12.華々、集いて
12.華々、集いて
あの夜から数日。希は以前ほど咲と一緒にいる時間が少なくなっているように思えた。勿論言葉を交わしていない訳では無いが、今まで彼女が時折見せていたあの表情が、最近では目に見えて増えている。その原因は間違いなく彼女達の前に現れた『異形』だろう。希の耳にも未だに『異形』の言葉がこびりついて離れない。ねっとりと纒わり付くようなあの影は、間違いなく希に死をイメージさせた。――――だが、
「おーい、希。次移動教室だぞー?」
「希、ほら井凪さんが呼んでるわ」
影は彼女を殺すことはなく、むしろ忠告の意味合いが強いように感じた。
「あっ、うん…今行くよ」
そして彼女の問いかけ。あの時の咲の目には怒り、戸惑い、哀しみ…様々な感情が見て取れた。
(でも…私には…)
選ぶことが出来なかった。わからなかった。知らない間に何かが、恐ろしい事が起ころうとしている。その片鱗を味わったところで、今の彼女にはどうすることも出来ない。もう一つ、あの日を境にイザベラは学校に来なくなった。賑わいをみせていた彼女の席も今ではがらんとして、寂しく見える。
「希ちゃんどうしたの?」
「えっ?あっ、何でもないよ。ただぼーっとしてただけ」
「ふーん…」
訝しげに姫子が言うが、まさかあの時夜の出来事を話せるはずもなく、適当にあしらって席を立った。
「疲れた…」
机に突っ伏して希がため息を吐く。この学校に来てから既に一ヶ月が経とうとしているが、未だに慣れない。特に移動教室での授業は尚更だった。
「大丈夫?希」
「うん…」
か細く返答する。咲には心配をかけたくないのもあるが、あの夜のことが脳裏によぎったために無愛想になってしまいそうであまり喋りたくなかった。
「ったく、だらしないぜ?花の女子高生がそんな姿でいたら」
「美琴がそれを言うの?」
「ちょ、姫子!」
対して2人は悩みの種もなさそうに笑談を交わしている。希は素直に彼女達を羨ましく思った。暫くそのままの格好でクラス内のがやがやとした音を聞いていると、奇妙な話が聞こえてきた。
「知ってるか?隣の四華で男子3人と女子1人休んでるらしいぜ」
「それがどうかしたのかよ」
「風邪とかじゃねーの?後はサボりとか」
「あくまで噂なんだけどよ…その4人と連絡つかないらしいぜ」
「なんだそれ?」
「しかもその女子ってのがあの東雲あげはらしい」
「東雲っていや、四華の委員長じゃねーか。しかも金持ちの家じゃなかったか?」
「だろ?そんなお嬢様に連絡つかないっておかしくねーか?」
「確かに…」
男子達の会話が盛り上がってきたところで礼子が教室に入ってくる。
「おーい、お前ら座れー、早く帰りたいだろー?」
教室のあちらこちらにいたクラスメイト達はゾロゾロと席に着き始める。
美琴と姫子が離れて行くのをぼんやりと眺めていると、咲の横顔が視界に入る。そしてハッとした。彼女がまた『あの表情』を浮かべていた。しかも先程の話題をしていた男子を見て。
「ああそうだ、井凪と櫛田は放課後臨時の会議だそうだ」
「えーっ!マジ!?」
「…ほらみっともない」
「んも〜…起立〜気をつけ〜礼」
クラス中から一緒にさよならという挨拶が響く中
1テンポ遅れて希は「…さよなら」と小さく挨拶をした。
「くそっ!委員会の奴らめ!絶対文句言ってやるっ!」
「はぁ…」
次々とクラスメイトが帰っていき、美琴達の愚痴が廊下に消えていっても希はその場に立ち尽くしていた。
「どうした?陽元、黒月。帰らないのか?」
黒月?我に返って希は咲の方を見る。そこには俯き、右手を顎にやり考え事をする彼女の姿があった。
「…いえ、失礼させて頂きます。希、帰りましょうか」
「う、うん」
「そうか、気をつけて帰れよ」
礼子に軽い会釈をして2人は廊下に出た。
「…」
「…」
無言が2人を包む。先程と打って変わり、毅然とした態度で咲は前を見ていた。そんな彼女にどのように話しかけようか希は1人で悶々として、暫く夕日に満たされた廊下を歩くと、咲の方から口を開いた。
「貴女も気になるの?行方不明の話」
「えっ!?いやその…咲さんもきいていたの?」
「えぇ」
「その…やっぱりあんなことの後で…それに緋月さんも来てないし…私ちょっと敏感になり過ぎてるのかも…」
「…」
希の発言に対して、咲はただ黙って歩くだけだった。
「その…咲さん」
俯き彼女の名を呼ぶ。
「もし…だよ?私が真実を知りたいって言ったら…どうする?」
咲はその言葉を聞くとぴたりと歩みをやめて、やがて希の方へと振り向く。
「話すわ…いえ、いつかは話さなければいけなかったのよ…私のすべて」
「この世のすべてを」
夕日に照らされた彼女の顔は美しく、だが哀しみを抱いた笑顔だった。
「…知りたい」
小さく、しかしはっきりと希が答えた。
「なんだよ、緊急の話って」
扉を開け、部屋に入ると美琴が言った。そこは妙に薄暗く、明かりは中央に置かれている円卓の上の燭台と、部屋の四方に大きさこそ違えど同じようなものがあるだけだった。
「その顔、文句大ありって言ってるな」
囲うように置かれた10脚の椅子の内、既に7人が席についていた。
「当たり前だろ!」
「落ち着いてよ、美琴」
姫子が座りつつ彼女をなだめる。
「むしろ私達の方が貴女達に文句を言いたいわ」
五華の席から咎める声が飛ぶ。
「何?」
「最後に来て、遅れてすみませんの一言も無いわけ?」
「っ…!どうせ今回の議題とやらはどうせ『あいつ』のことだろ…分かりきってること説明されてもムカつくんだよ!」
「美琴!」
「…私語はそれぐらいにしなさい」
部屋の奥側、一華の席から静止の声がかかる。
苦い顔をしてしぶしぶ美琴は姫子の隣に腰掛ける。
「ちっ…」
皮肉にも五華と向かい合う席になり、美琴は女子を睨みつける。
「くだらないいざこざはそこら辺にしなさい」
「そうだ」
一華の席から静かに声が響く。彼は立ち上がってこう続けた。
「僕らには…いや人類には時間がない。再びあの惨劇が起こる前に…必ず」




