第28話 『怒りと混乱のデビュー戦』
思い返せば、昔から人の心ばかりを覗いていた気がする。
ボクは周りからどう思われているのか、どういう評価を受けているのか。ボクは周りに嫌われていないだろうか。周りから避けられていないだろうか。
────ボクは、孤立していないだろうか。
健人という幼馴染がいて、いつも一緒にいてくれてはいるものの。どうしても独りになるという事を考えると、怖くて夜も眠れなくなる。
だから周りの心ばかりよんで、読んで、詠んで。
この能力は、ボクにぴったりだと思ってしまった。コンプレックスまでもお見通しで、『おまえは心の声を聞けるほどに周りばかりを見ているだろう?』と、言われているような。
だから、この能力を手に入れたときは内心ホッとした。
これで、ボクも独りにならなくて済む、と。
◇◆◇
溢れ出る怒りを、なんとか吐き出さないように噛み締めながら地を蹴る。
「────────」
今オレはどんな顔をしているんだろうか。それすらもわからない。
とうとう誰かに痛みをぶつけられるという自分勝手な喜びか、
心を乱され不快感にまみれて湧き上がる独りよがりな怒りか、
独り勝手なことしか考えられない馬鹿げた自身への悲しみか。
浮かぶ表情を確かめる術はないし、確かめる気なんてない。今は湧き上がる怒りをぶつけて、スッキリすることしかオレの頭には存在しなかった。
帝センパイの能力を駆使し、ものすごいスピードで過ぎていく視界。
能力の過剰使用でホンモノに劣る強度の『回路』は悲鳴をあげ、地面を蹴り飛ばすたびに痛みで視界に赤い線が入る。だがそんなのは知ったこっちゃない。
痛みと一緒に大きく息を吐き出して、強化した脚力にものを言わせて跳ぶ。
目の前に迫った一軒家は一瞬で視界から外れ、代わりに映り込むのは無駄に大きな原っぱと、星が少ない夜空だ。
そして、その中央に聳え立つ大きな塔。
「……邪魔くせぇ」
苛立ちと勢いをそのままに大きく体を捻り、右足を構える。
振り抜き、塔を蹴り砕いてやろうとした途端。
「おーおー、危ねぇ。人が必死こいて作った塔を壊すとかあんまりじゃんね」
「…………ん。ちょっと、あんまり」
気の抜けた2つの声と同時に、確かにそこにあったはずの塔が消え去った。
蹴りの勢いで思わず宙で回転し、舌打ちまじりに地面に落下していく。
芝生をえぐりながら着地。途端、視界の先に大きなマットが生まれた。
その上に落ちてくる2人の人影。マットはくの字に曲がり、衝撃を逃した途端またしても姿を消す。
────どっちかの能力がものを作ったり消す能力、なのか?
戦闘は殴り合う前から始まっている。相手の能力がよく見えるなら、予想しておいた方がいいに越したことはない。
目の前で次々と繰り広げられる常識離れした光景。
「……そうか。これが、能力者」
イマイチちゃんと戦闘に関われていなかったし、改めて先輩達以外の能力者と向き合って、その非日常さに寒気が走る。
とめどなく襲う耳鳴り。相手から感じられる願いへの欲望。絶対に勝つという気力。
殺意まで含まれるそれらすべてに、オレは────
「クソ、ヘタレんな。さっきまでの怒りはどうした」
奥歯を噛み締めて自身を奮い立たせる。
負けられない。負けない。負けたくない。
勝ちたい。勝てる。勝たなきゃいけない。
何より自分の恋敵が3度も踏み越えた壁を、オレが乗り越えられないなんてのは一生の恥だ。だから何度も呼吸を繰り返し、意識を落ち着け、すべてを目の前の敵に集中する。
怒りも、思いも、全部全部をぶつけるために。
決意がようやく固まって、2つの足音が鼓膜を揺らす。芝生を睨みつけていた視線を上げると、そこには先ほどオレと同じく落下してきた人影があった。
片や、オレと同じくらいの身長の男。
男は見た感じ高校生で、オレの目が間違っていなければ高校2年生ほどだろうか。
片や、オレの胸あたりまでの身長しかない女。
女は帝センパイたちと同じ学年くらい、だろうか。
2人からは殺意に似た気迫が感じられるが、身にまとっているのが青いジャージ、という点が何というか。ほんの少しだけ引き締まった心を緩ませる。そういう作戦だってんなら上手くやられたって感じだが。
歩幅は大股にして10歩程。少し遠いくらいの距離で向き合い、相手の男が口を開いた。
「なーんだよ、ひとりか。確かここら辺、もーひとりくらい能力者いたはずじゃん?」
「あぁ、なんだ。瑠璃のことまでバレてんのか────アイツなら取り込み中だよ。ここにはいない」
瑠璃のことがバレてるってのに関しては、あまり驚かない。……いやだって思い当たる節がありすぎるし。
センパイたちに能力を使いすぎるな、だとか言ったくせにオレたちも好き勝手やっちまったからな。
なんて思考が明後日の方向に飛んでいるオレを余所に、2人は会話を続けていく。
「つったって2体1は気がひけるんだよなぁ……どうにかできないもんかね」
「…………そんなハンデで勝っても、嬉しくない」
勝つ気満々でいやがる。
思わず額に青筋が立ち、落ち着いたはずの怒りがまた煮えくり立ち始めやがった。
ムカつく。腹がたつ。なんでどいつもコイツも、オレの心を乱しやがる。
「テメーら何勝った気でいやがるんだよ。オレだってひとりでも、負ける気はさらさら────」
そんな苛立ちを舌に乗せ、ぶつけてやろうとした時だった。
「話は聞かせてもらった!」
オレの言葉を遮るように、食い気味に降ってくる声。
ついでに、声の方向へとその場全員の視線が向いた途端に流れ出す軽快なBGM。
この曲は確か……東映版のスパ○ダーマン。
声の主は少し離れた家の屋根の上に立ち、スマートフォンを片手に腕を組んで遠目にオレたちを見下ろしている。
「だ、誰だ、おまえは……ッ!」
冷たい目だけ向けてればいいものを、やけに律儀に乗りやがるジャージの男。そのせいでオレの緊張も緩み切り、声の主は満足げに笑みを浮かべた。
「誰だ、と聞かれたら名乗るのが正義のヒーローの役目ってモノだよね」
瞬間、一気にこちらに向かって跳ぶ声の主。
弾丸めいた速さで跳び、オレたちの間を割るようにして入った声の主は特徴的な金髪を豪風で揺らし、
「そこの男のことが大好きな幼馴染だよ。助っ人参上! 遅れてゴメンね、健人」
ふざけた登場をしやがった瑠璃は、目を真っ赤に光らせながら微笑んだ。
「お。怒りはおさまったみたいだね、何よりだよ」
「おまえとそこにいるお相手さんのおかげでな。色々と引き締めてた気が緩んだよ、まったく。ふざけんな」
「ははは、まぁ気負いすぎるのもダメじゃん? ボクなりの配慮だよ」
瑠璃から飛び出した一人称に、思わず面を食らったように固まる。
……コイツの声で、久しぶりに聞いた響き。そうか、今は2人きりか。
ここのところセンパイたちとずっとに一緒に居たし、こうして2人きりになれたのはえらい久しぶりな気がする。と言っても、目の前に倒すべき相手がいるから2人〝きり〟ではないけれど。
「────」
自分の思考で再びモヤモヤと立ち込める黒い霧。
それをどうにか押し込んで、深呼吸をひとつ。……クソ、こんな簡単なことでまたいやな気分になっちまう自分が憎ったらしい。
自分への苦い嫌悪感を噛み潰していると、瑠璃の顔が視界に覗いた。
「……落ち着いた、健人?」
「ああ、悪い。待たせたな」
何とか落ち着いて、瑠璃の隣に歩み寄る。
これでようやく、2対2。戦力は出揃い、場も整った。
「待たせて悪かったな。こっちも最高の戦力が着いた。負ける気なんてまったくねぇ」
「奇遇だな、俺たちの方も負ける気はまったくねぇや」
ヘラヘラと笑いつつ、軽口を交わし合う。そして、
「番号XI 松崎 健人」
「番号XII 中村 瑠璃」
「番号 Ⅸ 八百万 和希」
「…………Ⅷ、同性、立風」
名乗り合い、オレたちの初戦が始まった。
引き締まりすぎた健人の心を瑠璃が緩めてバランスをとる感じ。
後輩コンビが書いてて大好きです。早く結婚しろおまえら。




