80いのち※ちょいシリアス回
夕食を終えたイヴと祖父はリビングでぼんやりとテレビを見ていた。
やっている番組は『警察24時間』なる警察により実際の映像をしようしたドキュメンタリー番組だ。
画面の中、通報を受けた警察官が現場に行くとそこでは大規模な事故が起きている。
画面の中、泣き崩れる男と救急車で運ばれる誰か。
そんな場面に、ふとイヴは前世を思い出す。
イヴも前世では銃撃によって死亡している。
ただその後どうなって現在に至っているのかまでは、記憶がすっぽり抜けている。
こうやって自分も救急車に乗ったのだろうか、葬式は行われたのだろうか。
あの時、周りにいた人たちは。
団扇を仰ぎながらビールをやる祖父を見る。
「じーちゃんって今何歳だっけ?」
「イヴよりちょっと上」
「ちょっとどころじゃねーだろ」
「もう棺桶に片足突っ込んでいるぐらいでねぇかな。もうちょっとで90さなるだよ」
ふざけている祖父ではある。今目の前にいる祖父は元気の塊に見えるが、年のことを考えればもうそう長くはない。
こうやっていられるのも、あとどれくらいだろう。
そう考えると、今ある時間が大切なものに思える。
死は、いつも突然。
イヴが前世で死んだときだって。
あの日まさか自分が死ぬなんて思いもしなかった。
まだ死とは無縁と思える年であった。死なんてまるで意識しない健康さであった。
「じーちゃんさ」
「なんじゃ」
「愛してるぜ」
急にそんなことをいうものだから、祖父は思わずイヴを見ながら開いた口がふさがらなくなる。
思わず取れそうになった総入れ歯を直しながら、祖父は丸くした目でビールを飲み込む。
「なんじゃ、急にそんなごどさ言って」
「だってさ、人間……いつ死ぬかなんてわかんねーじゃん」
画面の中。泣き崩れた男が病院に。
「まーな。だどもよ、死んだあどの金は用意してっし、墓もあるし、大丈夫だんべ」
「そういうことじゃねーよ」
「んだな、なによ」
孫の顔を見ると、その目は画面に向かっているのにテレビを見ていない。
その目は、その表情は、まだ10代とは思えぬ悟りを開いたものである。
少女ではないイヴが、そこに存在している。
「……いつ死ぬかわかんねーから……いつ何があるかわかんねーからさ。
目の前のものを大切にしたいと思うし。あとで後悔しないようちゃんと言葉で伝えときてーんだよ」
「……んだな」
「じーちゃんに限らずさ。みんないつかは死んじまう。だからこそ、今をめいっぱい楽しみてーし、
愛している奴らにはちゃんと愛してるって伝えてーんだ。きっと、その時しか、今しか言えねーだろうから」
「イヴ」
「おん?」
「オラもおめがめんごくですかたねーよ。愛してっぞ」
「うん」
「ま、じーちゃんはまだ死なねーけどな!!!」
ゲラゲラ笑いながらビールを煽る。
つまみにしていた刺身を一度にたくさん頬張るとうまそうに咀嚼している。
そしてまたビールで飲み込むと、ビールも刺身も空になってしまう。
「今しかたのすめねーがらな! ビールはうんめぇなあ! もう一本飲んでまおうがな!」
「おう、飲め飲め」
冷蔵庫から新たな一本と今度はかまぼこを取り出して、次の一杯を始める。
画面の中では、救急車で運ばれただれかが緊急治療室へ。
「イヴ。おめーさ」
「あん?」
「いっぺん死んだんだろ」
「……そうだよ」
「……だど思ったわ」
「……」
「閻魔様はおっがながったが?」
「会ってねーよ」
「そっが」
画面の向こう、緊急治療室から出てきただれか。
ナレーションがそのだれかは何とか命を繋ぐことが出来たと話している。
泣き崩れていた男の涙が、うれし涙に変わる。
ともにいた警官も思わず涙を零す。
「近々さ」
「おん」
「ばーちゃんにも会いにいかねーとな」
そんな孫の言葉に、祖父は笑う。
ツルッツルのハゲ頭のてっぺんまで酔いに赤くなった祖父は、まるで茹蛸のようだ。
茹蛸が笑いながら、さらに茹で上がろうと酒を飲み干す。
「んだんだ。ばさまもイヴのことまっでるだろうよ」
「そうだな。ばーちゃんにも逢いてーな」
◇ ◇ ◇
またいつもと変わらない日々が始まる。
いつも通り朝から掃除をして、トレーニングをして。
もう今ではすっかり慣れたスカートを履いて、シャツをきてリボンをつける。
鏡に映るイヴの姿。
金髪の長い髪の毛。可愛らしく整えられた顔。日々の成果が反映されたスタイル。
「よし、今日も可愛い。ちゃんと女子高生してんな」
バタバタと階段を降りると、リビングでは祖父がのんびりと茶をすすりながら新聞を読んでいる。
イヴの制服姿に気づくと、祖父は笑って孫の姿を愛でている。
「もう学校さいくが?」
「うん。いってくる」
「気をつけてな。今日は何時さ帰るんだ?」
「寄り道するかもしれないから、多分夜には戻るよ」
「んだが。んだば、気を付けてな」
「おう、またなじーちゃん」
「いってごい、イヴ」
またいつもの道を歩いて。
いつものバス停でバスを待つ。
いつものバスに乗って。
いつもの吊革を掴む。
学校につくまでの間に、グルチャを確認する。
何件かのやりとりが溜まっている。
相変わらず凛と綾香がバチバチしていて、それを千鶴が治めている。
美里は返事をしていないが、きっとあわあわしていたんじゃないかと思う。
学校近くのバス停に降りると、またいつもの道を通う。
同じ制服姿がいくつも見えて、同じ生徒たちが学びやへと入っていく。
「イヴおはよ!!!!!」
「おう、綾香」
朝から元気のよすぎる声がかけられる。
綾香はお日様より眩しい笑顔で挨拶をしてくれる。
「イーちゃんおはよ♡」
「おう、凛」
「げ、おかっぱもいんじゃん。朝から嫌なもんみたわ。今日占い一位だったのに」
「それ下から一位なんじゃないの?」
「うるせーよおかっぱ♡」
また、いつものやりとりが始まる。
「イヴ、おはよ」
「り、六道さん、ぉぉあよ……」
千鶴が加わって、美里が加わって。
いつものメンバーが顔を合わせる。
「ちーちゃん、美里、おはよ」
また、いつもの日常がはじまる。
また、いつも通りのかけがいのない日々がはじまる。
「なぁお前ら」
立ち止まり、全員の顔を見る。
どの顔も、もう何度も見た顔。飽きるくらいに見た顔。
でも、何度だって見たい顔。
きょとんとした4人の顔を見ながら、イヴは微笑む。
微笑むだけじゃ足りなくて、全員を抱きしめる。
「やだ、イーちゃん朝から積極的♡ どしたの♡」
「あぁ、イヴ。やっぱイヴのこと好きだわ」
「ふふ、どうしたの朝からハグなんて?」
「ぁ、ぁゎゎ、わ、私も……?」
抱きしめた感触はきっとすぐに忘れてしまう。
この女子高生の日常は、いつかは終わってしまう。
だからこそ、今を存分に楽しんでおかなければいけない。
だからこそ、
後悔しないために、今を楽しまなくちゃいけない。
あぁしておけば良かった――
ちゃんと言っておけば良かった――
なんて一切思えないくらいにたくさんしなきゃ、たくさん言っておかないと。
だって。
制服姿のいつものメンバーが。
おかっぱの綾香が。
にゃんこパーカーの凛が。
ピンクポニテの千鶴が。
リーフのヘアピンをした美里が。
こうやって彼女たちと毎日顔を合わせられるのは今だけだから。
「お前らさ」
四人の視線がイヴに集まる。
「愛してるよ。ずっと、ずっと愛してるよ。大好きだ」
恥ずかしがる顔に、真剣に言う。
「凛もイーちゃん超絶しゅき♡ 超愛してる♡」
「やだ、朝から告白なんて。妊娠しそう」
「ふふふ、本当に今日はどうしたの? 私も……みんな大好きだよ」
「ゎ、ゎ、私も……ぃ、ぃひひ……」
後悔なんかしたくないから。
毎日を、一分一秒でも楽しかったと思いたいから。
だから。
「さ、今日も頑張ろうぜ。あ、放課後みんなでどっか寄り道しよーぜ。せっかくテスト終わったんだしさ」
今回何故このようなちょいシリアス回にしたかと言いますと、4日の朝に13年隣にいてくれた愛猫が天国へ旅立ちました。
病にかかり、最期は酸素室で入り息も絶え絶えの状態。そして最後は家族の揃った中、天国に逝ってしまいました。
今までも仕事柄、命が旅立つのを見てきましたが、何度みても慣れることはありません。
もしあなたの傍に愛してる人、大切がいるのなら、何度でも愛情を言葉にしてあげてください。後悔しないように今なにかをしてください。
どんな些細なことだっていいんです。
そんな気持ちを、今回は小説に表してみました。
説教臭くなりましたが、後悔しないため、今を楽しんでいただけたらいいなと思います。
私自身後悔しないようにしたいと思います。楽しかったと思える道を歩きたいと思います。
読んでくださった皆様。
本当にありがとうございます。
私の作品を愛してくださり、ありがとうございます。




