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便箋小町  作者: 藤光一
第二章 失踪映画館編

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69衝動の秋空までおまかせを

忘れるまで覚えていよう

言葉に姿があるなら この紅葉より赤く あの鴨脚樹(いちょう)よりも永くずっと

ぎこちない姿でも山彦となって 空へと羽撃くのなら ここでいつまでも待とう


すぐ目の前には 動かないあなたがいる

あなたの水晶体に写るのは 動かない私


いつか私達の間を誰かが通るなら もう一度だけ心を奪われよう

秒針が重なった時 あなたは微笑ってくれるだろうか 叱ってくれるだろうか

何色でもない あなたの最初の言葉を聴きたい


そんな空唄のような言葉を 私は忘れるまで覚えていよう


・・・。



・・・・・・。



「ん・・・だぁーーーーーーーーーーーーッ!久々の外だぁあああああああああ!」


 乾いた快晴。僕はその空を掴み掛かるように、大きく腕を伸ばした。届く筈もない大きな空に対して。ミシミシと伝わる筋肉が伸びる音、久々に羽織ったダッフルコートの隙間を縫うように乾いた冷たい風が入り込む。以前までの風とは違い、より一層鋭くなった秋風は体躯を震わせるには充分なほどだった。僕やセンにとっては、ほぼ一ヶ月ぶりの感覚だ。独房から解放されたシャバの空気というやつは、こんな感じなのか。彼女もまた僕に感化されたのか、思いの限り背筋を伸ばしながら深く息を吸っていた。すーーーっと鼻から通る彼女の息遣いの音は、傍らに居るこちらにも聞こえてきてしまうくらい。彼女は存分に久々となる外の空気を吸い込んでいた。


「そうね、丸一ヶ月あの道場に居たもんね。空気が美味し・・・、くは無いわね・・・。」


「まぁ、君が住んでいた森と比べればね・・・。それでも、あの道場と比べれば開放感はあるなぁ。」


 そう、ここは大自然溢れる森の中ではない。何の変哲も無いごく一般的な街並みに佇んでいるのだ。そりゃ街の匂いと森の匂いを比べては、空気の美味しさなど雲泥の差である。ましてや森育ちのセンでは、どうだろうか。都会とは程遠い街とはいえ、外気のクリーンさは森と比べれば満足に至るのは到底難しい話だろう。ツグミ道場の門にはカイデンが人間大の姿で見送りをしている。流石に外では、小人サイズにはならないのか。まぁ、それもそうか。かえって外で小人の姿で現れて、目撃でもされたら色々と問題もあるだろうし。けれど、それはあくまでも彼が一般的な外見である事が必須条件に限られる。改めて、振り返って分析してみようじゃないか。

 茶髪の三つ編み。日本人離れした青眼で細い眉。この季節に道着を羽織った中性的な顔立ちが居るのだ。逆に目立ってるんじゃないかと思うのは、きっと僕だけじゃないと思いたい。二階建ての赤い屋根のごく一般的な一軒家だからこそ、そのぽっかりと空いた違和感は壮絶だ。見た目からしても十代前半に見えてしまうから、余計に違和感あるよなぁ・・・。


「おー、青年。いつでも遊びに来ぃやーーーー!」


 そんでもって、すっごいブンブン云いながら手を振っているし。妙にこの人は緊張感に欠けるんだよな。修行している時も常に飄々としたエセ関西弁を繰り広げてたし、今思えばむしろ緊張をほぐそうとしていたのか?振り返ればそうだ。この人の教えは一見滅茶苦茶のようだけれど、少なからず身に付いた気がする。実際、この人に会うまで自分の事を知らなかったし。僕には気の存在が無いという衝撃の事実も彼からだ。ただ、今思うとどうだろうか。周りは既に気付いていた?けれど、気が無いという異例さから皆、首を傾げていただけ?本来あるべき気が無いから、僕という存在は極端に気やマナが少ないタイプ程度だと認知していただけか。元々僕の周りは、索敵能力が高いタイプは少ない。それも強いマナに感知するタイプばかりだ。僕みたいに極端に無いタイプというのは、その索敵から除外されてしまう以上、確証が持てなかったのだろう。だからこそ、ためにはなったんだと思う。それに戦い方も身に付いた。次からは、僕も少しはサポートする事が出来そうだ。そんな自身は付いたんだと思う。そういう意味では彼の教えは、良い運びになっているのかも知れない。だから僕は彼に、こう言葉を返す事にした。


「そうですね、出来れば次は別の形で会いましょう。」


 次に彼に会う時は、お礼も兼ねて茶菓子でも持っていこう。彼の好物だという八ツ橋でも添えて。するとカイデンはニヤっと笑ったかと思えば、ハリセンでも引っ叩くかのように僕の肩を叩いた。


「なんやその云い草は。イサムはんは、ワイの弟子なんや。実家と思えば、少しは気が楽になるで?」


「それもそうですね。ここで身に付けた事、役立てたいと思います。」


「お世話になりました、カイデンさん。」


「ほななーーーーー!」


 再び彼は思いっきり手を振りながら、別れを見送っていた。後で聞いた話だが、レタ曰く彼は滅多にこの道場から外へ出ないらしい。その為、誰かと話をするのは久々なのだという。それが堪らなく楽しいのだと雄弁に彼は語っていたが、それだけ僕らが来た事自体嬉しかったのだろう。でも、何であの道場で引き篭もるような生活をしているんだ?何か、あるのだろうか・・・。まぁ・・・、それはいずれわかる事かも知れない。その時まで、この喉奥に収めておこう。



「行ってもうたか・・・。」


 彼らが去る中、寒空となった下でカイデンは家の玄関で黄昏れるように彼らを見つめていた。


「全く、何の因果やろか・・・。まぁ、お前があの芋虫を囲いたい気持ちも分かるで・・・。」


 カイデンは一枚の写真を懐から取り出した。モノクロに染められた一枚の写真。それは何年も何十年も月日が流れていた為に、モノクロというよりはずっとセピアに近い。写真の切れ端はすっかり茶色く焦げたように染まっており、写真の至る所に傷が目立っていた。その一枚の写真へと視線を落とすと、先程とはまた違った黄昏れの表情を浮かべていた。


「しかし、お前さんがまだ生きておったとはな・・・。」


 一呼吸分の溜め息を吐くと、その白く透き通った息は乾いた風に乗ると、寒空の向こうへと散っていった。


「たまには師匠に顔見せんかい・・・、コマチ・・・。」


 彼がそう云い残すと、かさりと舞った落ち葉を合図にツヅミ道場の扉は閉ざされた。



・・・。



・・・・・・。



カランコロンカラーンン・・・


 弾みの良いベルの音は、この喫茶店の扉が開かれた合図だ。そういえば、この音を聞くのも久々だな。周りを見渡すが、やはりこの喫茶店には正午だというのに客一人居ない。お店としてどうなんだろうか。やっぱり入り口に掲げている、“どなた様もどうかお入りください”が不気味だからだろう。バズり狙いのインフルエンサーだって、食い付かずに唾を吐き捨てるレベルだ。野良猫だって避けて通る。正直、あれを外した方が客足が伸びるだろうし、店の雰囲気もコーヒーの味も良いのだから余計に勿体無い。相変わらず店内は、コーヒーの芳醇な香りと木材の仄かな香りで溢れており、気持ちをリラックスさせる。休憩がてら、とりあえず一杯でも頂きたくなる気分だ。しかし、何ともまぁ変わり映えの無い雰囲気である。


「さて、とりあえず戻ってきた訳だけど・・・。」


「そうね。」


 珍しく店内はしんと静まり返っている。いつもであれば、邪魔にならない程度の音量でジャズが流れているのに。今日はピアノの一音すら聞こえてこない。そういえば、マスターも居ないな。休憩中なのかな・・・?あまりの静けさに少し気まずさすら覚えてしまった僕は、思わず右頬を軽く掻いた。


「なんか、体感では一ヶ月だけど、実際は十日くらいしか経ってないんだよね。」


「そうみたいね。ほら・・・。スマホに表示されている時計も、あの日から十日しか経ってないわよ。」


 センがそういうと、ぐいっと僕の目の前にスマホを突き出してきた。彼女の云う通り、日付は出発した日からちょうど十日経った日付だった。未だに実感が湧かない。まるで竜宮城から帰ってきた浦島太郎みたいだ。そして、これが時差ボケというやつだろうか。まだ頭が追い付いていないのかな。あぁ、本当にマスターが居てくれればコーヒーの一杯飲みたい気分だよ。というか、見逃してたけどちょっと待て。彼女の堂々と掲げるアレはなんだったか。えーと、よく思い出せ。


「え・・・、ていうか、いつの間にスマホを?」


 そう、彼女が手にしているのはスマホだ。しかも普通のスマホ。今年生産されたフラグシップモデル。価格は僕が持っているスマホの倍以上だ。それを彼女が?どっかの社長さんは未だにガラケーなのに?そんな彼女の表情は嬉しいというよりは、こんなもの持たされてもと云ったような有り難迷惑を物語っていた。


「うん。ヤドリの人たちが連絡手段で必要だからって、渡されたのよ。あんまり、こういうの好きじゃないんだけど。」


「まぁ、色々と便利だしね。」


「そう!何なのこの板⁉︎調べたい事すぐ出てくるし、映像もあるからトレーニングの参考になるし!めちゃくちゃ便利じゃない!こんなの依存するに決まってるじゃない!」


 あぁ、君もスマホの事を“板”っていうタイプなのね。“ギフト”ってやっぱそんな感じなのか。しかし彼女。自分に興味がある物(特に筋トレ系)だとかになると、物凄い流暢になるよなぁ・・・。今もそう。現代科学に目を丸々と大きくさせながら興奮気味に鼻息を立てて物語っているのだ。その瞬間だけは、流石の僕も少し引いてしまっている。そう、なんだかんだこの子は嬉しいのだ。


「なんか・・・、嬉しそうだね。」


「あ、いや、べ、別に・・・、ちょっと、面白いなって思っただけで・・・。」


 と思ったら今度は我に返ったのか、恥ずかしそうに体を縮こませて目線を逸らしていた。自分の中で少し前に出過ぎたと思った瞬間、前髪を直しながら目線を逸らすのは恥ずかしさを隠す彼女の癖だった。まぁ見た目は高校生くらいに見えてしまうからなぁ、人前で殻を破るのは苦手な方なのだろう。若さ故というやつだ。僕の方が断然彼女より何倍も歳下だけれど。あ、でも折角スマホ持っているなら、これ聞いた方が良いよな。


「そうだ!スマホ持ってるならさ、連絡先交換しておこうか。」


「ふぇッ⁉︎連絡先⁉︎あ、でも、まだそういう関係とかそういうのはッ!あぁ~いやいや、違う違う違うの!君の事が嫌だとかそういう意味じゃなくて。ほら・・・、なんていうか、ね。わかるでしょ?」


 急にどうしたんだろうか。彼女は頭に火でも点いたかのように顔を真っ赤にさせていた。今にも沸騰しそうな程で、目をぐるぐると漫画みたいに慌てている。なんか僕、変な事云っただろうか。


「いや、普通に連絡出来た方が便利かなって思っただけで。」


「あ・・・、はい・・・。」


 何故かその時のセンは、すんと急に落ち着きを取り戻したのか気の抜けたゴム風船のようだった。虚無となってしまった彼女はスマホを差し出し、その画面には承諾用のQRコードが描かれていた。


ピコン


 僕はカメラで読み取り、無事友だち承認を完了させた。


「うん、ありがとう。これで何かあれば、すぐ連絡出来るね。」


「うん・・・、そだね。」


 しかし彼女の顔はなんだかもの寂しそうで、虚無感に溢れかえっていた。何だか彼女にとって、求めていた答えと違っていたらしい。なんだ、僕はどこで選択肢を間違えたんだ。これが恋愛シミュレーションゲームなら、あの表情は間違いなくバッド評価の選択肢だぞ。すると彼女は何かに気付いたのか、虚無の顔から明るみを取り戻し、僕の肩に掛けていた手提げバックに視線を落とした。


「あ、そういえばイサム。途中で買ってきたそれ、どうしたの?」


「これ?久々に帰って来たからね、なんかあいつに、美味いもん食わせてあげないとなぁって思ってね。」


 そう、僕らはカイデンの道場を去った後、ここに来る前に少し寄り道をしていたのだ。久々に帰る事もあって、あいつの事だからどうせ碌なもん食べていない事だろう。ほっとけばインスタント麺にジャンクフード、お菓子にジュースといったジャンキーロードを航海しているのだ。例え悪魔でもそんな食生活は見過ごせん。僕と同居している以上はマシなものを食べてもらわないと。


「あいつって、あの悪魔の?」


「あぁ、チップだよ。」


「仲良いもんね。良い感じの凸凹コンビって感じで。」


「まぁ同棲していればね・・・、嫌でも・・・。」


「ちょっと待って⁉︎同棲⁉︎それ、どういう事なの⁉︎あなた一人暮らしじゃないの?」


 すると彼女は目の色を変え始め、目の前のテーブルを両の手で叩き付けていた。と同時に彼女の中で何かが崩れ始めた音も聞こえた気がした。わなわなと身体を震わせながら、こちらを睨み付けている。


「いや、元々はそうなんだけど、ひょんな事からあいつが転がりこんで・・・。」


「何それ・・・、羨まし・・・じゃなかった!へ、へーー、そうなんだー。え、じゃあ何。あの子、いつでもイサムと四六時中一緒って事?しかも手料理も振る舞って貰えて?何それ、パラダイスじゃない。羨ましい通り越して、もはやそれ妬ましいまであり得るわよ。」


 あー、すっごい。多分独り言なんだろうけど、ぜーんぶ聞こえているー。と、とりあえず後半は聞こえなかったという事で。以降もブツブツと親指を齧りながら呟いているけど、全部聞こえているんだよなぁ・・・。


「まぁ、ちょっと前までは、常に云い合いやら喧嘩やら落ち着きの無い毎日だったけどね。」


「あはは、あの子ちょっとしたムードメーカーさんだもん。」


 あ、駄目だこの人。すっごい妬ましい目でチップの事を視ている気がする。堪忍袋がパンッパンに詰まった状態で苦し紛れの笑顔見せているけど、その表情は流石にバレバレですよそりゃあ。いや、ここは変に拾わないで冷静に淡々と・・・、自然のままに返しておこう。


「違うよ、あいつはトラブルメーカーだよ。あぁ、でも落ち着きが無いのは・・・、今もそうか。」


「なんだかんだ認めてるって感じかしら?」


「あぁ、相棒だからね。」


「ふーーーーん、玉ねぎに、豚肉、ねぎ、生姜・・・、あとキャベツ・・・、生姜焼きでも作るの?」


 すると彼女は興味を逸らしたのか、今度は手提げバックの中を覗き込んでいた。材料からお察しの通り、これらの食材で出来る料理といえば生姜焼きである。あの日以来、余計にハマったのだという。僕は少し多めに買った食材の入ったバックをテーブルの上に置き、玉ねぎをひと球取り出した。外気の風にさらされた為か、しっとりと冷たくなった玉ねぎを握り締める。


「これが好きなんだと。」


「本当、変わった悪魔ね。あの子は。」


 云われてみれば、生姜焼きが好きな悪魔なんて聞いた事があるだろうか。実に庶民的過ぎる悪魔。まぁ、先述の通りだ。どうせジャンクに頼り切った食生活をしているんだ。ちょっとしたご馳走を振る舞ってあげようじゃないか。あの変わり者の悪魔に。すっかり乾き切った玉ねぎの皮を摩り、小ぶりの玉ねぎをテーブルの上にそっと置いた。コロコロとテーブルの上で緩やかに回り出す中、それは一変してダンっとスーパーボールのように一打飛び跳ねた。


ドタドタドタ・・・


 雪崩れ込むように押し寄せてきたのは、(せわ)しない表情でこちらに駆け付けてきたレタだった。その顔はいつも以上に眉を尖らせ、鬼のような剣幕でこちらへと足跡を響かせながら向かってくる。あれ・・・、僕何かしただろうか・・・。全く身に覚えがないのだが・・・。


「イサムくん!帰ってきたのね!」


「やぁ、レタさん。お久しぶりです!見てくださいよ、この筋肉!凄い付いたと思いません?」


「そんな事はどうでも良いの!」


「そ、そんな事・・・。」


 僕のファイティングポーズは、彼女のノールック且つたった一言の一喝で葬送されてしまった。まるで瓦礫のように崩れてしまう思いとは、まさにこの事か。僕は蒼白となった顔色で空っぽの天井を見上げていた。でも出来れば、彼女に成長した僕の姿を見て欲しかった・・・。あぁ、そうか。これが筋トレ始めたての周りの目線か。ここまで乾いた空気だったとは思いもしなかったよ。嘘でも良いから、世間体の一言でも感想が欲しかったなぁ・・・。彼女のあまりに素っ気ないリアクションにショックを受けた僕。そう・・・、僕は石像。今は石像のような存在だ。その傍らからひょこっと顔を出したセンは、慌てるように駆け寄ったレタを不思議そうに見ていた。


「どうしたの、レタ?なんか慌てているようだけど・・・。」


「良いから、アジトに来て!詳細は、そこで話すからッ!」


 すると彼女は僕の胸ぐらを掴み取り、ゴムのように引っ張り上げられたシャツがまぁ伸びる事、伸びる事。


「いやちょ、ちょ、ちょっと!そんな急いで引っ張らなくても!」


 何故にこの人は慌てているのか。というか何の断りも無しに、僕のシャツをこんなに引っ張り上げるのか。というか、このシャツ高かかったんだけど!(当社比較で。)全く、容赦が無いというかなんていうか・・・。


「ていうか、シャツ!めっちゃ伸びてます!あんまり引っ張らな・・・い、でっ!」


「大丈夫よ!そのシャツ、最初からダサいんだから、今更引っ張って伸ばしたところでダサさは変わらないでしょ⁉︎」


「ダサくても、高かったんです!一応、秋のトレンドですよ⁉︎」


「どうせ、某デパートの紳士売り場にあるマネキンが着ていた展示品を買った奴なんでしょ⁉︎それがダサいって云ってんの!」


「はい・・・。」


 グサグサと物の見事に的中した図星は、全てクリーンヒットとなりも僕の残りライフは赤く点滅していた。マネキンが着ている服を参考にしちゃ駄目なの・・・?これでもちょっとは考えたんだよ・・・。


「イサム・・・、ごめん・・・。イサム自身は嫌いじゃ無いけど、その服はちょっと・・・。」


 センーーーーーーーー、お前もかぁああああああ!いや、冷静になれ垂イサム。こういう時こそ、俯瞰になれ。僕と彼女らは決定的に違うものがある。それは人間と妖怪である事だ。今まで僕は漏れなく、その妖怪や悪魔にこのファッションセンスを否定され続けてきた。そうだ、彼らとは価値観が違うだけだ。冷静になれ、垂イサム。他の一般の人たちは僕を見て、そんな目で見ていただろうか・・・。

 ・・・なってたわ。そういえばこのシャツ買う時の店員さん、最後まで僕と目線逸らしてた気がするわ。ちくしょーーーー!誰でも良いから、ダサいだけで留めないで、誰か改善策を教えてくれよぉおおお!と、僕は心の中でその思いの丈を声が枯れるまで叫び散らかした。するとレタは僕の両肩に手を置き、じっと僕を見つめる。


「良い?イサムくん・・・、落ち着いて、良く聞いて頂戴ね?」


 それはいつに無く、やはり落ち着きは無い。額からは珍しく汗を滲ませており、呼吸も少し荒めであった。


「いや、落ち着くも何も・・・。少なくともあなたよりは・・・。」


パンッ


「うっさい!とりあえず、簡潔に話すわね‼︎・・・良いッ⁉︎」


 僕の一言が余計だっただろうか。気が付くと僕はレタに思いっきりひっぱ叩かれていた。あれだけカイデンと修行を繰り広げていたというのに、彼女の高速ビンタがまるで捉える事が出来ずにいた。そうして真っ赤に張り手模様を浮かべ上げた僕の左頬は、ジンジンと痛みの鼓動を打ち続けていたのだ。つまり、メチャクチャ痛いって事だ。


「あ、はい・・・。」


 そんな僕が返せる言葉といえば、等身大よりもずっと小さく収縮してしまった肩身の狭い僕の姿だ。魂すら抜け落ち、虚無と云っても過言ではない。


「イサムくん!帰ってきて早々申し訳無いけど、君にとっては緊急事態なのよ。」


 彼女はそう云いながら、グラグラと僕の身体を振り子の様に揺らし始める。それでもまだ頬の痛みは引かないし、落ち着いてもクソもなく、余計に落ち着かない一方だ。漸く我に返った僕は彼女の手を振り払い、転げ落ちそうになった玉ねぎを拾い上げた。


「な、何ですかレタさん!一体、何があったんですか、僕らが居ない間に⁉︎」


 さっきの衝撃で少し凹んでしまった玉ねぎを見つめながら、そう返した。だが、次の瞬間。彼女の口から飛び出してきた言葉は、息が詰まっても可笑しくなかった。それぐらい受け入れられない言葉だったし、俄かには信じ難い言葉でもあった。


「悪魔くんたちが・・・悪魔くんたちが帰ってきてないの!十日前からずっと‼︎」


「え・・・?」


 その言葉を合図に、玉ねぎはすとんっと僕の手から離れていき、床へと転げ落ちていった。必要以上にゆっくりと時は引き延ばされ、僕はその衝動に身を震わせていた。

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