61道場の小人とおまかせを
限りがあるから 美しいのだ
一杯の匙にも 溢れていては意味が無い
無限とは 総じて面倒なものだ
どんなにそれが美しくあっても いつかは何の変哲も無い花と変わらなく見えてしまうだろう
ならばそう
私は初めから その花のままで良かったのだ
どちらを選んでも 時を刻む数は変わらないのだから
・・・。
・・・・・・。
ヤヅギの戦いから一週間が経過した頃の話である。無事、センを保護した僕ら一行は普段通りの生活に戻った。まだ一週間という短い期間ではあるけれど、少しずつセンもここでの生活に慣れつつあるところだった。あれからというもの、完全に疲れが癒えたといえばまだまだ芳しくない。ソーアはどうやら逸れた時に神経毒を受けたようで、帰宅後すぐに治療を行った事により後遺症も残らずに済んでいる。中でも一番ダメージを受けたのはレタだろう。ヤヅギに折られた指たちは、応急処置もあって回復はしているところではある。雪女特有の冷やす能力が相まって、骨折した指を早い段階で冷やしたことにより通常よりは回復が早いようだ。通常の人間であれば全治三ヶ月はくだらない所ではあるが、一週間経った今ではだいぶ痛みは引いて来ているらしい。本当に妖怪たちの回復力というか生命力は、やはり人間の常識とは一癖も二癖も違うようだ。とはいえ、包帯でぐるぐる巻きにされた指は嫌でも痛々しく見えてしまうのが少し心配な所である。日常生活に支障をきたさない程度ではあるらしいが、それでも本調子まではまだ遠いと彼女は云う。そんな事もあり、僕はバイト感覚で彼女の仕事をサポートする為に今日も“ヤドリ”にやってきた訳だ。
と云っても、実際のところは殆どが事務作業に限る訳だ。彼女も事務作業は苦手だから助かるとは云っていたけれど・・・。肝心の保護活動に関しては、中々足を踏み入れる事が出来ないままである。僕としては、丁度良いリハビリになるから良いけど。そんな中、チップは今回別行動である。どうやら、あれ以来ソーアたちと意気投合したのか良く遊んでいるらしい。今日も彼らは一緒に映画館へ行ってくると云い、チップはうきうきしながら先に飛び出してきた訳だ。曰く読んでいた漫画の劇場版が公開されたらしく、丁度ソーアも同じ漫画のファンらしく、ここでもまた意気投合したとの事だ。それで保護者代わりに今回はシウンも同行し、三人で映画鑑賞に出向いたのだ。なので、僕は一人でここ“ヤドリ”に来ている。
「・・・で、藪から棒にどうしたのよ急に。」
くるりと椅子を回し、眉を下げながら彼女はボールペンのノック部分をこめかみに当てながら聞き返してきた。
ある程度、書類整理を終えた僕はレタの云うように藪から棒にこんな事を訊いてみたのだ。「強くなる為にどうすれば良いですか?」と。別にふと思いついたものでは無い。それは前々からずっと思っていた事だ。僕は彼女らのように、何の能力も持っていない普通の人間だ。それでも人間なりに強く出来るポイントはあるのではないか。素人ながら、僕はそう思いに至ったのだ。とはいえ、その方法が分からない。ジムに行って基礎体力を?それだけでは足りない。もっと、戦闘において皆の力になりたい。それならば実践経験もあるヤドリならば、何かしらの方法が見つかるかも知れない。
「はい、今までの騒動が色々ありましたけど、やっぱり僕も力を付けるべきかなーって。」
「んー、君は普通の人間なんだから、無理する必要はないと思うけど。ほら、適材適所って奴があるでしょ?それにイサムくん、何かスポーツやってきたとか学生時代に空手やってたとかそういう訳じゃなさそうだし。体型的にもフットワークが軽いって感じでもないからなー。」
「本当に思った事ズバズバ云いますよね、レタさん。結構その言葉、グサグサ刺さってますよ。・・・けど。今のままじゃ駄目だと思うんです。僕自身も今よりも強くならないと、これからの事を知る為には必要なんです!」
彼女は、何の申し訳の無い素振りをピクリとも見せずに口を走らせていた。何というか薄皮一枚くらいオブラートを残してくれても良かったのに、平然とズバズバと投げナイフのように飛ばしてくるのだ。それでも彼女は顎下に人差し指を添えながら、眉をやや上げる。反応的にどうだろうか、何かあるのか。彼女が指導してくれる・・・、という訳ではないようだ。むしろそれは端から無い。
「そう・・・ねぇ、でもツテが無い事も無いわ。君が本当に強くなりたいならね。」
「本当ですか⁉︎なら・・・、是非!」
少し間を置いた後に、彼女の口から溢れた。ツテという事は何か知り合いでも居る、という事か。レタを含め、ソーアやシウンも自力で鍛え上げたものだけでは無いだろう。独特な呼吸の仕方、構え方。この三人には一見それぞれ別々の構え方に見えるが、僅かな共通点がある。その事から戦い方を誰かから教わって練り出したのではないか、そんな仮説も立てる事が出来る。思いの外、すぐ見つけられそうで助かった。そんな思いが強まったのか、僕はつい前のめりに言葉の語気が強まった。
「じゃ、案内するわ。ここから割と近い場所だし。」
「ありがとうございます!」
そう云うと彼女はスマホを取り出し、ぽちぽちとどこかにメッセージを打ち込んでいた。宛先は先程云っていたツテだろうか。しかし中身は妖怪といえど、この時代ならでは女性だからと云うべきか。スマホに文字を打ち込む速度は、女性ならではのスピードだ。両手の親指を巧みに操り、サクサクと打ち込んでいく。現在治療中の指は主に人差し指と中指であって、親指と小指は健在。それ故にタイピングの速度に支障は無いらしい。数回のメッセージのやり取りの中で、どうやら問題無くこの後のアポを取る事が出来たようだ。場所はここから五分程の距離。・・・って云ってもそんな場所あったかなぁ。この辺の地理は、そこまで詳しく無いけれど。先方とのやりとりを終えたレタは、スマホを背面に向けた状態でデスクに置いた。この辺もやっぱり女性らしい。変に待ち受け画像やら通知を見られたくないのだろう。代わりにスマホ背面には、デフォルメされたサンタの顔が描かれている。
そういえば、車のキーもサンタのキーホルダーが付いていたな。雪女だけに、こういうのが好きなのかな?機会があれば、聞いてみよう。そんなレタは椅子の背もたれに深く寄りかかり、天井でも見上げるようにこちらへ顔を向けた。
「そういえば、今日は悪魔くんは一緒じゃないの?」
「あれ?聞いてませんでした?あいつ今日は、ソーアたちと出掛けるって云ってましたよ?」
僕は事の顛末を簡易に伝えた。そう、今日はソーア達と映画館に行くのだと。というかレタに伝えてなかったのか。彼女の反応的にも、今初めて聞いたような素振りだったけれど。彼女は足で床を軽く蹴り上げ、椅子をキッと軋む音を奏でながら半周させた。
「あ、だからあの子居ないのか。不思議なもんねぇ、あの二人あんなにガリガリ歪み合ってたのに。」
彼女は考え込むように腕を組み、何とも不思議そうな顔でそう呟いた。けれどその表情は満更でもなく嬉しそうで、先日まで頭を抱えていた保育士のようなイメージを添えると割としっくり来る。それもそうだろう。あんな磁石でいえばS極同士を向かい合わせにしたような二人だったのだ。いや、ちょっと違うか。デコくっつけながら歪み合ってたし。一体どこでどのタイミングであんなに仲良くなったんだか。
「それって類友って奴じゃない?あの子たち、似た者同士だから。」
「あら、センおかえり。もう稽古は終わったの?」
すると、僕らの傍らに近寄ってきたのはセンだった。首から真っ白のタオルを掛けながら、額から溢れている汗を拭いながら話しかけてきた。あの日以来、この少女は和服を着ていない。何か特別な理由があったとかではなく、純粋に洋服の方が過ごし易いのだという。グレーのトレーニングウェアを着用しており、袖を通さずにウィンドブレーカーを肩に羽織っていた。レタの云うようにさっきまで稽古していたからだろう。お世辞にもそのコーデに派手さは無く、動き易さ重視の質素なものだ。そういえば、朝来た時からずっと居なかったもんな。それまでずっと稽古を?それはそれで凄いな・・・。というかセンとトレーニングすれば良くないかなと思ったけど、折角ツテもあるようだしレタのメンツを潰す訳にもいかないか。
「えぇ。一応、これ私の日課だから。レタ、仕事手伝うよ。」
「ありがと、助かるわ。」
センの言葉に甘んじたレタは、数枚の書類を彼女へと渡した。話に聞くとセンの日課は、午前の殆どは稽古で午後から仕事の手伝いをしているらしい。レタ曰く仕事を覚えるスピードは中々のもので、たまに聞く一度教えたら覚えれる即戦力型のようだ。事務作業は勿論の事、殆どの業務を滞りなく熟してくれると云うのだ。あぁ、こういう後輩ってモチベ上がるよなぁ・・・。まだセンがここに来てくれて一週間くらいだけど、少し僕の中では気になる事があるのだ。例えばそう、こんな感じで何気無く声をかけてみると・・・。
「やぁ、セン。こっちの暮らしは慣れてきた?」
「う・・・、うん、だいぶ・・・、えっと、ちょっと・・・。」
と、まぁこんな感じで絶妙な距離を取られてしまうのだ。首にかけていたタオルで口元を隠し、あまりこちらに目を合わせない感じ。んー、何か僕しただろうか・・・。
「・・・ん?」
オドオドと焦りを見せているセンに対し、レタは首を傾げていた。その様子を見て、何かを閃いたのかそれとも得意の女の勘という奴が働いたのか、その表情は徐々に移り変わる。広げた親指と人差し指の間に顎を乗せ、ニヤニヤと何かを企んでいるかのような顔で僕を覗き込んでいる。
「あ、あの・・・、稽古したばっかりだから、その汗臭いと思うから・・・、あんまり近寄らない方が。」
センはタオルに顔を埋めるように、顔を隠しながら一歩二歩と後退りし出す。あ、そうか。自分の汗を気にしているのか。見た目も十代半ばの高校生くらいの姿だし、結構そういうの気にする歳頃なのかな。
「そういえば、センは普段どんな稽古をしているの?出来ればちょっと付き合って欲しいんだけど。」
「ふぇッ⁉︎付き合う⁉︎あ、でも付き合・・・、ってそっちの意味じゃないか。べ・・・、別に、良いけど・・・。」
「ん?・・・大丈夫?」
センは何かに起爆でもしてしまったかのように顔を真っ赤に染め上げながら、ぷしゅ~っと耳から蒸気が溢れ出る。あれ・・・、センってこんな子だったけかな。初めて会った時はもっとサバサバしたクールな感じの雰囲気だった筈だけど。レタはそんな会話を聞きながら、背筋を伸ばすように両手を上に挙げるストレッチをしている。張り詰めたゴムを飛ばすようにパッと勢い良く両手を広げると、ジャンプでもするかのように椅子から立ち上がる。一応云うけど、この人ほんとに怪我人なんだよな・・・。妖怪の生命力すげぇ~~・・・。
「じゃ、ちょっとあたしらで行きますかね。ティミッドー、お留守番頼んだわよー?」
「えぇ、どうぞどうぞ、お達者でー。」
彼女は誰よりも一歩速く前へとスタスタと進み出し、部屋の隅でボトルシップを製作しているティミッドに手を振る。ていうかこの人、仕事しないでいつもボトルシップばっかり作っているな。そんなこんなで僕とノリと勢いで巻き込まれたセンは、スタスタと外へ向かうレタについて行く事になった。
・・・。
・・・・・・。
カランコロンカラーーーーーー・・・ンン
忘れてはならない。彼女らが住む“ヤドリ”のアジトは、ここ“喫茶 雨やどり”の地下に当たるのだ。本日の天気は曇り。実に秋らしく、カラッと染まった冷たい風を吹かせている。気温は十五度を下回る。三十度越えばかりの夏と比べて、当然ではあるが素肌を出すには躊躇してしまう。肌を突き刺してしまうような乾いた風はコートを靡かせ、無慈悲に僕の体温を下げようとしてくる。先導するレタはその風を突っ切り、「今日は、丁度良い風ね。」と口ずさみながらスタスタと歩いて行く。この芯から冷やそうとしてくる秋風を心地良いと表現してくるあたりは、雪女ならではと考えるべきか。というか彼女の行き先はどこへ?特に行き先も告げずに、ただついて来てというだけだった。この人、直前になるまで云わないタイプだからなぁ。こっちからアプローチしないとやっぱりダメか。僕はふぅっと溜め息をそっと聞こえないように履き溢してから、会話を切り出した。
「ところで、僕たちは今どこに向かっているんです?」
「ここから五分くらいかしらね?今あたしたちが向かっているのは、ツグミ道場ってとこよ。」
そう、彼女は聞けばすぐ答えるのだ。というか初めからそう教えて欲しいものだけれど。ミリタリージャケットを靡かせ、灰色のアップポニーテールが揺れる後ろ姿。彼女は振り返る事なく、そう答えた。
「道場・・・!そこでも稽古が出来るのね!」
一際前のめりになりながら、手を組むセン。どうやら“道場”というワードに反応したようだ。まるで、ウィンドウガラスに置かれた季節もののデザートを目にしている程の乙女のトキメキそのもの。流石、青天狗。己を鍛え上げる事に何よりも重きにしているこの種族は、実に興味津々だ。センがこちらに来てから数日、街にはジムという身体を鍛える場所があるのだと話した時なんて爛々と目を輝かせていたくらいだ。彼女のトキメキ具合に流石のセンも少し引き気味に反応しており、キリッとしていた眉を下げさせていた。
「まぁ、そうだけど。キラキラさせてるけど、今日あんたじゃなくて、イサムくんだからね。」
「わ、わかってる・・・。ただ、ちょっと興味湧いただけで。」
レタにそう云われたセンは我に返ったのか、人差し指を合わせながら恥ずかしそうに下を向いた。しかし道場か・・・。ん?けど、この辺に道場なんてあったけかな。喫茶店の周辺なんてちょっとした住宅街だ。何度か“雨やどり”を訪れてきたけど、そんな道場らしい建物なんてあった記憶が無い。強いて云えば子どもが遊ぶには物足りない遊具が並んだ小さな公園があるくらいだ。けど、待てよ・・・。彼女のような妖怪が案内する道場な訳だ。無論、普通の道場な訳が無い。考えられるのは、それに精通する道場。だったら、普通の人間には可視出来ない道場だというのも考える事も出来るだろう。そう僕が考えに耽っている中、いつの間にかレタが僕の隣で歩幅を合わせるように歩いていた。何やら企んでいるかのようなニヤニヤとした笑みを浮かべながら、こちらへ顔を覗かせている・・・。わかるぞ、こういう時って大体ロクな事を口走らないんだ。
「時にイサムくん。一体、いつの間にあの儚い乙女を口説いたのかしら?」
「へ?な、何云ってんですかレタさん!」
ほーら、見た事か。何を口走ったかと思えば、とんでもない話題をぶち込んできたではないか。
「君もあの子のさっきの反応見たでしょ?絶対あれ、気にかけてるリアクションだよ!」
彼女は更に畳み掛ける。その表情は完全に揶揄っているそれだ。目を細めながら上目遣いを巧みに使い、こちらへ肘打ちをしてくる。
「そうですかね・・・、ただ緊張してるだけだと思いますけど。」
僕は思わず頭を抱えながら、そう答えた。そう、こういう時に来る話題なんて、何を云っても無駄なのだ。肯定しても否定しても返ってくるのは大体あんな感じに来るのだろう。僕は頭の中で次に来るであろうセリフを思い浮かべる。
「絶対そうだって!普段のセン、あんなによそよそしくないもん!」
と、まさに頭の中で思い浮かべていたセリフが彼女の口から出た。それでも彼女は気を遣ってか、そう大きな声は荒げずに耳打ちをしながら尋問してくる。対するセンは都合の良い事に気付いていないのか、絵を描くように空を見上げながら歩いている。余程、彼女が案内しようとしている道場が気になっている様子だ。ある意味、都合が良いかも知れない。
「今度、デートでも誘ってみたら、あー・・・。その前に、君のファッションを何とかしないとね。」
「どっちにしても、大きなお世話です!」
ちょっとムキになった僕は、ずっと肘をついてくる彼女を振り払った。いや、ほんと。なんでいつも僕の服のセンスを突っ込んでくるんだ。そんなに変か、僕のファッションは・・・。
・・・。
・・・・・・。
そんなこんなで辿り着いたのは、とある一軒家。とても見た目からして道場のようには見えない。赤い屋根を付けた二階建ての一軒家で、その壁面は木目調で構成されていた。だからこそ、どうしても道場には見えない。道場らしい門も無ければ、彼女が云う“ツグミ道場”なる看板すら無いのだ。彼女は相変わらず先導してその家のチャイムも鳴らす事無く、玄関の扉を開けズカズカと奥へと進んでいく。中に入って驚いたのは、この家は外見と大きくイメージが異なっていた事。道場というに相応しい広間。木目調の床に数十人が同時に組み手をしても、まだ余裕があるくらいの空間だ。その中央には、ポツンと深緑色のふんわりとした座布団が不自然に置かれている。だがよく見るとその座布団の上に何かある。よく目を凝らすとその座布団の上には、手のひらサイズに収まる程の大きさの人が胡座を掻いている。小人・・・、だろうか?白を基調とした道衣にはネイビーのラインが施されており、袴はネイビー一色で統一されている。少し明るめの茶髪にはピンと立てた羽根飾りの髪留めをしており、サイドのおくれ毛を三つ編みにしているのが特徴的だった。目はアクアブルー、まるでコップ一杯の水に青の絵の具をほんのりと落としたような色合いだ。容姿はどちらかと云えば童顔。そんな見た目から女性にも男性にも見えてしまうが、レタ曰く男性のようだ。
「で、レタさん。彼がその・・・、なんていうか例のあれですか?」
だからこそ、僕は恐る恐る溢れそうになるコップを持ち上げるように聞いてみた。
「そうよ、彼の名前は・・・。」
「お、自分が垂イサムはんかいな?よろしゅうな、ワイがその噂の妖怪。名前はちゃーんとあるで?西野カイデン云うねん、せやからワイの事は先生なり師匠なりゆーてや。」
彼女が紹介しようとすると、それに割り込んでこの小人は独特な関西弁で乗り出してきた。いや、待て待て待て。なんか色々とツッコミどころがポンポン出てきて、追いつかなくなってしまうじゃないか。目の前に居るのは、座布団に胡座を掻くファンタジー世界に出てきそうな小人だ。それに西野カイデンって人の名前にも寄せたような名前だし・・・。しかも、コテコテの関西弁で・・・。いや、正確にはちょっと違うような。関西弁にしては、少し関東寄りというか・・・。あぁ、そうだ。どちらかというと関西弁に憧れて、それを真似る関東人の喋り方に限り無く近い感じだ。それをナチュラルに堂々と使っている。僕は思わず眉間に皺を寄せたところに人差し指と中指を当てながら、“の”の字を描いていた。
「えと・・・、レタさん。もっかい確認しますね。この・・・、グリム童話に出てきそうな小人がですか?」
「なんやとコラ、誰がせっせと主人の寝てる間に靴を作る小人やねん!ワイは鵺っていうれっきとした妖怪やがな!」
鵺と明かしたこの妖怪は、座布団をボフンっとその小さな足で踏み付けながら怒っている。小さな人差し指を槍のようにこちらへ向け、僕の発言に対して明らかな敵視を送っていた。
「しかも、関西弁・・・。」
「あぁ、コレな。気に入ってるから使ってん。別に地元がどうとかないで?」
良い加減気になったその関西弁について、ぽろっと口に出すとカイデンは血色をコロリと変えていた。小人と勘違いされた事には癇癪を起こすように顔を真っ赤にさせていたが、関西弁については別にそうでは無いらしい。というかやっぱり関西人って訳では無かったんだな。まぁ、人間でもそういう人が居るから妖怪に居ても可笑しくないか。
「そ、そうですか・・・。」
「喋り方なんて、自由やろ別に。生まれがどうとかで、他所もんが方弁使うんやないとかケッタイな事云わんでやー。今や何でも自由化の時代やろ?好きにさしたってくれや。」
「ま、まぁ・・・、別に気にはならないですけど。」
しかし、このノリというかグイグイとこちらに前のめりになるような話し方は、やっぱり何となく苦手だ。この何というか自由奔放さを言葉に乗せたような口調は、不思議な感覚だ。というか鵺って妖怪、どんな妖怪だっけか。ふとそう思った僕はスマホで検索をし、鵺の情報を覗いてみた。
妖怪 鵺
日本の伝説に登場する妖怪で、猿や虎、蛇などの身体が合わさったような容姿。トラツグミと呼ばれる鳥と同じ鳴き声を持ち、羽は無いが空を飛ぶ事が出来る。その独特で不気味な鳴き声から人々を悩ませたり、飛び回る度に雷鳴を呼ぶという。
・・・って書いてあるけど、全然見た目と文献で書いてある事と違うような気がする。まぁ、実際のものと書いてある内容なんて多少の拍車はかかっているから、これも仕方ないのかも知れないな。つい何度かスマホとカイデンと名乗る小人を往復するように見つめていたが、やっぱり見た目が全然違う。
「なんか、書いてある文献とあるようですけど・・・。夜になるとヒョーヒョー鳴くとか書いてあるし。」
「ボケッ!誰が発情期真っ最中のトラツグミやねん!あの時は、ワイがた・ま・た・ま気に入って住んだ場所がアイツらと一緒だったんや!それを人間の自分らが、勝手に一緒してごちゃごちゃになってもうたんやで⁉︎誰が悲しくて夜に『ヒョーヒョー』鳴くねん!こっちからしたら、良ぇ迷惑やボケッ‼︎」
どうやらこの話題は、彼にとって相当根に持っているらしい。小人ながら物凄い剣幕で、次から次へと言葉に言葉を重ねて畳み掛けてきている。しかし、この人は一体何者なんだ。妖怪で、鵺・・・。文献から察するに西洋でいうところキマイラみたいなものかな。色んな動物を掛け合わせて・・・、ってそんな要素も無いよな。やっぱり見た目は普通の人間だ、小さいだけで。彼は自分の事を師匠と呼べと云っていたけれど、この人がもしかして僕に教えてくれるというツテなんだろうか。そう疑問に持つのも無理も無い。僕とセンは顔を合わせながら、あっけらかんとしていた。僕らの様子を見たレタは、何となく僕らの思っている事を感じ取ったのか、ふふっと笑みを弾ませた後にこう語る。
「私もソーアたちも、彼に戦いの基本を教えて貰ったのよ。こう見えて、教え方は上手い方だから保証するわ。」
「レタはーん、そりゃあないで。初対面の人に、堪忍やでそりゃ。自分、こう見えて生真面目な方なんやでー?」
カイデンは両手を後頭部に添えながら、弁解を始めていた。いやあんたも初対面の人に、よくもまぁ遠慮無く「ボケ!ボケ!」とかますのも中々だと思うけどなぁ。少し飄々とした彼の口ぶりからは、お世辞にも根っからの生真面目さは残念ながら感じ取りにくかった。どちらかというと彼の第一印象を上げるならば、自由奔放でありお調子者というところじゃないだろうか。
「はいはい、分かってるわ。兎に角、イサムくん。彼から戦い方の基本、学んでね。」
「あれ?レタさんも一緒にやるんじゃ・・・。」
「冗談!仕事が山積みなのよ。それにほら、これ。」
と、彼女は両手をこちらへと向けてきた。包帯でぐるぐる巻きにされた人差し指と中指、左手のみ薬指も同じく巻かれている。おっと、これは失念だった。そういえば、彼女は怪我をしているんだったっけか。指以外は本当に元気そうだから、つい忘れてしまう。そんな両手を見せてきた彼女の表情は、実に冷めた眼差しを向けていた。それ以上の事をあたしに云わせる気?とでもいうかのように、僅かに左頬を膨らませながら睨んでいたのだ。僕はその見えない圧に押されてしまっていた。
「あ、そいえばそうでしたね。」
「だいぶ指は動くようになったけどね、まだ本調子って訳にはいかないのよ。ってことで、それじゃあ!」
そう云い残した彼女は、颯爽と飛び出して行ってしまった。何だろう・・・、理由は一応そうあれど、どこか今の彼女は一目散に逃げるように去っていったような・・・。
「あ、行っちゃった・・・。」
「行っちゃったね・・・。」
完全に放り出されたというか置いてけぼりとなった僕とセンは、ツグミ道場とやらに残る形となった。するとカイデンは頬杖をついた状態で、こちらへと笑顔で手招きをしていた。彼に導かれるように傍らまで近付くと、ここに座れと人差し指で合図を施す。指示されるがままに、僕らはその場に座る。
「ほいで、自分。なんでまた、戦い方なんて知りたいんや。現代の世の中じゃあ、別に無理に必要な訳ちゃうやろ?」
「強く、なりたいからです。」
「ほーん、強くねぇ・・・。どっちのや?」
「どっち?」
「強くなるんゆーたら、パワーかハートかどっちかになるんが定石やろがい!んで、自分はどっちや?」
なんだ・・・?明らかに、さっきと雰囲気が違う。小さい身体の筈なのに、彼から発せられる眼力はまるで猛獣に視線を贈られているみたいだ。その圧力につい萎縮してしまいそうな、全身のけが逆立つような感覚に陥ってしまいそうなプレッシャーは何だ・・・?これは、何かを試しているのか?彼はこの質問で、僕の何かを試しているとでもいうのだろうか。ここは変な嘘は抜きにして、正直に答えるべきか。なら・・・。
「両方・・・、です。」
「ほぉ、欲張りさんやな。ついでに聞いたるわ。その強さの先は、自分・・・、何を求めてるんや?」
また目の鋭さが変わった。さっきよりもずっと鋭利に。研いだばかりの刃を向けるように、ずっと繊細に。この瞬間に僕は感じ取った。彼はレタやセンよりもずっと強い。力だけじゃない、その小さな身体に内包するマナと呼ばれるものは何倍にも感じ取れる。怖気付くな。目を背けるな。彼の目がそう訴えかけているようにも見える。
「この手で、今日まで届かなかった誰かを、誰かを守れるようになりたいです。」
「けったいな夢やな、人間らしくて三流役者ばりにチープでバタ臭いねんな。」
「は、はぁ・・・。」
カイデンは頬杖をついたまま、ぐっとこちらへ見上げるように顔を近付ける。その視線の先は、きっと僕の瞳。いや、もっとその奥。彼は、僕の内包する何かを探ろうとしているみたいだった。
「観てみぃや、自分の周りを、視野を、世界を。こうしてる間にも一分一秒には世界のどっかで誰かは死んどる。自分の偽善と自己満でどこまで守るんちゅーや?」
「はは、確かにそうですね。それもチープでバタ臭い。けど・・・、それでも良いとも思ってます。どうやら僕は、あなたが云うようにどこまでも欲張りみたいですから。」
そう僕が言葉を発すると、カイデンは時でも止まったかのようにぽかんと静止していた。あれ・・・?何か不味い事、云っちゃったかな。一小節を終える頃合いで、彼はわなわなと身を震わせ始めるとニッと笑った。
「ぷっ・・・、ハハハハハハーーーーーーッ!なんや自分、その理屈は!えぇで、もうえぇ!意地悪ぅして悪かったな、堪忍してくれや。」
何が何だかさっぱりわからないけれど、彼は急に笑いながら両手を合わせながら謝ってきた。きっと彼の中で、僕の何かを悟ったのだろうか。
「いえ、そんな・・・!」
「イサムはん、ゆーたな?ついてきぃ、我が道場に案内したるさかい!」
そう云いながら彼は座布団から立ち上がり、奥の部屋へと案内すると云い出したのだ。ん・・・?道場って、ここじゃないのか。凄いそれっぽいけど・・・。
この時の僕はまだ知らない。僕はとんでもない人を紹介されたのだという事に・・・。




