01. 君のことを教えて
──土の香り。
整髪料でオールバックにしていた髪が目元でチクチクしていて鬱陶しい。
固い地面に横たわっている男。内藤清政は霞む目をゆっくり開くとそこは鬱蒼とした森の中であった。
「あれ…俺刺されて、、痛ッ……たくないか」
刺されたはずの脇腹をさする。
幻覚痛のような気持ち悪い違和感はあれど先程まであった激痛はなかった。
土がついた白いカッターシャツを払いながらたくしあげ、肌を確認する。
「綺麗さっぱりなんもない、、てか痩せたか俺」
肌にも刺された跡すらなかった。
体づくりをしているとはいえ最近贅肉が落ちにくくなってきた45歳児の脇腹は若々しい腹筋を魅せている。
グッと力をいれ起き上がると寝起き後にいつも襲ってくる腰痛もない。
まるで体が"若返っている"ようだった。
「んん…まずはここはどこなんだよ」
辺りを見回してみると森、森、森。
奥まで景色が変わっていないのを見るにかなり大きな森に遭難しているようだった。
キーン…
耳鳴りをしたかのように鼓膜がブルブルと震える音が聞こえる。
その音の出処に目を移す。
そこにあったのは"石碑"のようなもの。
なにやら文字? が書いてあるが読めない。
しかし、引き寄せられる。何の変哲もないはずの石碑になにかがあると直感が伝えてくる。
近くで見てみるとひじきのような文字が乱雑に彫られているようにしか見えなかった。筆記体のようだ。
「なんて読むんだこれ。道案内のようなものだったら嬉しいのだか…」
齧り付くように石碑を見てもなんて書いているか分からない。もしかしたらここの地名などの情報があるのではないか、そう思っていた清政はため息をつく。
ダメだな、と思いながらその妙に惹かれる石碑をさする。
キーン…
するとまた鼓膜をブルブル震わすあの音が聞こえる。
『─パリェモドヴ、と唱えなさい』
そしてその音ともにシステム的に感情の起伏が感じられない無機質な女性の声が頭の中に響く。
「うおお!? びっくりしたぁ!」
いきなり頭の中で喋ってくる石碑に清政は驚きのあまり後ろに倒れ、尻もちをつく。
先程の声が頭に反響している。
いてて…と立ち上がり、石碑を見下ろして呟く。
「パリェ…モドブ……?」
頭に響いていた声の通り、言葉を唱える。
すると、いきなり膝の力が抜けるような感覚に襲われ、バランスを崩しカクンッとその場に膝を着く。
これあれだ。貧血の時と同じような感覚だ。
四つん這いの状態になり、石碑と目が合う。
「ん?? あれ…読める! 読めるぞ!!さっきまで解読もできなかったのに…… 君のことを教えて…?」
先程どんなに齧り付いて見ても解読できなかったヒジキが解読できるようになっていた。
文字単体の認識としてはあいかわらず変わっていないのだがなぜか読める。意味もわかる。
どういう仕組みかは分からないがこの石碑がなにかしらの力を持っていることだけは理解できた。
しかし、残念ながら石碑の内容は知りたいものではなかった。
「こりゃ参ったな…」
ポリポリと頭をかきながら考える。
まず第一に刺されたことは間違いない。あんな痛みを味わったのだ。それを夢では無いことは体が理解していた。
しかし意識を失った次にはここにいた。傷もない。
ならばこここそが夢なのではないか。
そんなことを考えながらなんとか自己完結をしようとする。
ポタ…ポタッ……
頭に液体がかかる。
雨か?と思って髪をさわると、生暖かいヌトっという感触が手に伝わる。そして鬱蒼とした森に閉ざされている空を見やる。
「…ッ!?」
シャリシャリ…シャリシャリ……
───蜘蛛がいた。
鎧のような甲殻をもち、生き物を確実に逃がさないということを雄弁に語る立派な牙。
なんといっても体長が軽自動車くらいある化け物が俺を見下ろしていた。
「えっ、あっ、は……?」
本能的な恐怖に足がすくむ。
これは作り物ではない。大学時代に蜘蛛の研究をしていたがこんな大きさは世界中を探してもどこにもいないし、総理大臣としての業務としてロボットの最先端技術を研究している企業を訪問した際にこういった大きな生き物を模したロボットを見せてもらったがものが違う。
ここは日本ではないのか。そう考えるのも束の間。
震える足に喝を入れ、全力で逃亡を図る。
「cyurgaaaasa!!!!!」
機械音のような咆哮をあげ、糸イボから糸を吐き出し足を絡める。8個の眼が俺を捕捉している。食料として認識されていることが分かった。
大蜘蛛はその剛腕とも呼べる触肢を使い俺に向かって振り上げる。こんなにも短い期間に2度も死を体験するのかとつくづく自分の運の悪さを憎む。
目をギュッと瞑り、来るであろう衝撃と痛みに備えるように身を強ばらせた。
ドドドドドドッッ!!!!
光が目の前を覆う。
その眩しさに驚き、思わず目を開けるとそこには四肢が切り刻まれた蜘蛛の残骸。
そしてその傍らにいたのはかくも美しき長い銀髪に人形のような顔立ち。少しタレ目気味な瞳は黄身がかった緑色をしていた。服は白を基調とした西洋風の騎士のようなアーマーを装った女性。
右手で軽々持っているのは彼女の背丈ほどにもなる巨剣。なにかのコスプレなのか?と唖然とした顔で命の恩人を見ているとこちらの視線に気づいたのだろうか無機質な顔を向けて歩いてくる。気づけば先程の巨剣はどこかに霧散していた。
なにか急いでいたのだろうか少々髪が乱れており、頬もほんのり上気している。
しかし彼女はクールな表情を取り繕うよつに俺にこう言った。
「あぶないところでしたね。微弱ではありますが懐かしい魔力を感じたので急行してきたのですが…この場所は一般人には危険すぎますよ?」
衝撃的な邂逅に動悸が止まらない。




