8.緋月・B・イザベラ
8.緋月・B・イザベラ
希、咲、美琴、姫子の4人は職員室へ向かっていた。
まだ朝という事もあって、がやがやとあちらこちらから騒がしい声が聞こえる。希はまだこの場所にやって来てから日が浅い為か、辺りを物珍しそうに忙しなく見回していた。一方、咲はというと周りの雑踏など気にもとめない様子であった。ただ、希の隣にぴったりと付け、2人の間には寸分の隙すら無かった。おまけに歩く歩幅や速度、左右の足の動きまで合わせているのだから、美琴と姫子にはそれは面白く映っただろう。
「ところでその転入生ってどんな感じなのかな」
希が思い出したように口を開く。
「それに関しては私達は答えようがない。何しろ今日になって急に言われたからな」
美琴は溜息混じりに肩をすくめる。
「まだアンタ達が来てからそんなに経ってないのに、勝手に私達に押し付けるんだから。こういう時だけセンセー達、手を合わせて来るんだから調子いいよ」
彼女の口調から見て、クラス委員として随分下働きさせられてきたのだろう、と希は苦笑した。
「ごめんなさい、私達の為に」
真面目に咲が謝ると、美琴は一瞬静かになったかと思えば次の瞬間吹き出していた。
「いやいや、2人とも学校どころかこの王都すら慣れてないんだろ?お上りさん相手に私達が世話相手つてのは、いいチョイスだと思うぜ?」
「私達の家族はずーっと昔の昔、そのまたずーっと昔からこの王都に住んでるんだよー」
姫子は自慢げに胸を張った。
「これで男ってオチは止めてくれよ、どう世話すりゃいいってんだ」
「私のカンだと、女の子だと思うー」
さながら小学生の様な話し方をする姫子。これでもれっきとした高校生である。
「姫子のカンはよく当たるからな。って2分の1だからそんなでも無いか」
彼女と対照的な身長を持つ美琴。女子の平均身長はおろか、男子に迫る程の長身で、容姿も絵に描いた様な王子様像。希は内心、美琴が手取り足取り教えてくれる状況を嬉しく思っていた。
「お二人はお付き合いが長いのですか」
咲が美琴に尋ねる。咲も身長は平均的だが、彼女と同じく容姿は良く、こちらは深窓の令嬢といったところ。
希は時々無意識のうちに咲を目で追っている事がある。実際、今もそうだった。
「赤ん坊の頃から一緒にいると大体分かるさ。あぁ、姫子はまだ子供だったか」
ヘラヘラと笑いながら姫子の頭を手で軽くポンポンと叩いている。目測でも30センチはあろうかという身長差が両者の間にあった。
「さっきだって、その身体で胸張るんだから…ぷっ…」
「美琴…?」
静かに美琴の方を見上げる姫子。微笑んではいたが、その目は笑ってはいなかった。
「お、おい!落ち着けよ!そんな怒ることでも…」
慌てて姫子からに離れようとする美琴だが、そうは問屋が下ろさない。
「ねぇ美琴…どうして欲しい…?」
美琴の手首をがっちりと捕まえた姫子が表情を変えずに、本来なら見た目通りのソプラノの澄んだ声が、今では恐怖を更に掻き立てる手助けをしている。
「じょ、冗談になってないぞ…?お、おい!い、痛いから…早く離せ…!」
ゴキッという鈍い音がした瞬間に美琴が手首を抑えて苦悶の表情を浮かべている。確かに美琴は王子様に見えるが、お調子者である。そこが彼女の人気に関係してるのかも知れないが…。希は、姫子に身長の話題を振る事は自殺行為だと思い、口にしないように決めた。
―――
暫くたわいもない話をしていたら職員室の前に到着した4人は辺りを見渡す。美琴は相変わらず手首を痛そうに抑えていた。
ちょうど応接室から出てきた担任と横にいる制服を着た人物がこちらに気づいて近づいてきた。
「いやー、悪いねぇ。わざわざ来てもらって」
百合組の担任である神無月礼子が、軽い口調で4人に話しかけてきた。
「それで、先生。隣にいるのが…」
「そうそう、今回転入してきた生徒だ。自己紹介してあげて」
礼子は隣にいる少女に促した。
「私の名前は緋月・B・イザベラ。よろしくお願いするわ」
透き通る様に白い肌、宝石の如く輝く紺碧の眼、緩いウェーブのかかった錦糸の様なブロンドの髪を携えた美少女が、そこにはいた。
「はえー、美人なこった」
「やったー、予想通り!」
2人の驚嘆の声が上がる。確かに息を飲む程、希からすれば彼女は美しかった。
「失礼ですが、ご出身は」
怪訝な顔で咲が尋ねた。まさか嫉妬してる訳でも無いであろうが、どうしたのか、希の心に何かが浮かび始めた。
「貴女は確か…」
「黒月咲と言います」
「そうだったわ、先生から聞いていたのよ。私と同じく外国から来たって」
「ええ」
(そういえば、緋月さん、咲さんに何処か似ているような…)
希はふと思った。途端にそれが不安だとはっきりした。理由は希には分からない。だが何かあると心の中で警鐘がなっているようだった。知らない間にポケットの上から十字架を握りしめていた。
「生まれは西方ですが、それが何か?」
「いえ、何でも」
その発言を聞いてか、咲の表情がにわかに険しくなった様に希は見えた。
「それにしても此処は良い所ね…いい香りがする」
うっとりとした様子でイザベラが言った。
「貴女もそう思うでしょ?希さん」
「あれ?何で私の名前…」
突然聞かれ、しかも相手は知らない筈の自分の名前を知っている。若干の恐怖を感じた。
「間違えていた?先程先生から同じように聞いたの」
「ううん、私だよ…」
「良い香りなんてしないわ」
はっきりとした物言いで否定する咲。先程より表情が険しい。
「あら、そう?気のせいかしら。とても美味しそうな香りがしたと思ったのに」
対照的にふっと微笑むイザベラ。
「おーい、お前らー?戻るぞー」
「みんなにも紹介してあげよー?」
不思議そうな美琴と姫子が少し離れた場所にいた。
「う、うん。今行くよ。行こう、咲さん、緋月さん」
この空気から早く脱したい一心で希は2人に呼びかけるのだった。
―――
「本当に美味しそうな…血の香りだわ…ふふっ…」
誰にも聞こえない小さな声でイザベラが呟いた。艶やかな唇の間から覗く、白く煌めく八重歯を不気味な笑みの装飾にして。
何とか年内に更新出来ました…(汗
更新が不定期で本当に申し訳ありません…思いつきで始めたのが馬鹿でしたね…私の駄作にこれからも変わらず付き合って頂ける、心の広い皆様に感謝しつつ、頑張って行きたいです。それでは良いお年を!