二話
気がつくと、私は硬いベッドの上にいた。辺りを見渡すと、ベッドの周りのカーテンの隙間から、薬棚と事務机、壁掛け時計が見えた。時計は九時を差していた。
そうか、ここは保健室か。私、また貧血起こして倒れたのか。なんでだっけ...
私は霧がかかったようにぼんやりした頭で、倒れる前のことを思い出そうとした。
朝礼があって、それで、校長先生が....そう.....山田..純君....が....亡くなりましたって....言ったんだ.....。
私の全身からどんどん血の気が引いていった。胸の芯まで寒気が一気に染みていくようだった。
夢じゃないのは、震える手を見ればわかっていた。
「....なんで...なんでよ....」
昨日、あんなに元気そうだったじゃない。ありがとうって笑ってたじゃない。なんで、そんな簡単に、死んじゃうの....なんでよ...
私はもう一度ベッドに横になる気にはなれずに、起き上がり、上履きを履いた。そして、保健室を出る。周りも気にせず、よろよろと歩く。
廊下を抜けて、私は無意識の間に階段を上っていた。
よろよろと、時たまつまずいて、手すりにもたれながら、熱に浮かされたように。だんだんと早くなって、息を切らしながら、最上階のドアに肩でぶつかるようにして、走り抜けた。
屋上には、誰もいなかった。
その日から、私にとって、学校に行くことが意味を失っていった。
元から、友だちと呼べる人はいないし、やっとできるかもしれないと思ったら、その人は死んでいってしまった。
ああ、そうか。人ってみんな死ぬんだよね。
あれから、私は屋上に行かなくなった。教室でジュースを飲みながら、空想して過ごすようになり、誰かが話しかけてきても、適当にあしらった。
次第に、私に話しかけてくる人はいなくなった。
ある日、めずらしく両親の喧嘩の声が聴こえてこなかった。
次の日の日曜日、父がどこかに出かけている夕方、母が、お茶を飲もうと私をリビングに呼んだ。
ティーポットには、母の好きなカモマイルの葉が踊っていた。
熱いカモマイルティーをちびちびと飲む。
母は、何か話したいことがありそうにずっともじもじしていたが、やがてためらいがちに口を開いた。
「ねえ、愛...母さん達ね、話し合ったの。それで、離婚することにしたの....」
母は少し控えめだが、はっきりと私に言った。
あなたには悪いけど、もう、お父さんとは一緒でいられない。だから、分かって欲しいと。
そう言った母は、とてもくたびれて、さびしそうに見えた。
「...うん、わかった」
私は、こういう時は重苦しく返事をするのが普通なのだろうと思って、ゆっくりと返事をした。
母は少し泣いて、小さな声で、ごめんね、ごめんね、と何度も謝り続けた。
だけど私は、別になんとも思わなかった。両親はいつも仲が悪かったし、別れて当然だと思っていたから。
これで、ジメジメとした暗がりのような家から開放される。だからせいせいしたと思っていた。
私はまるで幼かった。
離婚ということは、私はどちらかについて行くことになるんだろうな、とは思っていた。
父と母、どちらに引き取られるのかもあまり興味がなく、むしろどちらにも付きたくなかった私は、数日の後、考えもせず家を出た。
しんと冷えた夜の空気の中、ぽつぽつと街灯が灯る道を、私は歩いていた。
大きめのボストンバッグに、着回しのきく服を何着かと、サブバッグとiPodを入れて。
ケータイと財布はポケットの中だ。財布には全財産が詰まっていた。
荷物が少なかったのはきっと、本気じゃなかったからだと思う。
「どこ行こうかな...ネカフェかな?」
独り言を言って、こじんまりしたネットカフェのある駅前まで歩くことに決めた。