第27話 『私とわたしとボクと』
夕飯を咀嚼しながら、胸に蟠る黒い感情に顔をしかめる。
夕飯を作ってくれた母さんには悪いと思うが、心境は穏やかじゃないしどうも美味そうに食えないし味も解らない。先に寝ててくれ、と言ったのは正解だった。
「……クソ、なんだよ。なんなんだよ」
モヤモヤする。胸の中が気持ち悪い。熱を帯びた煙が胸の中で暴れまわってるみたいで、気分を害すわ飯は喉を通らないわで散々たる結果。
思い返してみれば、帝センパイの例の言葉を聞いてからずっとこの感覚はあった。
なんのために戦ってるのかわからなくなった。それは多分、この戦いに捧げる願いがわからなくなったということだろう。
じゃあ帝センパイのために戦ってるオレたちは、なんのために?
瑠璃が取られてから微かに渦巻いていた黒い感情が、その言葉をきっかけに膨らんでいく。
気持ちが悪い。思考が変な沼にはまって足を取られて出られない。だけど自制できない。吐き気がする。気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
「……ごちそうさま」
飯を半分以上残して、ラップをかけてから居間を出る。
もうひたすらこんなこと考えてるくらいなら寝ちまったほうがいい。そんなことを考えながら、自分の部屋の扉を開けた途端、
「────ッ!」
突然やってきた耳鳴りに思わず窓の外に目をやった。
夕飯を食い終わってさぁくつろごうと思った矢先にこれだ。タイミングの悪さに機嫌も悪くなるというもんだ。
────しかも、好きな相手が恋敵の家から帰ってない。嫌なことづくしだ。
「クソ、まだ変なこと考えてんのかよオレは……」
舌打ちを交えながらケータイからスマートフォンを取り出し、ホームボタンを押しながらカーテンを開く。
着信履歴から瑠璃の番号を呼び出しながら窓の外に目をやるとソレは居た。いや、ソレらと言うのが正しいんだろうか。
無感情な電子音が鼓膜を揺らす中、視界に映るのは赤い点が4つ。
確かあそこには、かなり広い公園があっただろうか。公園とは名ばかりで、広い原っぱとリア充の憩いの場となるベンチがいくつかあるだけの場所。
そんな場所の空中に、赤い点が浮いている。
「……いや、違う」
よくよく目を凝らせば長い塔のような何かが見える。それを足場に立っているんだろうか。
そこまで思考が回った途端、電子音が途切れて通話の向こう側から声が聞こえてきた。
『健人? 今どこ!』
「てめーこそどこだよ……」
『る、瑠璃はまだセンパイの家……』
瑠璃の声が微かに震えたのがわかる。クソ、こんなぶっきらぼうな言い方しかできない自分が嫌だ。
「そうか、そっちも全員気づいてるよな? あんだけ挑発するみてーに能力叩き込んだんだ」
『うん、気づいてる。ってことは健人も?』
「ああ。オレは今────」
アイツらの所に向かうとこだ、と言いかけて。
その赤い点4つと、目があった。
「────ッ」
背筋に走る寒気。瑠璃の必死な問いかけは鼓膜すらも通り抜けていく。
アイツらは完璧に、オレを誘っている。挑発している。
『俺、何のために戦ってるのか────』
『まだセンパイの────』
どいつも、コイツも。オレの頭を、心を、かき乱しやがって。
「丁度いい。ぶん殴ってやる」
『ちょっと待って健人、1人で』
何やら電話の向こうで瑠璃が叫んでいたが切ってやった。
もうこの心に渦巻くどす黒いモノをぶつけられるなら誰でもよかった。そこに出ていたあいつらが悪い。
大きく息を吐き、呼吸を整え、能力を一気に解放する。
オレはここにいるぞ。今からそっちにぶん殴りに行ってやる、と。声を上げるように。
◇◆◇
「あああもう、切れた。健人め……」
健人と電話していたらしい中村が、ため息まじりにスマートフォンをスカートのポケットに押し込む。
そんな様子を心配げに見つめているのは舞姫だ。隣に座っていたから、多少電話の内容も聞き取れたんだろう。
「健人くん、なんだって? 大丈夫?」
「ああ、はい。大丈夫です。機嫌はなんか、悪かったですけど……」
応える中村の表情は浮かない。苦笑を浮かべたままもうひとつため息を挟むと、
「でも例の能力者は健人の家の方に居るみたいです。あの辺だったらたぶん、自然公園の辺りかな……」
顎に指を添えながら呟き、その場から立ち上がった。
中村はすぐにでも健人の所に向かうつもりだろう。なら俺も行かないと、と立ち上がったのだが。両腕をがっちりと掴まれ、何故か止められた。
「お、おいおい舞姫、織。なんで俺止められてるのん?」
疑問を投げかけてやっても、いつの間にか両サイドに移動してきていた2人は答えない。……あ、同時に『やれやれ、これだから』みたいな顔で首を振りやがった。
「ダメだよ、帝くん。連続で戦ってるし少しは休まないと」
「そうだよ。病み上がりなんだし」
「病み上がりっつっても起きてからしばらく経ってるし……」
確かに長いこと寝てたのもあるし、戦うたびに傷ついて眠りこけてるのも否定はできない。
けど、体の調子は万全だし正直なんともない。だから、
「行かせてくれ」
「「ダメ」」
……だから、と頼んでも2人は断固として譲らない。
織はともかく舞姫はこうなったら聞かないのはわかっているけれど、今回ばかりは譲れない。譲れない、んだけど。
「あの、両手結構痛い。舞姫爪たててね? おい、立ててね? 立ててるよな、立て痛い痛い痛い痛い!!」
必死すぎて俺も思わずため息をつきたくなってしまう。
重みを感じる頭を軽く揺すっていると、立ち上がったままこちらを眺めていた中村が頷き、部屋の扉に手をかける。
「じゃあ舞姫センパイ、未緒李センパイ、頼みましたよ」
示し合わせたように同時に頷く織と舞姫。
「……はぁ、もう。わかったよ」
絶対に折れない、と言いたげな2人に、とうとう俺は諦めるしかなかったのだった。
◇◆◇
「じゃあ、行きますか」
センパイの家の玄関を出て、一気に能力を開放。引き出すのは心を読む能力じゃなく、健人に貼り付けられた能力────帝センパイの『力を力にする能力』だ。
「ごちゃごちゃした名前だよねぇ……なんか、言葉遊びみたいな」
なんて言いながら、おもわず笑ってしまう瑠璃。
……ああ、そういえば帝センパイは居ないんだから。もう偽る必要なんてないんだっけ。
「なかなか板についたもんだよねぇ、女の子らしい仕草も、話し方も」
最初はたどたどしかっただろうし、見る人によっては滑稽に見えたかもしれない。
でも今となってみればそっちの方が素なんじゃないかと思ってしまうほど。
『好きな人……? 女の子らしい子、とか?』
中村瑠璃と、瑞樹帝の一番最初の出会い。
その時に交わした会話。これまで、一度だって忘れたことはない。
ボクだって、帝センパイにちゃんと恋愛対象としてみてもらいたい。女のコとして見てもらいたかったから。
「なんて、感傷に浸るのもおしまいにしてですね」
最後にもう一度振り返り、帝センパイの部屋を見上げる。
「……ちゃんと、片付けてきますから。安心して待っていてください」
聞こえもしないだろうけど、言い聞かせるように呟いて。
呼吸を落ち着かせた後、一気に脚力を強化して、夜空に向かって跳んだ。
視点変更が多いくせにこの文字数。こんなのに一話使うのはちょっとなぁとか思いつつ結局投げるのでした。




