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【完結済み】異世界転生うさぎ  作者: Usabean
第四章 キミとの休日
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16/42

<休日散歩>

しまった。


案内端末をずいぶん長いこと独占してしまっていたらしい。

ぼくは慌てて横へ避けながら、


「あ、すみません! 長く使いすぎ――」


と言いかけて、ようやく気づく。


……あれ?


今の。ぼくに向かって挨拶した?

聞き覚えのある声が、数拍遅れて頭の中でつながる。

はっと顔を上げると、そこには見慣れた少女が立っていた。


「あっ……!」


駅前のカフェでいつも笑顔を向けてくれる、あの店員さんだ。


「あ、カフェの……!」


思わず声が弾む。

彼女は少し照れたようにグレーの耳をぴくりと揺らし、ふわっと花が咲くように微笑んだ。


「ふふっ。気づいてもらえてよかったです。」


その笑顔を見た瞬間、胸の奥がふっと軽くなる。


「今日は制服じゃないから、一瞬わからなかったよ。」

「ですよね!」


彼女は嬉しそうに笑って、その場でくるりと一回転してみせた。

今日はいつものカフェのエプロン姿ではない。

クリーム色のゆったりしたパーカーワンピースに、小さなポシェット。

ラフな服装なのに、どこか上品で、年相応の可愛らしさがある。

休日の私服というだけで印象はずいぶん違うものだ。


……正直、かなり似合っている。


そんな感想を口にしたら照れさせてしまいそうで、心の中だけにしまっておいた。


「こんなところで会うなんて偶然ですね。」


彼女は嬉しそうに話し始める。


「今日は税金の手続きがあって役所に来てたんです。

 そしたら案内板の前で、ものすごく真剣な顔をしてる人がいて…

 『誰だろう?』って思ったら、いつものお客さんだったので。」

「はは……。」


思わず頭をかく。


「かなり夢中になってたから、周りが見えてなかったよ。」

「見ていてすぐわかりました。」


くすくす笑う彼女。

その笑い方まで、どこか癒やされる。

彼女は少し首をかしげると、大きな瞳で真っすぐ、ぼくを見つめた。


「そういえば……最近、お店に来られてませんでしたよね。」

「あ……」

「いつも仕事帰りに寄ってくださるのに、急に来なくなったので……。」


言葉の最後は少し小さくなる。


「どうしたのかなって、ちょっとだけ心配してたんです。」


そう言って、指先をもじもじと合わせながら照れ笑いを浮かべる。


……心配してくれていたのか。

その一言だけで、胸の奥がじんわりと温かくなった。


「いや、本当に仕事が立て込んでいてさ。」


ぼくは苦笑しながら肩をすくめる。


「植物園の取材記事を書いてたんだけど、気づいたら丸二日徹夜で。部屋にこもりっぱなしで。」

「えっ、二日間ですか!?」


彼女は耳をぴんっと立てて目を丸くした。


「ちゃんと寝ました?」

「記事を書き終わってから、丸一日寝てたよ。」

「寝すぎです!」


ころころと笑う彼女につられて、ぼくも笑ってしまう。

こうして誰かと他愛ない話をするのは、いつ以来だろう。


「今日はその代休なんだ。」

「なるほど。」

「だから街をぶらぶら見て回ろうと思って。」


少しだけ間を置いてから続けた。


「もし時間があるなら、このあと一緒に歩かない?」


彼女は一瞬だけ目を丸くしたあと、


「はいっ!」


と満面の笑みを浮かべた。


「もちろんです!私もちょうど手続きが終わったところなので、このあと暇です!」


その笑顔は、本当に花が咲いたようだった。

断られるかもしれない、と少しだけ思っていた自分が馬鹿らしくなる。


「じゃあ行こう。」

「はい!」


並んで役所を出る。


ルナ中央行政シティの駅前広場では、植物の浄化システムを利用した巨大な噴水が、七色の水しぶきを上げていた。

白い石畳に反射する光がまぶしい。

吹き抜ける風は少しひんやりしていて、噴水の水音が街のざわめきを優しく包み込んでいる。


「こっちへいきませんか」


彼女が元気よく先を歩き始める。

ぼくもその後を追いかけた。

案内された先は、小ぢんまりとしたアーケード商店街だった。


ルナニュータウンの大きな商店街とは違い、どこか昔ながらの温かみがある。


焼きたてパンの香り。

花屋から漂う甘い香り。

工芸品店に並ぶ手作りのランプ。


どの店先からも、店主たちの笑い声が聞こえてくる。


「この商店街、安いんですよ!」


彼女は目を輝かせながら右へ左へと忙しい。


「あっ、お花屋さん!」


「パン屋さんもいい匂い!」


「わあっ、あの雑貨屋さん見てください!」


ころころと表情を変えながら歩く姿は、まるで好奇心いっぱいの子うさぎだ。


「こっちです!」


ぐいっと袖を引っ張られる。

その勢いに少しだけドキッとしながら、ぼくは苦笑して後をついていった。


店内には、植物のツルを丁寧に編み込んだアクセサリーや、月の石を磨いて作られた淡く光るランプ、

小さな植物を閉じ込めたガラス細工など、思わず足を止めてしまう可愛らしい雑貨が所狭しと並んでいた。


「わぁ……!」


彼女は子どものように目を輝かせながら店内を見回し、そのままショーケースの前にしゃがみ込む。

その視線の先にあったのは、一つのブローチだった。

透明なガラスの中に、青白く輝くムーンライト・ダリアの花弁が閉じ込められている。


──あれは。


先日、取材で訪れた『月の花屋』で見かけたデザインだ。


「綺麗……」

彼女はそっとつぶやいた。


「でも、ちょっと私には大人っぽすぎるかな」

名残惜しそうに微笑みながら立ち上がろうとした、その瞬間。

気づけばぼくの手は、自然とショーケースへ伸びていた。


「えっ?」

「これ、ください」


自分でも驚くほど迷いがなかった。

店主が丁寧に包んでくれた小さな箱を受け取り、ぼくはそのまま彼女へ差し出す。


「いつも美味しい日替わりセットで、ぼくの健康を支えてくれているお礼です。」


少し照れくさくなって視線をそらしながら続けた。


「その……今日の服にも似合いそうだったから。」


彼女は一瞬ぽかんとした顔をしたあと、みるみる耳の先まで赤く染まっていく。


「そ、そんな……!」


両手で包みを受け取り、大切そうに胸へ抱き寄せる。


「ありがとうございます……!

 本当に、すっごく嬉しいです……!」


その笑顔を見た瞬間。

ああ、買ってよかった。

そう思えた。


店を出る頃には、彼女はさっきまで以上に上機嫌だった。


「あっ!!」


今度はアイス屋さんの前でぴたりと立ち止まる。


「これです!花蜜アイス!」


ショーケースを指差しながら満面の笑み。


「子どものころから大好きなんですよ!」

「へぇ、美味しそうだね。」


……花より団子、なのかもしれない。いや、ここでは花も食べ物か。

そんなことを思いながらも口には出さない。


二人でミニサイズの花蜜アイスを買い、商店街を歩きながら食べ始めた。

ぼくは数口で食べ終えてしまったが、彼女は大事そうに少しずつ味わっている。


「この甘さがいいんですよねぇ♪」


楽しそうに話しながら歩いていた、その時だった。


「わっ!」


彼女が小さくつまずいて体がふらつく。

反射的に手を伸ばすと、彼女の腕をしっかり支えることができた。


「ありがとうございます!…セーフでした!」

にこっと笑ってこちらを向く。


……その鼻先に、白いアイスがちょこんと付いていた。


ぷっ。

思わず吹き出してしまう。


「えっ? な、なんですか?」


彼女はきょとんと首を傾げる。


「ご、ごめん……セーフって言った直後に、鼻にアイスが付いてたから。」

「あっ!」


慌てて鼻を触る彼女。

その仕草があまりにも可愛くて、ぼくはまた笑ってしまう。


「もうっ!笑わないでください!」


そう言いながら本人まで吹き出してしまい、二人で顔を見合わせて笑い合った。

こんな他愛のない時間が、どうしてこんなにも楽しいのだろう。



――――――


商店街のパン屋で焼きたてのパンと温かなハーブティーを買い、ぼくたちは再び駅前広場へ戻った。

噴水の水しぶきがほんのり届く木陰のベンチ。

柔らかな風が吹き抜け、花の香りがふわりと漂う。

ハーブティーを片手に、ぼくたちは取り留めのない話を続けた。


植物園の取材のこと。

徹夜で記事を書き上げたこと。

編集長に褒められ、二日間の休みをもらえたこと。


「すごいです!」

彼女は目をきらきら輝かせる。


「記事が雑誌に載ったら、絶対買います!」


まるで自分のことのように喜んでくれる。

その反応が、なんだか照れくさくて嬉しかった。


今度は彼女の話を聞く。


実家はルナニュータウンの少し外れ。

子どもの頃から接客が好きで、今のカフェの仕事が毎日楽しいこと。

そして、いつか自分のお店を持つことが夢だということ。


夢を語る彼女の瞳は、月の空よりもずっと輝いて見えた。

言葉を交わすたびに思う。


笑う顔も。

真剣な表情も。

嬉しい時にぴんと立つ耳も。

照れた時にふわりと垂れる耳も。


その一つ一つが、不思議なくらい心に残っていく。



「植物園で事件があったって聞くと……」

彼女が少し心配そうに尋ねた。


「記者さんのお仕事って、怖くないんですか?」


ぼくは少し考えてから答えた。


「怖いこともあるよ。でも、それ以上に知らないことを知る方が好きなんだ。」


その言葉を口にした瞬間。

胸の奥が、小さくざわついた。

……なぜだろう。

まるで昔から、そうやって生きてきたような。

そんな懐かしい感覚が、一瞬だけ胸をよぎる。


ぼくは小さく笑って続けた。


「それより怖いのは……思い出せないことかな。」

自分でも驚くほど自然に言葉がこぼれた。


「まだ思い出せないことが多くて。」

視線が自然と足元へ落ちる。


「本当の自分が、どこかに置き去りになってる気がするんだ。」


少しだけ沈黙が流れた。


すると彼女は何も言わず、そっとぼくの隣へ少しだけ近づいた。

肩が触れそうなくらいの距離。

優しい声で、小さく微笑む。


「だいじょうぶです。」


その一言だけだった。


「きっと、思い出せます。」


このストーリーのショート動画も作成しています。

https://youtube.com/shorts/0UcN_6x8FkU?feature=share

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