36執筆王にあたしはなる!ドン!
放課後の図書室に二人。
夕日に照らされた貴女の麗しい事を、なんと例えよう。
花では例えられぬ可愛らしさ。
宝石では例えられぬ美しさ。
神々では例えられぬ慈悲深さ。
麗しの君は、そっと隣に佇む少女を振り向く。
「凛」
声をかけられただけで、胸がときめく。
誰よりも、あなたに声をかけられただけで、胸はこんなにも高鳴る。
「なに」
その先のことは分かっている。
近づいた唇が、唇を奪う。
そこからはもう言葉なんていらない。
ただ言葉の代わりに交わされるのは…………
カチャカチャカチャカチャ。
ッッターン!
「凛さっきから何してんの?」
「今書いてる小説の執筆♡」
放課後の図書室。
当番であったイヴは受付から少し離れたテーブルにいる凛に声をかけた。
いつもならば隣、もしくは膝の上に座ったりする凛なのに、この日は離れた席に腰を下ろしていた。
そういえば、凛は作家になりたいと語っていた。
本もよく読んでいるし、ネット上にも小説を公開しているらしい。
しかし――。
こうやって離れて執筆作業に臨むということは、よほど見られたくない内容なのだろうか。
普段とは違う凛の姿に、イヴは少しばかり気になってしまう。
図書室にはほかに生徒はいない。
イヴは受付から立ち上がると、凛のもとへと近づいた。
「凛の小説読んでみたいな」
近づいた瞬間、凛はノートパソコンを畳む。
閉じられたノートパソコンの上に伏せると、絶対に内容を見せようとはしない。
「ぜっっっっっっったい無理!」
「いいじゃねーか、ちょっとくらい」
「無理無理無理無理! これはイーちゃんでも無理!!!!1」
いくつかの物語を書いているが、今凛が書いているのは夢小説である。
今ある状況――放課後の図書室にイヴと二人きりになって、もうああなってこうなって、あはんでうふんな物語である。
丁度今書いているのはそれこそドピンクな場面である。
(こんなの本人に見られたら――絶対引かれる!!!!)
「そういわれると余計に気になるじゃん」
「だーめ♡」
「ちぇっ」
イヴは受付に戻る。
凛がまた執筆作業をすると図書室には司書さんが現れ、イヴと何かを話すと図書室から出ていく。
図書室に一人きり。
作家を目指す凛にとってはここは集中するには絶好の場所である。
なにより実際の図書室を見ることでリアルなイメージが膨らむし、描画もしやすい。
そこに自分の妄想のエッセンスを加えれば、たちまち物語は加速していく。
「うふふふふ♡ うふふふふふ♡」
カチャカチャカチャカチャ。
妄想が文字となって具現化していく。
文字の中で、イヴと凛は二人きりの空間を楽しんでいる。
妄想の中のイヴは乙女チックで、甘えん坊さんで、凛の前だけではいやらしい顔をする。
『凛、もっと、もっとして』
『イヴ、たくさんしてあげるよ』
書きながらニヤニヤが止まらない。
思わず口を押えてしまう。でないと開いた口から涎が垂れてしまう。というか、もう少し垂れた。
「……凛さん、何してんの?」
「うぎゃl;あmじぇいおうぃおsbgsとh!!??!!?!?!?!?!」
執筆に集中しすぎていて、背後に綾香がいるのに気が付かなかった。
咄嗟にノーパソを閉じて両腕で隠す。
「凄い勢いでタイピングしてたけど……」
(み、見られたか……!!!???)
イヴには勿論見られたくない。しかし、綾香にはもっと見られたくない。
脂汗が止まらなかった。
もし見られていたのなら、もし少しでも今書いているシーンを見られたら――。
死。
「凛さん……」
ガクガクブルブルし、凛は脂汗のかきすぎで干からびた顔になっていく。
(見られた!? 見られた!? 見られた!?)
「レポートでも書いていたの?」
(よしッッッ――!!!!!!!!!!1 見られていない!!!!!!!!!!!)
「そ、そーなんだ! 課題のレポート出さなきゃでさ! あは、あはは」
「凛さんも大変だね……今日はイヴいないの? 当番の日だよね?」
話題がイヴのことにそれて、凛は胸を撫でおろす。
もし見られていたらと思うと、もうこれは生きていく道がなくなる。
「さっき司書さんが来て……そのままどっか行っちゃった」
「そう、じゃぁイヴのこと待ってようかな」
綾香はもうそれが当然のように、委員でもないのに受付の席へと腰をかける。
(やっべええええええええええええええええ。あのイカレおかっぱに見られてたら死ぬとこだったわ)
安堵したところで凛はノーパソを開く。
ctrlとsキーを押し、上書き保存をするとそのまま続きを書き始める。
チラリと綾香のほうを見てみれば頬杖をついたまま上の空である。
カチャカチャカチャカチャ。
あれほどに――あれほどに慌てふためく凛の姿をはじめてみた。
上の空のように見えて、綾香は今のことを考えていた。
普段ならば凛は綾香同様に受付かイヴの膝に乗るのが常。
なのに、今日は離れた席でノーパソをいじっている。
通常ならばありえないこと。
離れるということは、何か理由があるということである。そう、
離れなければ出来ないことを、凛はしている。
(凛さん……確実にレポートじゃないだろ)
執筆にはげむ凛を見る。
レポートが嘘だというのはすぐに分かった。
レポートをしているというのに、凛のいるテーブルには参考資料が一冊もないからだ。
それに、あの息遣い。ハァハァしながらタイピングする姿は異様なものでしかない。
一瞬だけ見えたノーパソには、文字がぎっしりとあった。
全部を読むことは出来なかったが、少しだけ目についた文がある。
『そうして指先は――……』
『蜂蜜のような液体を掬うと――……』
『貴女のその黄金色の髪は』
冒頭だけであるが、確実にレポートに書くような文ではない。
ニヤリ。
綾香の中で悪魔が微笑む。
「お、綾香きてたのか。凛も執筆中か」
イヴが戻った。
手には新しく仕入れた新刊を何冊か抱え、受付に置いている。
(ふーん、執筆ねぇ……)
悪魔がケラケラと声をあげて笑う。
凛の様子を伺う。
やはりいつもと違う。
イヴが戻ってきたというのに、凛は動かない。
好きな相手が戻ったのならば、喜んで声をかけそうなものであるのに。
凛は一切その場から動こうとしないのだ。
「ねぇ、イヴ、私もさ、最近本を読むようになったんだ」
「へー、どんな本?」
「タイトルは忘れちゃったんだけど――覚えている文があってね」
カチャカチャカチャカチャ。
「どんな文?」
「えっとね、こんな始まり方なの“そうして指先は……”」
タイピングが、止まった。
凛のほうを見れば目を見開いて脂汗を書きながら、石化してしまったように動かない。
(ふーん♪)
(おおおおおおおおおおおおおおかっぱああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!!??)
(少しからかってやろう)
「それだけ? 覚えてるの?」
「他にもあるよ“蜂蜜のような液体を掬うと”」
ガァン!!!!!
何事かと音のほうを見ると、凛が頭をノーパソに打ち付けている。
(見られた――これはッッッ!!!! おかっぱに!!!!! よよよよ、読まれた!?!?!?!?)
(凛さんがあんなに動揺するなんて、もうちょっとからかってやろうかな)
綾香はおバカであるが、ここ何日もイヴと凛と過ごしているおかげで少しは二人の動きや考えかたが分かるようになっていた。
凛の動きを推測する。
レポートという嘘。イヴは執筆をしていると言っていた。
つまり何かしらの文章を書いているわけである。
そしてその文章はイヴには決してみせられないもの。だからこそ、今こうやって距離を置いている。
一か八か。綾香は凛に爆弾を落とすことにしてみた。
「あ、ねぇ、イヴ夢小説って知ってる?」
綾香の攻撃。
綾香はかいしんのいちげきをはなった。
綾香の攻撃は急所にあたった。
綾香の攻撃はキラー効果を発動した。
ドガシャアアアアアアアアアアアアン!!!!
凛が椅子から倒れると白目を向いて泡を吹いている。
「凛!」
「おかっぱああああああああああああああああああああああああああああああ貴様あああああああああああああああああああああああああ」
立ち上がった凛が大量の涙と血を吐き出しながら綾香へと立ち向かう。
「あなたのその黄金色の髪は」
綾香のカウンター!
効果は抜群だ!
ガシャドダアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!
凛を倒した!
綾香は3000の経験値を得た!
綾香はレベルがあがった!
綾香は新しい技『執筆をいびる』を覚えた!
「お願い、お願い、綾香ちゃん、もうそれ以上言わないで……お願い、お願いしましゅううううううううう」
泣きながら頭を床にこすりつける凛。
(言わないでってそれ以上は覚えてないんだよなぁ)
「本当に、一生のお願い、お願いしましゅ、あやかしゃまぁ」
涙で池が出来ていく。
これ以上の攻めはさすがに可哀想だし、綾香にももう弾薬は残っていない。
すっと立ち上がり、綾香は凛の肩に手をかけた。
「大丈夫。言わないよ」
「あやかしゃまぁ……」
「執筆、頑張ってね!」
その顔は――
デ〇ノートでキ〇がライバルを殺したときの表情である。
腕の中でライバルを看取ったときの表情である。
「あ、あああ……」
魂が、口から抜けていく。
「おい、凛! 凛しっかりしろ!」
耳元にイヴの声が響く。
凛は目の前が真っ暗になった。
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