#13 出発日――再び、別れて
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父さんとは、夜が明けるまで話した。
五万年の間に積もりまくった笑い話や苦労話とか。
私の知らない母さんの話とか。
一晩じゃ到底語り明かせなかった。
夜の間にも地球は私たちを急き立てるように、何度もその体を揺らした。それでも構わず、私と父さんはたくさん話をした。
たくさん泣いた。
たくさん笑った。
笑えた。
『これ、持って行っとけ』
私が乗ろうとしたときに、父さんは小さな銀の懐中時計を渡してきた。
以前、修理中だったのをたまたま見たのだけれど。
「これは?」
『母さんが俺にくれた、たった一つのプレゼントだ。お前にやる』
「……いいの?」
『いいさ。きっと、母さんがお前を守ってくれる』
「――ありがとう」
銀時計を受け取って、私はごちゃごちゃした機械の中に乗り込んだ。訳のわからないメーターや、電源コードがこれでもかと詰まっている。
そんなものに囲まれた、私が横になるためのスペースがある。
出発すれば、私は再び長い眠りに就く。
「じゃあ、父さんにはこれ、返しとくね」
私は額のサングラスを外して差し出すと、父さんは顔をしかめた。
『……お、おう。割に合わねえ物々交換だな』
「五万年前の骨董品だよ」
父さんは受け取ったサングラスを額に乗せて、得意げな顔をした。
『どうだ似合うか?』
「ただの変な人みたい」
思わず吹き出してしまった。
『あとで捨てるわ』
「えー、私の形見だと思って持っててよ」
『形見も何も――お前はこれから生きるんだろう』
私の決断。
父さんの思いを受けての、私の葛藤をまとめた上での、私の意志。
「――うん」
本日は晴天なり。
出発日和だ。
『発射準備に入るから、そろそろ乗り込んでくれ。ゲロ吐くなよ』
「気軽にゲロなんて言わないでよ。もうそんな年じゃないよ、私」
『はははっ、そうか』
笑った父さんは、その後無言でモニターと必死ににらめっこする。その風景を見ていた私は、あることを思い立った。
「――ねえ、父さん」
『……ん?』
私は最後に我侭を言うことにした。
多分、叶うことのない我侭。
でも、これでお別れじゃないって信じたかったから。
何千万年先にだって、またきっと会えると思いたかったから。
私は父さんに笑顔を向ける。
「――後で、きっと追いついてね」
***
小屋の窓辺に座り、脱出ポッドが吐いていった、宇宙へ続く煙の道を見上げる。
今頃、娘も宇宙を漂いながらすやすや眠ってる頃だろう。
しかし、我が娘ながら無茶苦茶を言うもんだなあと思った。五万年俺を保存するだけでも相当苦労したというのに。
今から脱出ポッドを作り出したら、間に合うだろうか。
間違いなく無理だろう。あの脱出ポッドだって五万年間の実験、製作期間があったからこそ完成したものだ。
とりあえず、あと二時間もかからずに地球は吹っ飛ぶ。俺もろとも吹っ飛ぶ。これはもう確定事項だ。
まあいい加減、俺が子離れをする時期が来たのだろう。いささか遅すぎた気もするが。
そうだ。死ぬ前に。
俺は思い出して、エロ画像、酒につづく最後の〝とっておき〟――煙草を台所の立て付けの悪い木棚から引っ張り出してきた。
ついこの間に燻製、配合まで自分で行った、こだわりの手巻きである。現存する煙草の葉を見つけるのにも随分苦労した。
古ぼけたジッポーライターを散らかった引き出しの中から引っ張り出し、起こした火を煙草の先に当てた。葉の燃える香ばしい良い匂いがする。
嗅覚も、味覚も、その他の食べ物などに対する感覚も、この一本のために残しておいたと言っても過言ではなかった。
煙を一杯に吸い、味わう。
美味い。
「――ロウザ。俺は、約束を守れたか?」
とっくの昔に、死んだ嫁の名前を呟く。
煙を口に含み、輪っかを吐く。
三つの煙の輪はしばらく宙を漂った後に、青空に溶けていった。
じじじと音がして、煙草の灰が零れ落ちた。
[子離れしたいサイボーグと、脱皮を果たした少女の話 終]
7000文字位に収めるつもりが気付けば2万文字以上に膨れ上がっていました。私の計画性のなさが見てとれますね。(白目)
葛藤する女の子を書きたいと思いました。
思春期で揺れ動く少女を書きたいと思いました。
不思議な雰囲気の物が書きたいと思いました。
結果的にこんなものが出来上がりました。
少女とサイボーグ父さんの物語、如何だったでしょうか。
最近の需要にはあまり合ってないのかもしれません。少女が眠って素直に異世界に転生してればもっと別の、皆さんが求めるタイプの物ができたのかもしれません。でも、あえてこの子が書きたかったんです。
楽しんでいただけたなら幸いです。面白くねえな何だよこれ……ってなった方はごめんなさい。
次回も頑張れたらなと思います。
読んでくださった方々はとにかくありがとうございました!
またお会いできるのを楽しみにしてます。
ご意見ご感想もお待ちしています!