2-1 リュエルの行方
今回から二章が始まります。
よろしくお願いしますm(__)m
街外れにある森の中、そこに突如として二つの影が現れた。
「ふう、とりあえずは撒いたか」
一人はダリウス。
その額には珍しく汗が浮かんでおり、表情にも僅かに疲れが見える。
「改めて見ても、やっぱり独自の転移魔法なんて絶対におかしいです」
そんなダリウスに対して苦笑いを浮かべながら呟くのはリュエル。
着ている服のあちこちが破れて血が滲んでいる。
それだけでもリュエルの身に起きたことが並々でないことが容易に窺える。
「おかしいって何だよ。これのお陰で逃げられたんだぞ」
「それはそうですけど、他の人には絶対真似できませんよね」
「さぁ、それはどうだろうな」
ダリウスが行使した魔法がいかに高度なものなのか。
それは一介の魔法学院の生徒でしかないリュエルでもよく分かった。
そして当然、ダリウス自身も。
だから不用意に「誰にでも出来る」なんてことは言えない。
「たださすがに時間が足りなかったせいで、さっきの場所からはあまり距離が稼げなかった」
「むしろあんな短時間で転移魔法陣を完成させたことの方が凄いと思います。ただ……」
自分たちの居場所がバレるのも時間の問題。
リュエルはその言葉を思わず呑み込んだ。
そんなことをダリウスが理解していないわけがなかった。
そして最早自分たちにはほとんど打つ手がないということを、リュエルは分かっていた。
いくらダリウスが規格外の魔法師だとしても、一国の軍を相手にして無事でいられるわけがない。
しかもダリウスは今、自分という足手まといを連れているのだ。
「……先生」
そこまで考えたリュエルは一つの覚悟を決めて、ダリウスを呼ぶ。
そんなリュエルの何かを察したのか、ダリウスが真剣な面持ちで振り返る。
「私はもう十分生きられました。それに生きる理由だってなくなっちゃいました」
リュエルの生きる理由。
それはリュエルがスパイとして働いていた理由でもある。
そしてそれが既になくなっていたことを、リュエルはダリウスから聞かされていた。
「だから、先生――」
もうこれ以上、誰かに迷惑をかけたくない。
自分を守ろうとしてくれる人たちが傷ついてほしくない。
「――――私を殺してください」
◇ ◇
ダリウスとセシリアが敵地から戻って来て一週間が経った。
そして今、学院では以前と変わらない日常が送られていた。
ダリウスはクラスで教鞭をとり、生徒たちは真面目に授業を聞いている。
しかし生徒たちの内情は、スパイ容疑をかけられ今も尚、その消息が分かっていないリュエルのことで一杯だった。
大人しく授業を受ける生徒たちだったが本当はリュエルのことについて、ダリウスに聞きたくて仕方がない。
だがそうしない理由が一つある。
「先生、今のところでちょっと質問があるんですが」
「んあ? どこだ?」
「詠唱の際に必要になってくる――」
模範生のような態度で授業を受けるセシリアが、行方の分からなくなったリュエルと一番の親友だったことは疑いようのない周知の事実だ。
そんなセシリアがこれまで一度としてリュエルについての話題に触れていない。
だからこそ周りの生徒たちもおいそれとはその話題に触れられないのである。
「よし、それじゃあ今日はここまで。質問ある奴は研究室に戻る前にしとけよー。俺がめんどいから」
ダリウスの一言で、何人もの生徒たちがダリウスを囲むように質問攻めしていく。
それは初めの頃からはとても考えられない光景だ。
だがダリウスの授業は自分の常識とはかけ離れた新しい知識を学べるということで、今ではすっかり人気授業の一つである。
ただ内容が一度で理解するには難しく、授業終わりには毎回のように質問する生徒たちが押し寄せてくるというのが最近のダリウスの悩みの種でもあった。
「…………」
そんな光景を遠巻きに見つめるセシリア。
その頭の中は他の生徒たちと同じかそれ以上に、行方の分からないリュエルのことで一杯だった。
しかしそんなことはおくびにも出さず、至って真面目に授業を受けている。
ただ本当はすぐにでもリュエルの行方を探したくて仕方がない。
そうしないのはダリウスに止められているからである。
敵地から帰ってきた次の日、ダリウスはセシリアを研究室に呼び、いくつか話をした。
まずリュエルにスパイ容疑がかけられていること。
そして消息が分かっていないということ。
もちろんその時、すぐにでもリュエルを探そうと進言したセシリアだったがダリウスは首を縦には振らなかった。
それは万が一にもスパイ容疑がセシリアにまで向く可能性を考慮した故の判断である。
常日頃からリュエルと親しかったセシリアにその疑惑が浮上しても不思議ではなかった。
そうなってしまえば余計に身動きが取りにくくなるのは間違いない。
更に言えば、家族にこれ以上の心配をかけたくもなかった。
ただでさえ先日の騒ぎで心労をかけたというのに、今度はスパイ容疑をかけられたなどということになれば今度こそ倒れてしまうかもしれない。
だからセシリアも迂闊な行動を取ることは出来ないのだ。
しかしそうは言っても、リュエルのことを諦めるなんていう選択肢はセシリアの中には初めからない。
そんなセシリアに対して、ダリウスは自分が裏から色々と手を回してみると説得した。
ダリウスのその言葉を信じて、セシリアはまるでリュエルのことについて無関心であるかのように振舞っているのである。
この一週間の間で、セシリアは何度も事情聴取をされた。
それはスパイとして学院に潜入していたサムについて聞くためのものである。
だがダリウスの予想通り、その事情聴取の際にいくつかリュエルに関しての質問もされた。
普段から一緒に居たのか。
何か怪しい行動はなかったか。
などとその質問は多様だったが、ここでの答えが嘘だとバレたら余計な疑いを持たれる、というダリウスのアドバイス通りに全て正直に答えた。
その結果、事情聴取も最低限で終わり今では授業にも参加できるようになった。
ダリウスの方の事情聴取はどうなのかと気にはなるが、教師に授業を休ませるわけにはいかないという学院の判断なのかもしれない。
「……リュエル」
少し前までのセシリアなら、ダリウスの言葉を信じようとは思わなかっただろう。
たとえ自分がスパイ容疑をかけられたとしても、親友であるリュエルのために出来ることを探すだろう。
だがダリウスなら窮地のリュエルを救ってくれるかもしれない。
自分を助けてくれたように絶体絶命の状況をもろともせずに。
「でも本当にどこに行っちゃったの……?」
ダリウスを信頼するセシリアの胸中で、それだけは唯一ずっと気になっていた。
今、街中には軍所属の魔法師たちがいたるところで見受けられる。
その監視の中でリュエルは一体どこにいるというのか。
もしかしたら既に国外へと逃亡してしまったのだろうか。
だとしたらリュエルと再会することはもう出来ない可能性が高い。
「……リュエルがスパイなんて、きっと何かの間違いよ」
これまで一緒に日常を送って来たリュエルがスパイなわけがない。
だが軍の魔法師たちに見つかってしまえば、どうなるかは分からない。
だからどうにかしてリュエルの容疑を晴らさないと。
セシリアは未だに質問攻めにあっているダリウスを見つめながら、何か自分に出来ることはないか考えていた。




