2-2 聴取
「……毎度毎度、質問多すぎだろ。クラスの奴らほとんどが来てるんじゃないだろうな」
ダリウスは学院からの帰り道の途中で授業後のことを思い出し、ため息を零す。
あの後ついてこられるのも面倒なので、質問に関しては教室で答えるようにしているが全ての質問に答えるのにはそれなりに時間がかかる。
しかし自分の授業を聞いて分からなかったところを質問に来ている生徒たちを無碍にも出来ず、こうして毎日律儀に質問に答えているのだ。
「というかあれのせいで帰りが遅くなったら残業代とか出るのか? ……いや、その前にクラスからスパイ容疑者が出た時点で減給されてもおかしくないな」
そんなことを呟きながら自宅へ向かうダリウスは、先日の聴取の時のことを思い出していた。
◇ ◇
ダリウスは今、理事長室に呼び出され先日の一件についての聴取を受けていた。
部屋にいるのはダリウス、理事長、そして司令の三人。
本来このような仕事は下の者が請け負うものであり、決して理事長や司令が行うようなものではない。
しかし今回は事が事なのと、ダリウスが相手だったということもあって、理事長と司令自ら執り行っていた。
「――とまあ、こんな感じだ」
そして今ちょうど、ダリウスが事の顛末を話し終えた。
「……なるほど。それではやはりサム先生はスパイだったということで間違いはなさそうだね」
しばしの沈黙の後に、理事長が難しそうな表情を浮かべながら呟く。
確かに今のダリウスの話を聞く限りでは、それはもはや疑いようのない事実だ。
しかしそれは同時に、学院関係者から敵国のスパイが出てしまったということを決定付けてしまうものであり、理事長としては良い顔をすることは出来ない。
「それで、生徒を襲っていたという敵軍に関してはどうなったのだ?」
「当然、殲滅した」
「そうか。よくやった」
ダリウスの間髪入れない答えに司令が満足そうに頷く。
軍の人間としてはその反応は妥当だろう。
しかし司令には、ダリウスの説明の中で腑に落ちない点が一つだけあった。
「ダリウス。お前はサムがスパイであるということに気付くだけでなく、敵軍の位置の情報まで知っていた。それは誰かに教えてもらったからなのではないか?」
「……情報提供者がいたことは否定しない」
「その情報提供者というのはもしや、現在スパイ容疑をかけられているリュエルというお前のクラスの生徒ではないか?」
「…………」
その質問に対して、ダリウスは何も言わない。
しかしその沈黙こそが肯定を示しているのは誰が見ても明らかだった。
「まあ決定的な証拠自体はないので、現状から何かが変わるわけではない。ただどちらにせよ現在行方をくらましている本人を見つけなければ何も始まらん」
現在、軍主導のもとでリュエルの捜索が行われているが未だにその姿は確認されていない。
既にこの国を出たという話もあがっているが、国境にそのような人物がやって来たという報告は入っていないことから国内のどこかに潜んでいるという説が今のところ有力だ。
「だがダリウス、お前だって一生徒がそこまでの情報を持っていることに対して何の疑問も持たないということはなかったはずだ。どうしてそこで何かしらの対応をとらなかった。まさか自分のクラスの生徒だったからなどとは言うまいな」
司令が語調を強めながら尋ねる。
しかしダリウスは一歩も引かずに、司令から視線を逸らさない。
「……優先順位を考えただけだ」
ダリウスはリュエルから情報を貰った時のことを思い浮かべる。
あの時は切羽詰まったタイミングだった故にリュエルのことを後回しにしてしまったに過ぎない。
もちろんリェエルには帰って来てから詳しく話を聞こうと思っていた。
しかし転移魔法で帰って来た時には既に研究室からリュエルの姿は消えており、リュエルにはスパイ容疑がかけられていたのである。
「俺が出来る話は大体これくらいだろ。もうすぐ授業も始まるし、そろそろ行かせてもらうぞ」
「あぁ。忙しいところ呼び立ててすまなかったな」
「今回のことは仕方ないさ。別に気にしてない」
ダリウスはそう言うと、そのまま部屋の出口へと向かう。
しかしその途中でふと足を止めたかと思うと、理事長の方を振り返る。
「理事長、今回のことはすまなかった。俺がもう少し早ければ生徒たちを助けることが出来た」
ダリウスの突然の謝罪に理事長は僅かに戸惑いの色を見せた後、首を横に振る。
「ダリウス君のお陰でセシリア君という優秀な生徒を失わずに済んだんだ。それだけでも君には感謝しなければいけないよ」
そもそもダリウスの話を全て信じるのであれば、単身で何十人もの魔法師と対峙するというのが理事長からしてみれば非常識すぎる。
兼ねてよりダリウスの実力について司令から聞いていなければ、何を馬鹿なことをと一蹴していただろう。
それくらい今回のダリウスの功績は計り知れないのだ。
「そう言ってくれると助かる」
しかしダリウスはそんなことには全く興味がないとでも言うように、そのまま理事長室を後にした。
◇ ◇
「さすがに司令相手に誤魔化しは効かなかったが、あれはまあ仕方ないだろ。さすがに軍の上層部まで登り詰めるだけある」
ダリウスは誰に言い訳するでもなく呟く。
そんなダリウスの手には何やら大きな布袋が握られている。
「……それにしても何をどうやったらこんなに使うんだよ」
確かに感じる布袋の重さにダリウスはうんざりせずにはいられない。
その布袋の中には先ほど八百屋や肉屋で買った食材が溢れんばかりに入っている。
そもそもこの布袋もこの大量の食材を運ぶために持たされたものである。
「はぁ、重かった」
色々なことを考えながら歩いていたダリウスだったが、気付けば自宅の前までやって来ていた。
学院から少し離れたところにあるダリウスの家は、これまでのダリウスの功績を考えれば小さく一般的な家だ。
しかしそんなことに興味のないダリウスは屋根と最低限の空間さえあればいいという考えの下、この家を購入した。
「この匂いにも、もう慣れ始めたな」
家の扉を開けると中からやけにいい匂いがしてくる。
涎が出そうな良い匂いに釣られてリビングに向かうと、そこには見るからに美味しそうな料理の数々が並んでいる。
「毎回毎回、よくこれだけ手の込んだ料理を作るよな」
思わず感心していると、キッチンの方から物音が響いてくる。
そしてその物音の正体がリビングに姿を現す。
「あ、先生! おかえりなさい!」
そこには鍋の蓋とお玉を持ったリュエルがエプロン姿で立っていた。




