第15話 『トラウマ』
「ソレあげるコが本命なノ?」
「違いますから」
「ホントに?」
「ホントです。だからよくわかってないんだって……」
そんなやりとりを続けること五分ちょっと。やはりと言うべきか、例の店員を頼ったら散々いじり倒されていた。
はあ、もう帰りたい。他人との交友に使う1年分の労力を使い切った気がする。このオカマぜってえ許さねえ。
人の恋愛は応援したくなっちゃうモノなのヨ!とか言ってたけど絶対嘘だ……だって俺全力で邪魔したくなるもん。
とか何とか考えつつ、店員との会話を流すこと数分。女子三人組が会計を済ませて駆け寄ってきた。
なお織の格好はさっきと同じで、買った服は手元のビニール袋の中で膝蹴りの餌食となっていた。もっと大事にしなさいよ。
「ごめんねー、帝。待たせちゃった……盛り上がっちゃって」
「すみませんセンパイ。未緒李センパイ何着ても似合うからついつい」
「リカちゃん人形の気持ちがわかった気がする……」
必要性は感じないけど上から舞姫、中村、織の順。女性陣(なお織を除く)は散々満喫したようで、心なしか肌がつやつやしている。まあアレだ、織の言っていた通り小さい頃に着せ替え人形で遊んでたやつの延長線だろう。ふと昔の気持ちに帰るのは楽しいよな、わかる。
……っとまたもや視界が逸れてた。ひっつかんで修正。
「さて、じゃあ出ますか」
呟きつつ、ありがとうございましたーと揃った声を背中に店を出た。背中にやけに生ぬるい視線を感じた気がしたが気のせいだと信じたい。主はわかってるけど絶対気のせいだ。そうに決まってる。気のせいなんだよ俺振り返んな。
ドッと溢れた疲れを抱えながら通路を進んでいく。すれ違う人達を横目に────まただ。ノイズ────角を曲がると、備え付けられているベンチからスクッと立ち上がる健人が見えた。
そして片手を上げ、今トイレから出てきたぞ、と言いたげなアピール。
「いやあ、すまんすまん。腹が痛くて痛くて」
バレバレすぎる嘘である。
当然、俺にもバレる嘘なら俺よかもっと付き合いが長い中村と舞姫にはもろバレなわけで。健人を視界に入れた途端舞姫と中村の形相が鬼のソレにシフトチェンジ。ズカズカと歩み寄っていくと、2人して襟首を引っつかんだ。
……あ、助けて欲しそうな目をしてる。オレシーラネ。ぷるぷる、ぼくはそんなぜんにんじゃないよぅ。
心からスライムになりきり、死んだ目で健人を見送る。トイレの奥の曲がり角まで消えたところで、ばっかでーなんて心の中で悪態をついてみた。
で、2人が健人を連れて行けば必然的に俺と織が2人きりになるわけで。
「…………」
「…………」
横たわる沈黙。2人の間にぽん、ぽんと点が打たれていく。
あたりを満たすのは俺たち以外の人間が生む騒音。
若干2人きりの沈黙が居心地が悪くて周りに目と耳を逸らしてみたがなんの収穫もなかった。
織は大して気にしていないようだが、チラチラと視線を向けてきているところからして話しかけたい気持ちはあるんだろう。
「いい天気だな」
「そだねー」
うううん俺は何を話してるんだろうか。話題がなくて困る。
……ああ、そうだ。例のブツ、渡すなら今なんじゃないか?いやいやでも、何の脈絡もなく渡すのもダメだろう。なんかダメだ。俺がなんか恥ずかしくて無理。
「なあ、織。両親とはどうだった?」
とりあえず浮かんだ疑問を投げる。と、それを受け取った織は「えへへ」、と少し恥ずかしそうに笑った。
「元どおり……うぅん、前より仲良くなった気がするよ。これも帝くんのおかげ」
「んなことねーよ、全部織が踏み込んで……歩み寄って。ちゃんと向き合ったからだ」
「違うの、帝くんのおかげなんだから」
やけに食い下がってくる織に思わず苦笑。
でも本当にありがたく思ってくれてるのか、向けてくる笑顔は無邪気で……正直見惚れる。ここまで喜んでくれるなら身体を張った甲斐があったってもんだ。かなり痛かったけど。
……魅力的、ではあるんだけど。目を半分ほど隠した前髪が笑顔の印象を少し暗いものに変えてしまっていた。そう、これが勿体無いんだ。だから、と。
「…………前髪邪魔じゃね?」
「え、何藪からスティックに」
突然のルー語に思わず吹き出す。だけどこのままペースを握られちゃいけない、と少し気合を入れて、深呼吸。
「織、さ。おまえ、俺に前髪あげたほうがかっこいいよーとか言ってたけど。織だって前髪、伸びっぱなしだと色々勿体無いから……」
言って、パーカーのポケットからピンク色の小袋を取り出し、目の前に差し出してやる。
「……これ、できれば役立ててやってくれ」
小袋に視線を向けたまま見事に固まる織。……固まられても困るんだけど。結構恥ずかしいし、これ。
「………あの、織さん?」
「えっ、えっ、と。貰っていいの?これ」
手をわしゃわしゃと開閉させながら、どう取るか迷っているのか小袋の周りを右往左往。
「どーぞ、織のために買ったんだ。受け取ってくれないと困る」
「あ、ありがとう……開けていい?」
「ん、どーぞどーぞ」
嬉しさか恥ずかしさか、頰を真っ赤に染めながら小袋を受け取ってそのままの流れで紙袋を開封。おっかなびっくり、テープで紙袋を破かないように、慎重に。
大切にしてくれるのはありがたいけど、ここまで慎重になることはないんじゃなかろうか。爆弾じゃあるまいし。
「わ、わあ。これ」
嬉しいことに中身を覗き込むと、大きく目を見開いた。見開いたまま、袋の中身と俺の顔を交互に、嬉しそうに見つめてくる。
話の流れ的に察してくれるだろうが中身はヘアピンだ。大きな黄色の花の飾りがついたヘアピン。定価はー……うん、プライスレス。
「ヘアピン……ヘアピンかあ。わたし、持ってないや」
「だと思った。だからまあ、切るのがめんどくさいならそれで前髪、横んところで止めとけよ」
俺も急に恥ずかしくなってきて、思わず顔ごと視線をそらす。
……喧騒に紛れて聞こえてくる布が擦れる音がこそばゆい。ここでこそ思考を明後日の方向に飛ばすべきなんだろうが、青春オーラがそれを許してくれない。くそぅ。
恥ずかしさを誤魔化すように頰をかいていると、織が覗き込むように視界に割り込んできた。
「重ね重ね、ありがとう。帝くん」
風が吹く。風が頬を撫でて急激に上がった温度を下げてくれるものの、今現在進行形で織の笑顔に見惚れてるという事実が、さらに頰を熱く加熱していく。熱い。やめて。
なんだ、これ。すごく恥ずかしい。喉に何かが突っかかって言葉がうまく出てこない。
「あ、帝くん照れてる」
「うっせ……」
視線が逸らせない。クソ、だからこういうのは苦手なんだ。青春ポイントなんて無駄に稼ぐもんじゃない。
見つめ合うこと数秒。逃げ出したい気持ちを飲み込んで、軽く踵で足踏みするだけで我慢しておく。
誰かこの桃色空間をどうにかしてくれ、という願いが通じたのか。
「あの、センパイ二人。舞姫センパイ達が待ってんスけど」
控えめに、俺たちの間に割って入る健人。
正直とても助かった。全力で心の中で健人に手を合わせつつ、「行くか!」と健人の肩を叩きながら中村達の元へ向かう。
「──────」
ふと、覚えた違和感。さっきの舞姫との会話の時と────人ごみの中で感じたものと同じ感覚。
脳内にザザ、とノイズが走り、頭の奥底に押し込んだ記憶が疼く。
違和感の原因はわからない。原因のソレが、あちこちにあるような気すらしてくる。
視線が刺さるような感覚。誰も俺のことを見ていないはずなのに。どこだ、誰だ。何だ。何から俺は、無意識のうちに視線を逸らしている────?
「……どうかした、帝くん?」
「いや、なんでも……」
ない、と言い切れない。トラウマに過剰反応する俺の頭が、誰か俺のトラウマを掘り返す奴がここに居る、と叫んでいる。
……だめだ、気にするな。気にした方が負けだ。頭を強く振って、大きく息を吐く。
今回は、楽しむのが目的なんだから。
またもや短い。しかも勢いで書ききった感が否めない……まあ、ご愛嬌ということで。
修正というか書き足し。これで少しはまともになったのでは (5/28)




