第1話 田舎の少年
古い墓の前に数名の若者が跪いていた。
誰も口を開かない。
やがて、一人が静かに両手を組む。
「英雄よ、我らをお導き下さい」
続いて、他の者たちも祈りを捧げる。
墓前に置かれた花が、風に揺れた。
しかし、祈りは届かない。
この墓に眠るのは英雄ではないのだから──
これは、この墓に眠る、セト・ウォルカ
生贄の英雄の物語
──この祈りより遥か昔……
世界は一度滅びた。
栄華を極めた古代文明は見る影もなく、ただの遺跡に成り果てた。
「セト!セト!」
窓の外から母のエーコが呼ぶ声が聞こえる。
窓を開けて呼ばれた少年は声を張り上げた。
「今行く!」
返事をしたのは、セト。
ゼラムとエーコの一人息子。
この村で育った、普通の少年のはずだ。
セトは椅子から立ち上がった。
また何か手伝わされるのだろう。
村の朝は、いつも忙しい。
外に出て母を見る。
雲一つない快晴。
朝日は嫌いではないが、セトは外で体を動かすのが嫌いだった。
「母さん、なに?」
「ちょっと薪割って」
「それ昨日父さんがやるって……」
「やってないから言ってるの!」
「じゃ父さんを呼んで……」
「もう畑!」
うん。
察した。
いつものことだ。
父さんは忘れん坊だ。
「わかったよ。別のことに気を取られんだろうね」
「さぁね。そそくさと行ったよ」
「注意力が足りないんだよなぁ」
「小難しいこと言ってないで、薪!」
「はぁい」
やる気のない返事をしながら、家の周りの林を見渡す。
ここはウォルカ村。
山の麓の辺鄙な田舎の村。
山林資源は豊富だが、働き手は足りてない。
子どもでも何でも使えるものは全部使う。
「え~っと?……どれくらいいるか聞いてないな」
セトは右手を前に突き出す。
空気が揺れる。
林の中から、乾いた音がした。
──バキッ。
一本の枯れ木が倒れる。
「……これくらいでいいか」
「セトー!薪はそんな一本じゃないよー!」
「えっ?」
「もっと持ってきて!」
「……はい」
うん。
わからん。
もっとってどれくらいだ?
「まぁ、いいか。とりあえず多めにやるかな?」
右手から空気を振動させる。
圧力差を作る。
それを刃の形に整えて、飛ばす。
「真空波?っていうのかな?」
そう言った時には、林は抉れ、10m先まで木は倒れていた。
「足りるよね?」
それだけ言うと、次にセトは両手を地面に押し付ける。
セトは倒れた木の生えていた地面を見つめる。
地面全部は相手にしなくていい。
表面の10cmあればいけるかな?
上は手前へ。
下は奥へ。
グルグル交互に動く。
「ベルコン!動け!」
地面が帯状に流れ、倒木がこちらへ運ばれてくる。
地面はベルトコンベアの要領で木材を運んでくる。
「母さん。足りる?」
「……あんた、また変な魔法使ってるね」
「便利でしょ?」
「どこに置くの!こんなたくさん!」
わからん。
どうして叱られた?
「どこって、ほら、テキトーに」
「………まぁいいわ。じゃ、割って」
「え?割るの?」
「ま・き・わ・り!」
「………はい」
「まったく。薪割りを頼んだの!」
はぁ。
朝ごはんまだなんだけどなぁ。
仕方ない。
割るか。
「まずは……と」
横倒しの倒木たちを見る。
ベルコンは使う。
使いながら、包丁?
スパンと行ける?
無理だなぁ……デカいし
ノコギリで長さを30cmくらいで切っていくイメージ………
「時間かかるよなぁ。お腹すいたしなぁ」
電ノコ?丸ノコ?
何となく、そういう道具があった気がする。
回転する刃。
それを四方から当てれば──
「……いけそうだ」
セトは両手を木材へ向けた。
魔力を集中させる。
木材の周囲で空気が高速で回転する。
──ギャリッ。
巨大な円盤状の刃が木材を切り裂いた。
「いいじゃん。これ」
ジャァァァーーーッ!
ギィィン… ギィィン… ギィィン… ズドン!
とんでもない音を立てて、倒木が切られていく。
隣の家までかなりの距離があるから近所迷惑にはならないが、家の中は違う。
「なんの音!?」
エーコが飛び出してきた。
「なんの音!?」
「今、木を切ってる」
「そんな音しない!」
「してるよ?」
「普通の薪割りで家が揺れるような音はしないの!」
言い合いの最中にも、木はどんどん切られていく。
「もうちょっとだから我慢して」
「薪割りは普通にしてよ!?」
そうは言われたが、普通にしたら朝ごはんに間に合わない。
木を立てる
四方から鈎で固定……
できるだけ垂直に……
十字に丸ノコを当てる……
「鈎は、地面でいいか」
ガン!ジャコン!ガン!ジャコン!
一定のリズムで薪が作られていく。
「あとはベルコンで運ぶだけだな」
「もういいわ………全部片付けたら朝ごはんね」
呆気に取られるエーコはそれだけ言って家に入っていった。




