「どうせ自分なんて」と考えていない。自己肯定感についても考えていなかった。


 なぜ、そうなったのかはわからないが、とりあえず目の前のケーキは美味しそうだった。イチゴのショートケーキとプリンのセットだったが、二つともふんわりと甘い匂いがした。プリンは硬めで、懐かしい味わいだった。ほろ苦いキャラメルソースの味が、アクセントになっている。ショートケーキも、どこか懐かしい味だった。商店街のケーキ屋さんで売っているような素朴な味だった。


 環はコンビニスイーツやスーパーのチルドスイーツ、大手チェーン店もケーキばっかり食べていたので、逆に新鮮だった。そういえばいつのまにか商店街も消えてしまったし、個人商店のケーキ屋もあまり見かけない。有名パティシェのケーキ屋はあるが、こういう素朴なケーキは無くなってしまったとも気づき、余計の懐かしい気分になってきた。


 食べ終えると、腹より心が満ちているような感覚もしていた。たぶん、あのケーキやプリンは手作りだからだろう。手作りのお菓子を食べたのは久しぶりだった。三つ上の姉は子供の頃からお菓子が好きで、よく食べていたのを思い出す。今は姉は料理好きが高まり、フードライターの仕事をしていた。姉は多忙で、最近はあまり会えていなかったが、このケーキとプリンを食べていたら、会いたくなってしまった。


 姉に手紙でも書いて良いかもしれない。環は椅子から立ち上がると、文房具コーナーに向かった。

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