1-12 現代魔法使いの自主練
「命を育む天の恵み、我が手に集い給え」
セシリアが魔法を詠唱すると同時に、掌に魔法陣が浮かぶ。
そして次の瞬間には、魔法陣から水が溢れ出してくる。
その水は床に用意してあった容器へと注がれるが、すぐに満杯になって、収まり切れなくなった水は零れだす。
そこでセシリアは発動していた古代魔法を一度止める。
「……はぁ、難しい」
セシリアは既に何度繰り返したか分からない行為に思わず疲れを隠せない。
今セシリアは放課後の教室で一人、古代魔法の詠唱を繰り返していた。
というのもセシリアは魔法のイメージの仕方を出来るだけ早く覚えるために自主練をしていたのだ。
だが当然と言えば当然だが、魔法のイメージは難しい。
何せダリウスがその技術を覚えるのに二年かかったくらいだ。
それにこの技術をマスターさえすれば、それだけで古代魔法を専門に出来るレベルという。
そんな技術がそう簡単に上手くいくはずもなかった。
「——あれ、セシリア?」
「せ、先生っ!?」
セシリアが零れた水を拭き取ろうとした時、教室の入り口から声をかけられる。
咄嗟に視線を向けてみるとそこにはダリウスが立っていた。
まさか誰かが来るとは思っていなかったセシリアは、しかもそこにいるのがダリウスだったことに驚きを隠せない。
「な、なんで先生がこんなところに」
「それはこっちの台詞だよ。もうとっくに授業は終わってるっていうのにこんなところで何を……って自主練か」
「っ!」
ダリウスに自主練していたことがバレたセシリアは頬を赤く染める。
「別に恥ずかしがるようなことでもないだろ。それとも何か? お前って自分が頑張ってるところは他人に見せたくないタイプとかなのか?」
「そ、そんなことはありませんが……」
ダリウスの言葉にセシリアは首を振る。
事実、セシリアとしては別に同級生の誰かにこの姿を見られたところで何も恥ずかしがる要素はない。
しかしダリウスは別だ。
今セシリアはダリウスが教えてくれた技術を練習している。
普段だらしないダリウスに、自分のそんな姿を見られるのは予想以上に恥ずかしい。
放課後の教室にダリウスがやって来るなどとは思わなかったセシリアは、自分の考えの浅はかさを呪った。
「それって魔法のイメージの練習か?」
「は、はい」
さすが自分の専門というだけあってか、床に置いてある容器と濡れた床を見ただけでセシリアのしていたことを理解する。
セシリアは頷きつつも、その頬は先ほどよりも赤くなっているような気がする。
「容器に水を注いで、ちょうど良いところで止めていたのか」
「や、やっぱりあまり意味はないですか?」
セシリアは緊張しながらダリウスに尋ねる。
この練習方法はダリウスに教わったものではなく、セシリアが魔法のイメージの練習をするために独自に考え出した練習方法だ。
だがもしかしたら古代魔法を専門にするダリウスからしてみれば、特に意味のない練習だと言われるかもしれない。
しかしそんなセシリアの予想は杞憂だったようで、ダリウスは首を振る。
「いや実際、魔法のイメージの練習をするなら良い練習方法だと思うぞ」
「ほ、本当ですか?」
珍しくダリウスに手放しに誉められたことに顔を上げるセシリア。
だがダリウスはそんなセシリアに気付かず、何かを考えるような素振りを見せながら「ただ……」と呟く。
「その練習をするなら、もっと魔法のイメージを直接感じられるようにしてもいいんじゃないか?」
「魔法のイメージを直接感じる、ですか?」
「お前は今、魔法で生み出した水を容器に注いでるだろ? そうじゃなくて例えば掌で器を作るようにして、そこに水を貯めていくんだ。そうしたら魔法のイメージを直接肌に感じられるだろ?」
「な、なるほど」
ダリウスの教えてくれた練習方法にセシリアは感心せずにはいられない。
確かにそれだったら今やっているやり方よりもずっと魔法のイメージがやりやすいだろう。
セシリアは早速、ダリウスに教えてもらったやり方で練習を再開する。
「命を育む天の恵み、我が手に集い給え」
両手で器を作り、水の古代魔法を詠唱する。
すぐに魔法陣が現れ、そこから水が溢れてきた。
セシリアは水の勢いに気を付けながら、徐々に溜まっていく掌の水に意識を向ける。
そして手で作った器が次第に水で満たされそうになった時、魔法陣から出てきていた水が――止まった。
「……え」
セシリアは目の前の光景に驚きを隠せない。
一瞬見間違いかとも思ったが、何度瞬きをしても目の前の光景は変わらない。
魔法陣から出てきていた水が止まり、そして魔法陣も消えている。
魔法のイメージは難しい。
そう言われていたことが、ダリウスから教えてもらったやり方で一発で出来てしまったことにセシリアは驚かずにはいられなかった。
「せ、先生できました! ……先生?」
セシリアはこれまで何度繰り返しても出来なかったことが遂に出来たと、ダリウスを振り返る。
しかしダリウスは特に感動した様子もなければ、溜息さえ零している。
セシリアは自分が何かまずいことでもしたかと思い返すが、そんなことはしていないはずだ。
ダリウスに教えてもらった通りに魔法のイメージの練習をして、成功させただけだ。
「も、もしかして先生が二年かかって覚えた魔法のイメージをこんなにあっさり出来たことに嫉妬してたりします?」
考えられるとしたらそれくらいだろうか。
しかしセシリアがダリウスに尋ねてみると、ダリウスはあからさまに「ああん?」みたいな表情を浮かべ、大げさに溜息を吐く。
まるで煽っているようなダリウスの態度に、セシリアは頬を膨らませる。
「じゃあ一体何なんですか? 私はちゃんと魔法のイメージ成功させたじゃないですか!」
(きっと先生は私に意地悪しているだけだ)
セシリアにはそうとしか思えなかった。
しかしそう考えると、セシリアは胸の中心で何か痛みのようなものを感じた。
「お前、本当に魔法のイメージが成功したと思ってるのか?」
「だ、だって実際成功したじゃないですか。水だって止まったし……。先生も見てましたよね?」
突然のダリウスの言葉に、その意味が分からずセシリアは首を傾げる。
しかしダリウスはそんなセシリアの反応に首を振る。
「馬鹿言え。水が止まったのは魔法のイメージが出来てたからじゃない。単にお前が魔法の発動を止めただけだ」
「え……」
「お前は魔法を発動している間、掌に溜まっていく水ばかりに集中していたよな?」
「えっと、はい。そうです」
ダリウスに言われ、先ほどのことを思い出す。
言われてみれば確かに掌に溜まっていく水ばかりに気を取られていたかもしれない。
「そこが問題だ。魔法のイメージをするのに、どうして魔法として創り出された水に意識する必要がある? イメージしなきゃいけないのは、まだ魔法として完成していない部分だろ」
「あ……」
そこまでダリウスに説明されて、セシリアはようやくダリウスの言わんとすることが理解できた。
セシリアは先ほどの練習で『どうやったら水が容器から零れずに済むか』『どうやったらちょうど良いところで止められるか』ということばかりを考えていた。
しかし魔法のイメージの練習をするなら、それじゃ駄目なのである。
本当にイメージの練習をするのであれば『どうやったら容器の量ぴったりの水を生み出すことが出来るか』ということを考えなければいけなかったのだ。
『掌に水を貯めていく』という意識せずにはいられない、あまりに肌に触れる練習のやり方だったが故に、セシリアは基本的なことをすっかり忘れてしまっていた。




