高価で尊い付箋紙(4)
美琴さんが持ってきてくれたケーキセットを眺めていた。いつもカフェに行く時は、スマートフォンで写真を撮っているわけだが、今は故障中だった。このまま食べてしまうのは、勿体ない気がして、文房具コーナーから、白い画用紙と鉛筆を持ってきて、軽くスケッチしてみた。仕事は作家だが、美波は絵を描く事も好きだった。
ケーキセットは、チョコレートケーキとコーヒーケーキだった。二つとも小ぶりで茶色いが、ホイップクリームやフルーツが控えめにトッピングされ、見た目も可愛らしい雰囲気もある。飲み物は、アメリカンコーヒーにしたが、それともあう。
小ぶりのケーキである事をいいことに、美波はぱくぱくと食べていく。感動するほど美味しいわけでは無いが、このよいなカフェとしては美味しく感じる。
食べ終わったら、甘さの余韻も楽しみながら色鉛筆で色を塗ってみた。穏やかな波音と、鉛筆が擦れる音が響く。美琴さんはカウンター席の内側で、静かにコップを磨いていた。
ちょっと図書館のような静けさもあり、絵を描いいたら、美波の心も落ち着いてきた。確かに仕事の悩みもあるが、夢中で描いていると、心は軽くなってきた。
ちょうど絵が完成した頃、美琴さんがやってきた。水のおかわりを注いでくれた。
「お客様、とても絵が上手いですね」
なんとなく美琴さんには、不信感はあったが、こうして笑顔で褒められると、嫌な気分はしない。
「この絵、データに取り込んで付箋紙にしようかしら」
「え? そんな事できるんですか?」
「ええ。許可貰っていいですか? 出来上がったものも郵送します! 何ならロイヤルティも払います」
何だか話が大きくなってしまったが、お金を受け取るのはやめた。でも、出来上がった付箋紙を送ってきてくれると言うので、住所は教えてしまった。うっかりしてたが、美琴さんの不器用そうな笑顔を見ていたら、悪人では無さそうだった。それに自分の絵を褒められるのは、良い気分だ。思えば仕事で褒められる事はあまりない。
ネットで作品をあげても感想はつきにくいし、本を出してもレビューなど貰えない。編集者にも売り上げの割には読者からの反応は薄いとよく言われていた。娘の友達にファンもいるそうだが、シャイな性格のようで、直接感想を言われる事は少なかった。ファンレターをもらえるのは奇跡的で、今はベストセラー作家もあまり貰えないらしい。いつのまにか手紙は、敷居の高い文化のようになってしまったらしい。仕事以外に子育ても家事も誰も褒めない。そんな背景もあり、絵といえども褒めてくれた美琴さんにうっかり住所を教えてしまった。
「美琴さんはクリスチャンなの?」
「えー、まあ。そういう感じだと思います」
カルト扱いでもされていたのかもしれない。クリスチャンだと聞きと、逆に美琴さんは言葉を濁し、戸惑った表情を見せた。やはり日本では宗教の話題は、タブーのように感じてしまったりした。他の国ではそうでも無いのに、日本だとそんな傾向が強い。特に今は政治とカルトが大きな問題になっており、迂闊に宗教の事は言えない雰囲気はある。
「私は仏教徒ですね。神社も好きです。日本人の文化じゃないでしょうかね。付喪神というか、物も使っていると、神様が宿るっていう考え方も好きです」
「それは、私も理解できますよ。クリスチャンでは、物も全部神様のものだから、大事にしてます。自分の物は無いっていう考えで、物にもどこにも神様の霊、聖霊様がいるという考えもあります。自然にも神様がいます。神道のそんな考えも理解だけはできます」
こうして聞くと、美琴さんが信じる神様もそこまで変というかカルトな感じはしなかった。
「でも、神様は一番大事にしているのは、人間です。『わたしの目には、あなたは高価で尊い。 わたしはあなたを愛している』って聖書で言ってますから。どんなに人間の目には、似たようなものに見えてもね」
「なんか、その言葉は悪く無いですね……」
その聖書の言葉を聞いていると、なぜか今までの悩みが軽くなった感覚もした。確かに信じる事はできないが、言葉自体は傷ついた心にスッと染み込んでいく感覚を覚えた。
「ええ。聖書では人間を創ったのは、神様ですから。一人として同じ人間はいません」
「そ、そっか……」
「ええ。そうだ、この絵の付箋に、この聖書の言葉をちょこっと引用してみようかな。いいですか?」
断る理由もなく、美波は頷いていた。
その後、お茶を頼み、花や動物の絵を描いていた。一心に鉛筆を動かしていると、なんとなく心は軽くなってきた。もちろん、悩みは解決したわけでは無いが、人間には人間にしか出来ない事もある気がした。もし神様的な存在が、人間を作ったのだとしたら、チャットGTPにも負けない何かがあるかもしれない。
もちろん、そう仮定した時の話だが。今は、そう思っていた方が良いのかもしれないと考えたりした。




