ガイル・ブラウン
あれは俺がセイアモルグ地方のデリアと呼ばれる街の小さな酒場で、ちびちびと酒を飲んでいた時だった。
「ガイル・ブラウンさんですね?」
「あ?そうだが?」
俺は名前を呼ばれて振り返る。そこには栗色のショートヘアの女が立っていた。嫌でも目立つ胸の紋章を見たら分かる。ギルド職員だ。それもかなりの高位のな。
「お偉いさんが何のようだ?」
「仕事の依頼です。直ちにイヴァナ山脈に向かってください」
「おいおい待てよいくら何でも急すぎねぇか!?すまねぇがキャンセルさせて貰うこの前のゲネルサの遠征でたんまり稼がせて貰ったから金なら腐るほどある。他を当たってくれ」
「申し訳ないですがこの依頼はギルド直々の依頼なのでキャンセルできません」
「ちっ!だろうなそれで報酬は幾らなんだ?」
俺はグラスの中に入ってた安酒を、一気に飲み干そうとした。
「魔法銀貨4枚です」
「ブフォォ!?」
俺は飲んでいた安酒を吹いてしまった。魔法銀貨と言えば1枚で奴隷100人買えるほどの代物だ。それが4枚もだ。
「や、やべぇ依頼じゃねぇよな?」
「まあ危険ではありますが、貴方ほどの実力者なら大丈夫な依頼です」
「・・・取り敢えず依頼内容を見せくれ」
「分かりました」
俺は手渡された依頼書をじっくりと目を通す。
・終焉の黒竜とブラッドレイン・ドラゴンニュートとアンデッドワイバーンの討伐
・出現地 イヴァナ山脈
・適正ランクB
・イヴァナ山脈で黒竜の変異種が確認された。黒竜と同様に光属性に弱いと考えられている。ドラゴンニュートと黒竜は、クイーングラトニーセンチピードに勝利している。
黒竜は捕食した獲物の能力を奪うため捕食されることは避けよ。捕食されそうなら最悪逃げても良い。
万全に準備して至急向かい討伐せよ。この依頼はキャンセルできない。
・依頼者 冒険者ギルドマスター ライノ・グリーモア
3体の魔物の討伐依頼だ。黒竜とブラッドレイン・ドラゴンニュートはどっちも強力な魔物だが、俺の実力ならば相手出来るだろう。
「引き受けるしかないんだろ?その依頼このガイル・ブラウンが引き受けよう」
「感謝します。向こうに着いたら現地の者に案内させます」
「分かった。出現地はイヴァナ山脈か。用意したら直ぐに向かおう」
俺は酒場のカウンターに代金を置いて出る。さて今から武器と道具を揃えないといけないな。
俺はあの後鍛冶屋と教会に行き武器と道具を買った。まあ教会の奴等は俺達ヴェネターのことを嫌っているから嫌な顔をされた。まあ割高だったが、聖水を売ってくれただけマシだろう。
武器は闇属性の魔法をある程度無効化できる闇喰みの曲刀とドラゴン等の鱗を持つ魔物に特攻がある鱗裂きのシミターを買った。
他にも調合して用意できるだけポーションも作った。ヴェネターの秘密のレシピのポーションは、ギルドで売っているポーションよりも効果が良い。それにやっぱりアルコールを入れれるから自家製が一番良い。戦闘中に少し酔うくらいが、一番戦いやすい。
俺は5日ほど馬に乗りイヴァナ山脈に着いた。前来た時は切り捨てるほどワイバーンが飛んでいたんだがな。今は魔物1匹いやしない。
「お待ちしておりましたゲネルサの英雄ガイル・ブラウン様」
「あーあんたが案内役か?」
「はい案内役を務めさせていただきます帝国支部冒険者ギルド員センリ・ネアと申します」
この黒髪の丸メガネの女が案内役か。結構可愛いじゃねえか。酒場で会ってたらナンパしていたところだぜ。
「案内を頼む」
「分かりました。目標の近くまで転移魔法で移動します」
「転移魔法!?禁術じゃないのか!?」
転移魔法は勇者と許可証を持っている者以外の使用は禁止されている。何でも過去に転移魔法を使って謀反を犯した聖女が、居て深淵に繋げられて滅んだ都があったらしい。そこから資格がある者にしか転移魔法は使えなくなったのだ。
「私は許可証を持っているので使えます。転移魔法がなければ魔物の観測など不可能です」
「それもそうか」
「時空よ我の呼び声に答えよ。代行者の名前は時空神グア!我が願いを聞きたまえ!空間を裂き異空の地へと行かせたまへ!テレポート!」
目の前が真っ白に光りふわふわとした感覚に包まれる。次に目を開けた時には崖の上まで転移していた。
「お体に違和感はありませんか?」
「ああ、大丈夫だ。それにしても便利だな。目標はこの先か?」
「はい。前日ワイバーン・キングと戦闘していましたがもう回復しているでしょう」
「分かった。それでは行ってくる」
「ご武運を。貴方に戦神ゲイルーグの加護があらんことを」
俺は馬に跨り走り出す。かつてここら辺は街だったのだろうか。ボロボロの廃墟が所々に建っている。幽霊とか出そうだ。霊系の魔物苦手なんだよな。歌でも歌って気を紛らわすか。
「あ〜俺達はヴェネター狩人さぁ!金貨を貰い魔物や盗賊を狩る〜その金で酒と飯と女を楽しむのさ!死線を潜り抜けて数多の魔物を殺して名誉と金を掴むのが生き甲斐さぁ!」
ヴェネターに伝わる古い歌だ。これを歌うと心から力が溢れ出てくる。
歌っていると俺の耳に肉が引き裂かれる音と咀嚼音が聞こえて来た。そこには真っ黒で禍々しい角と四対の翼を持つ黒竜と四対の腕を持つドラゴンニュートがワイバーン・キングの死骸を貪っていた。
「グルルルグラァァ」
「グラハァ!」
「ふむこいつ等が、噂の魔物2匹組かなかなか強そうだな」
俺は鑑定して3匹のステータスを見る。それにしてもあのアンデット普通じゃないな。
「ほうほう・・・確かに報告書通りのスキルだな。電気生成に死期活性まあ普通じゃないないよな。連れの2匹もステータスもかなり高いな」
奴のステータスを覗き見していると奴もこっちのステータスを見てきた。
「おっとお前も鑑定も使えるのか!かなり知能も高いんだな!こりゃ油断したら殺られるな」
知能の高さに俺は感嘆の声が出た。それほど鑑定を使い理解する魔物の数は少ないのだ。
「ガァァラァァァ!」
「キシャァァァ!」
「ウラハァァァ!」
3匹の獰猛な魔物が各々の武器を振り翳しながら襲いかかって来る。だが3匹で襲って来ることは予想していた。
「おっと危ねぇ!」
俺は煙玉を奴にぶつけて曲刀術の影渡りを使い奴の背後に回り込む。
「鳳月!」
俺の曲刀は吸い込まれる様に奴の首元に向かっていく。だが俺の手元に伝わったのは、肉を切り裂く感触ではなく弾かれた鈍い感触だ。ドラゴンニュートの野郎が邪魔して来やがった。
「キシャァァァ!」
アンデットワイバーンが俺の脇腹を食い破ろうと襲って来るが俺は顎を蹴り仰反らせる。
「万物を照らす光の球よ放たれよ!ホーリースフィア!」
光魔法を放ってみると顔を顰めて闇魔法で対抗して来た。
「ウラハァ!」
「デュアルスラッシュ!」
ドラゴンニュートと2連撃を撃ち合う。腕が四本あるだけあるな。かなり力強い。
鍔迫り合っているとドラゴンニュートが殴ろうとして来たので影渡りで避けて黒竜の後ろにまた回り込む。
「急角斬!」
「グァァ!?」
凄まじい反応速度で尻尾で反撃して来た。俺は2本の曲刀で何とか受け止める。
「キシャァァ!」
「くっ!?風よ敵を吹き飛ばせ!ウィング!」
アンデットワイバーンがサマーソルトを放ってきた。ウィングを放ち吹き飛ばしたが尻尾が頬を掠る。流石の俺でも多勢に無勢だな。
「一対三だと流石の俺様でも厳しいな。大盤振る舞いだ持ってけ!サモン!ラヴァナイト!オルトロス!」
召喚魔法を使い魔物を召喚する。この2匹はどちらもBランクの強者だ。あの2匹相手でも戦えるだろう。
「ラヴァナイトはドラゴンニュート!オルトロスはそこの骨を噛み砕いてやれ!」
「コォォォ!」
「「ワォォォン!」」
主の呼び声に答えるように咆哮して敵に向かっていく。これで数的不利はなくなった。これでタイマンで集中して黒竜と戦える。
「ガァァ!」
人の腕程の太さがある爪が、俺目掛けて振り下ろされる。俺は曲刀で防ぎながら隙を伺う。すると地面に尻尾を擦り付けながら振るってきた。
「地斬り!」
「ウグァ!?」
俺は爪を片方の曲刀で防ぎもう一方の曲刀で地斬りで尻尾を迎え撃った。
「はぁぁぁ!」
俺は爪を押し退けて奴の首目掛けて曲刀を振るう。だが魔法の盾によって防がれてしまった。奴は息を吸い込みブレスを吐こうとしてきたので俺は影渡りで、奴の脇腹に潜り込む。
「シミターダンシング!」
「ガァァア!?」
俺の曲刀の連撃がクリーンヒットする。だが距離を取られて再生で傷がみるみると回復されてしまった。よく見ると他の傷もゆっくりと回復していっている。
「やっぱり再生持ちか。それも高レベルのだな?一撃で仕留め切るか持久戦に持ち込むか・・・いや自己再生持ちだし持久戦は俺の方が不利か。さて・・・そろそろ本気で行くとするか!」
「グルルガァァ!」
「時空の神よ!異空間から万物を取り出したまへ!」
俺はポーションと聖水と聖水を塗った投げナイフを異空間から取り出す。
一応隠密スキルで投げナイフと聖水は毒薬として偽造している。奴は毒耐性を持っているから鑑定して毒と分かれば幾分か油断してくれるだろう。俺は取り出したポーションの1本を一気に飲み干す。
「かー!やっぱポーションはクソ不味いなぁ!でもやっぱり力が湧き出てきたぁ!」
自分好みにアルコールを入れているがやはりクソ不味い。まあ魔物の血とか混ぜてるし仕方ないな。
「ガァァ!ガラァ!」
抗議するように黒竜がこっちに吠えてくる。人間道具を使ってなんぼだからな。
「大地よ!地を沼らせて敵の脚を掬いたまえ!泥沼!」
「ウグォォ!?」
俺は泥沼を使用する。黒竜の脚の膝まで浸かった。これでかなり動きを限定できるだろう。
「シックススラッシュ!」
「グアァァ!」
6連撃を放つが3撃は魔法の盾で防がれてしまった。だがダメージは着実に与えれている。だが四対も翼があるからか沼を直ぐに抜け出して飛びやがった。
「グォォォ!」
風の刃が放たれるが、全て曲刀で弾き落とす。俺は地面に降りてきた奴に切り掛る。
「はぁぁぁ!」
「グルァァ!」
「ぐっ!?」
ウッドランスを放たれるがギリギリで躱して突っ走る。
「ガァァァラァァ!」
「うぎゃぁ!?」
耳を突き破る様な咆哮が放たれその場に蹲ってしまった。そう俺の動きは一瞬止まってしまった。勿論奴はその隙を逃すはずがなく俺の横腹に食らいついてきた。
「う、うがぁぁ!」
「ングォ!ングァァ!」
俺は口をこじ開けようとする。メキメキと鎧が軋む音がする。ゆっくりと口が開かれるが中々開かない。
「ウラァァ!」
「ぐわっ!うぐぁぁ!」
俺が抜け出しそうなのが、分かったのか奴はそのまま俺を壁に投げつけた。ほんの一瞬気絶しそうになるが奥歯を食いしばり耐える。だが片方の腕が折れている。急いでヒーリングポーションを飲まなければ。
「ガァ!」
「マジックスラッシュゥゥ!」
ファイアランスが放たれるが、俺は折れていない方の腕でマジックスラッシュを放ちファイアランスを掻き消した。
「やっぱり強えなぁ!あー痛てぇ!」
悪態をつきながら折れてない方の手で、ポーションを一気飲みする。自家製のヒーリングポーションのお陰で折れていた腕がみるみると治り始める。よし動くな。戦える。
「光よ!万物を照らす神の光よ!我が敵を貫け!ライトランス!」
「グラァァ!」
奴がダークシールドを展開してライトランスを防ぐ。俺は駆け出して曲刀を盾に叩きつける。盾が割れて剣先が奴の鼻先を掠る。
「エンチャントシミター!ライト!」
俺は鱗裂きのシミターに光属性のエンチャントを施す。するとシミターが、真っ白な光に包まれる。
「セブンスラッシュ!」
俺は7連撃を放ったが、全て魔法の盾で防がれる。追撃しようとしたが奴も負けじと反撃して来た。
「ガァァ!グラァァ!」
「うぐっ!?」
体格差がありすぎる。防ぐ度に体勢が崩れそうになる。仕方ない聖水を使うとするか。
「喰らいやがれ!」
「グオアァァァァ!」
俺は懐に仕舞っていた聖水の小壺を投げつけた。すると黒竜はやはり光属性が弱点だったのか苦しみだした。
「まだ動けるのかよ!ならこれでどうだぁ!」
俺は懐にある投げナイフを全て放つ。だが魔法の盾により全て受け止められナイフが力なくカランと音を立てて地面に落ちる。俺は2本の曲刀を唸らせて突っ込む。
「グォォ!」
「地斬り!」
闇魔法のシャドーネイルが放たれるが、俺は闇喰みの曲刀で切り裂いた。
「とっておきだぁ!柄割りぃぃ!」
剣の柄を割るほどの力がある今俺が使える最高の技術の結晶。これを喰らえば流石の竜種も即死するだろう。盾を展開してきても盾ごと脳天をかち割ってやる。あと数センチで奴の頭に曲刀が触れようとしたその時だった。
「っんぐぁ!?」
急に体が動かなくなった。指先さえ動かせない。邪眼か!やられた!最低でも2秒は動けない。だが一度くらいの攻撃は耐えれるはずだ。
そう思っていたその時だった。奴の拳に禍々しい魔力が集まっていくのが分かる。その禍々しい魔力を纏った拳が俺に向かって叩きつけられた。
「ガァアァアァァァ!」
「ぁぁぁぁ!」
俺は10メートル程バウンドしながら飛ばされる。何度も地面に叩きつけられた。薄らと霞ゆく意識の中で奴がジリジリと近づいて来るのが分かる。
「大地よ・・・姿を変え・・・我を守りたまえ!ダートウォール!」
俺は土壁を展開する。少しでも時間を稼げれば良い。俺は這いながら崖へ向かう。背後で土壁が崩れる音がした。だが時間は稼げた。
俺はそのまま崖から落下して逃走を図る。ゴオォォと風を切る音と高い所から落ちるせいで耳がキーンとする。
「サモン!アークワイバーン!」
俺はワイバーンの上位種であるアークワイバーンを召喚する。こいつの飛行速度なら流石のやつでも追いつけまい。
俺はポーションをアークワイバーンの背中で飲む。折れていた脚と肋骨が治っていく。幸いステータスは全て覚えている。早くギルドに報告しなければ。あれは魔物と言うより怪物だ。
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