58あなたの一日をください。
『イーちゃんの次の休みを一日ください』
『いいけど、なんで?』
『イーちゃんにしか頼めないことがあるの』
『私にしか頼めないってなに?』
『ちょっとここでは……』
やけにもったいぶって凛がしてきたライン。
トレーニング後の汗をぬぐいながら、イヴは返信を続けた。
『なんか変なことするんじゃねーだろうな』
『全然そういうのじゃないの! 今回はマジな頼み……(泣き顔の絵文字)』
『だから、その頼みってなんだよ』
『えーと、しょの……前小説書いてるって言ったじゃん』
凛は作家を目指している。すでにそのことは知っていた。
最初に凛と本屋にいったときには作家を目指していると聞いていたし、図書室ではノーパソを持ち込むと執筆作業に明け暮れる凛を見ていた。
小説に関する相談かと思っていると、凛からの追撃。
『あのね、今大賞用に応募するの書いててさ』
『出来ればイーちゃんに読んでもらって感想とかアドバイスほちぃ』
『そういうことか。いいよ。俺も読みたかったし』
『本当、嬉しい♡♡♡』
『マジ辛辣でいいからね。じゃ、次の休みお願いします♡♡』
ということで休日の駅前。
休日にしては早い朝の時間帯、イヴは指定された喫茶店へと足を運んでいた。
若者の通いそうなカフェではなく、昔から地元に根付いたカフェであり随分と古臭い。
しかし、その分客層は年寄りばかりで随分と落ち着いた雰囲気である。
聞こえるのは店内のジャズのBGMくらいで、若者向けの店のようにPCを叩く音も会話も聞こえてはこない。
「イーちゃん」
「凛」
一番奥の席、珍しく眼鏡姿の凛が手を振っている。
「あれ、凛眼鏡なの?」
「普段はコンタクトなんだ。執筆のときとか自宅のときは眼鏡が多いよ」
「そうなんだ。へー、なんかいつもより可愛く見える」
「えー、それいつもはブスってことぉ? 凛泣いちゃう」
「凛はいつも可愛いよ」
「へへへ……♡」
対面の席に腰を下ろす。
「今日は付き合ってもらうから奢るね♡」
「マジ? じゃーお言葉に甘えて……チャイラテでも頼もうかな」
「OK、買ってくるね」
席を立ち、さっそくチャイラテを購入してくる凛。
ホットでスパイシーな茶を口に運び、一息整えるとイヴはさっそく本題へと切り出した。
「で、その小説ってのは?」
「えーとね、これ……」
バッグから出したのはA4サイズの紙の束である。
一枚目にはタイトルらしき『異世界百合姫』という文字。
パラパラとめくってみれば、ぎっしりと書かれた文字たちが何十枚と揃っている。
「すげーな。マジに小説書いてるんだ」
「言ったじゃん。でね、そろそろ一次選考締め切りだからさ。イーちゃんにアドバイスもらってブラッシュアップしたいんだ」
「そういうことならお安い御用だ」
「ありがと♡」
まず最初に一枚目を捲る。
いきなり本文にはいかず、先ず出てきたのはあらすじである。
『トラックに轢かれて死んだ陰キャJKは異世界へと転生すると、なんとお姫様になっていた。お姫様になったJKは今度どうのような活躍をしていくのか!?』
「いきなりこのあらすじ?」
「うん」
「いきなりダメだろ」
「マジ」
「ここで分かるのはJKが転生してヒメになるだけじゃん」
「そ、そっか」
「JKがお姫様になりました。で、お姫様はこれから具体的になにをしていくのか、どうなるのかは具体的じゃないと」
「な、なるほど……」
いきなりのダメだしに、凛はしょげる。
他の誰かに言われたなら気にしない言葉でも、イヴに言われると思い切り言葉で殴られているような気がして凹む。
さらにイヴは数ページ読み続ける。
「ど、どう?」
「んー、最初の説明のくだりが長すぎるな。説明が長すぎてテンポが悪い」
グサリ。
凛に言葉の矢が刺さる。
しかし、イヴの言葉は的を得ている。自分では気づけぬ客観的な視点はありがたいとも感じる。痛いけど。
また数ページをパラパラ。
「……」
ハラハラ。
「……」
「ど、どうでしゅか……」
「転生していきなり騎士が求婚してくるのはいいな。でも、百合だからこの騎士女?」
「そうなの、仮面をとったら女っていう設定で」
「なら最初に女って分かるシーン欲しいかなぁ。こいつ仮面被り続けてるから、百合っていうが連想しにくい」
「は、はひぃ」
またグサリ。
(まだだ! まだ凛ちゃんのメンタルは生きている! イーちゃんになじられてむしろ喜べ、凛のハートよ!!!)
パラパラ。
時折チャイラテをゴクリ。
間接キスで心を癒そうと、凛も勝手にチャイラテをゴクリ。
「時折さ」
「はい!」
また批判されるのかと身構えてしまう。
凛の限界はそろそろ近い。ウルトラマンのように胸のカラータイマーがピコピコなっている気がする。
「宝石に例えたり、花にたとえるのはいいな。繊細で美しく感じる」
はじめて褒められた。
イヴに褒められれば嬉しさも何倍にも感じてしまう。
パッと明るい顔になると、凛はニコニコ顔で耳を大きくする。
「うれすぃ♡」
「お姫様になったJKの感情描写もいいね。ドキドキ感が分かるし、初恋なんだろうなって連想できる」
「そうなの! この主人公は初恋が女騎士で、そこから悩みながらも好きがとまらなくなっていくの!」
「ただちょっと描画抑えたほうがいいかもなところはあるけど。これもうエッチしそうになってるし」
「あ……それは」
「大賞はこういう描写OKなの? ラノベあんまり読まないからしらんけど」
「んー、そっか……もうちょっとエロ少なくするか……」
「のほうがいいかもね」
またページを捲り読み進めるイヴ。
そこからイヴはしばらく何も言わなくて、凛も黙ってイヴの顔を見つめる。
真剣な眼差し。少しだけ垂れた髪が麗しい。
その細く美しい指先が自分の書いた小説を捲る。
(イーちゃんは読んでるだけでも絵になるなぁ……はあ、しゅき♡)
「この女騎士、金髪で男言葉なんだな。ちょっと俺みたい」
「え!? あ!? しょしょしょしょっしょ、しょんなわけないよ!!!! おほほほお、いやだわイヴしゃんったら
(そらそうでしょうよ!!! 姫はあたしで、女騎士はイーちゃんがモデルなんだから!!!!!!)」
「姫が黒髪ロングってのも凛に似ている気がする」
「きききき、気のせいじゃないかなぁ! あはははは、黒髪ロングとかどこにでもいる一般モブでしょ!!」
「そっか」
「へへ、へへへ……」
ちょっと心臓が口から出そうになった。
身近な人をモデルにすればよりイメージが付きやすいだろうと凛は主人公を凛、ヒロインはイヴをモデルにしていた。
しかし、その身近な人物像が少し寄りすぎてしまったのか、イヴはそれを見抜く。
(あぶねー、もうちょっとファンタジー要素足したほうがいいのかな……?)
「でも、この話に出てくるの女キャラばっかりなんだな。一切男でないな」
「男が出る必要はないんだよ。もし出たら大変なことになるよ」
「ふーん。でもさ、出てる女の子みんなが女の子女の子して性格が似ているから、少し変化つけてもいいんじゃない?」
「例えば」
「うーん……ほら、キャラクターが増えるっていうのは読者にとっては自分好みのキャラを選べる、つまり選択肢が増えるってわけじゃん。
だから、全員が全員似ていたら読者に選択肢はないじゃん。読者に選択肢を与えるキャラ作りをしてみたら?」
「わかった(わかってない)」
あっという間に午前中が終わり、二人は一度昼食をはさんだ。
この店の名物だというエビがこんもりと入ったクリームパスタをつつく。
「でもさ、凛がここまでちゃんと書いてるなんて思わなかった」
「一応、作家目指してるからね」
「今までも応募とかしてたの?」
「うん、一応……でも一次落ちばっかりだけど」
「そっかぁ。でもいいじゃん。今からこうなりたいって夢があってさ」
「イーちゃんは夢あるの?」
「そうだなぁ」
フォークでエビを突き刺す。
何故か思い出されるのは前世の記憶である。
抗争に巻き込まれて死ぬまで、イヴは人に言えないようなことばかりをしていた。
ただ世間様が思うような暴力や金の巻き上げではなく、あくまで任侠を信じ、それを正義に行ってきたことだ。
カタギには手を出さず、逆に警察には手をだせない、闇に潜む人たちの手助けなどが主な仕事である。
それでも、今になって思えば悪いことに違いはない。
出来ることなら、将来どうなりたいかと問われれば、何か人のためになることがしたいと思える。
「何か人のためになることしたいな」
「例えば?」
「介護とか看護とか?」
「イーちゃんのナース服とかくっそ見たい♡」
「あはは、似合わない気がする。それに今はスカートじゃなくてパンツスタイルがほとんどらしいぞ」
「それでも見たい♡」
「ま、いつかなったらな。それにまだ女子高生だしな。今を楽しみたい」
「それは分かる」
今を楽しみたい、イヴはいつもそう思っていた。
女子高生らしくありたい、女子高生らしい楽しい日常を送りたい。
その思いだけは、誰よりも強い。
「そうだ、小説読み終わったら少しブラつこうよ。デートしよう」
「おデートだと!?!??!?!!?!?♡♡♡」
「うん、ほらリアルなデートとかしたほうが描画とかにもリアリティ出るだろ。俺を実験台にしていいからさ」
いきなりの申し出。
いきなりのハイテンション。
実験台ということは――何をしてもいいということだろうか、これは小説のためだからというのを理由にえろんな……いろんなことをしてもいいのだろうか。
凛の頭にはさっそくしたいことばかりが浮かんでくる。
「な、なにしてもいいの??♡♡」
「うん、いいよ。そっちのが参考になるだろ。続き読んだらさっそくさ」
「いや、先にデートにいきましょう。えぇ、あくまで……あくまで小説の参考のために……♡」
「そう? じゃぁ、デート終わりにまた続き読ませて」
「うん♡♡ じゃぁさっそくいこいこ♡♡」
さっそくイヴの腕に自分の腕を絡ませる凛。
店を出ると、凛はここぞとばかりに甘えまくる。他人の目など気にせず甘えまくる。
「イーちゃん、楽しい?」
「もちろん、楽しい」
「イーちゃん、チューして」
「え、こんな道の真ん中で?」
「いいの♡♡♡ 道の真ん中でちゅーしたらどうなるか知りたいの♡♡」
「んー。しょうがないな」
凛が背伸びする。
二人のやりとりを見ていた通行人たちの反応。
それはそれはいい笑顔をしていた。
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