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お手紙カフェ・ミコトバ  作者: 地野千塩


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生きる言葉のラベル(4)完

 文房具コーナーは、便箋、テープ、ハガキ、シールなどの紙ものが、棚にぎっしりと爪きまれていた。どれも花、スイーツ、動物などがデザインされたものが多く、目に鮮やかだった。色鉛筆、ペン、定規、鋏などもあったが、これは貸し出し制で、「お手紙カフェ・ミコトバ」というラベルが貼られていた。


 マナーが悪い客は全くいないようで、紙ものがごっそり無くなっていたりはしていない様だ。環の家の近所にあるコンビニは、セルフコーヒーのシロップは店員に声をかけないと貰えないシステムに変わってしまっていた。おそらくマナーが悪い客が、ガムシロップを一人で何個も貰っていったりしていたのだろう。


 文房具コーナーの隣のは、掲示板があった。何か色々と貼ってあった形跡がある。画鋲の跡がいっぱいあったが、今は張り紙ニ枚だけ貼ってある。


「お客様へ

 しばらく本店に助っ人に行く事になりました。お悩み相談コーナーもしばらくお休みです。何かあったら店長までどうぞ。では、皆様に神様の祝福がありますように。店長より」


 このお知らせはわかるが、もう一枚の紙には「主の祈り」が書かれていた。


「天におられるわたしたちの父よ、

 み名が聖とされますように。

 み国が来ますように。

 みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。

 わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。

 わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。

 わたしたちを誘惑におちいらせず

 悪からお救いください」


 環が暗記している「主の祈り」と同じものだった。おそらく美琴さんが書いたものと思われるが、綺麗な文字で書かれていた。狂いがない真っ直ぐな文字で、見ているだけで、背筋が伸びてきた。


 なぜ、ここに「主の祈り」があるのかは謎だが、何か関係があるのだろうか。美琴さんに聞こうとも思ったが、何となく答えてくれない気もする。


 環は、この件について考えるのはやめ、文房具コーナーで便箋とボールぺンを選んで、席に戻った。便箋は、迷ったがこのカフェオリジナルっぽいものを選んだ。「お手紙カフェ・ミコトバ」のロゴが端に印刷された便箋だった。レトロな書体で意外と可愛い。ボールペンも借り、姉への手紙を書いてみた。ボールペンにも「お手紙カフェ・ミコトバ」のラベルが貼ってあり、そのロゴデザインも可愛いらしかった。


 手紙は何て事はない内容だった。不思議なカフェに来て美味しいケーキを食べたという報告のみ。それでも手を動かしていると、だんだんと気分が落ち着いてきた。封筒に入れ、シールで封をする。手間はかかるが、楽しくなってきた。


 もう一度文房具コーナーへ行き、一回り小さな便箋や封筒を選んだ。これは美味しいケーキとプリンを作ってくれた美琴さんへんのお礼を書いた。確かに謎だらけのカフェだが、あんな美味しいケーキやプリンを作れる人物が悪い人には見えない。笑顔も全く邪気が無い。


 実際、この手紙を書いて渡すと、美琴さんはかなり喜んでくれて、コーヒー一杯ついでくれた。


「お客様、何か、悩んでいる事はないですか?」


 なぜか美琴さんは環の隣に座り、こんな事を聞いていた。


「悩み事?」


 すっかり忘れていたが、自己肯定感が持てない事に悩んでいたのを思い出す。


「そうですか。でも自己肯定感って持つ必要はないと思うんですよね」

「え、そんな発想はなかったです」

「聖書によると、人間全員罪人ですから。逆に自分の事しか愛していないのが人間です」


 そんな発想は無く、目から鱗だった。コーヒーを一口すする。ほろ苦い良い香りがした。


「このボールペンにもラベルが貼ってありますね」


 美琴さんは、テーブルの上にあるボールペンを指さす。さっき手紙を書くために使ったものだ。確かにボールペンは「お手紙カフェ・ミコトバ」というラベルが貼ってある。


「本当は、人は神様の言葉、生きる言葉をラベルに貼って生きるのがいいんです」

「うーん、何だか難しい話ですね」

「とりあえず、『どうせ自分なんか』っていうラベルは剥がしてみませんか? 自己肯定感は、その次からでもいいんじゃないでしょうか?」


 美琴さんの提案は、よくわからないが、何となく頷いてしまった。


「『あなたは高価で尊い』です。神様からのラベルです。これを貼って見ませんか?」

「高価で尊い? そんな発想はないかったなー」

「でも、『どうせ自分なんか』って思った時は、このラベルを思い出してね。こっちの方が強いから」


 くしゃっと笑う美琴さんの顔を見ていたら、そんな風に考えるのも悪くないと思った。自己肯定感は、何だかどうでも良くなってきた。たぶん、本を読んで義務感みたいなものでやっていた。よくよく考えれば、地震や火事があったら真っ先に逃げるだろうし、自分の事は大好きだったじゃないか。それはエゴと言えるものだが、自己肯定感とあまり区別はつかないとも思いはじめていた。


「ありがとう、美琴さん。本当に奢りでいいの?」

「ええ。特別ね」

「また来たいな」

「しばらくお休みなの。ま、多分戻ってくるから、大丈夫」


 こうして美琴さんに見送られ、カフェを後にした。不思議な事に地図通りに帰ると、飽田市の駅前に出ていた。綺麗な海辺の町から、ごちゃごちゃとした街に戻ってきたので、ギャップがすごい。ただ、戻ってこれてホッとしていた。


 こんな不思議な事があると、自己肯定感などはどうでも良くなって来た。それに「高価で価高い」と思っている存在がいたとしたら、少しホッともしてきた。


 夢か幻のようにも感じたが、カバンの中には、姉へ書いた手紙が入っている。もう時間は夕暮れになっていたが、この不思議なカフェについて姉へ話してみたかった。


「よし、お姉ちゃんに会いに行こうかな」


 環は明るい声で、つぶやいていた。

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