~本当にハジメカラなのね~
予想外に前向きな発言を食らったムーンピーチ・キャサリンは、鳩豆顔だ。パチクリ、という音でも聞こえてきそうな瞬きをしている。
「あら、案外冷静なのね。普通はもっとこう……怒ったり悲しんだりするものじゃないのかしら」
「ですよねぇ。一応前向きなのが取り柄ですから。あと、ちょっと色々インパクトの方が大きくて、事態が飲み込み切れていないせいかも」
女神(?)はそれもそうね、と納得すると話題を移した。
「えーっとぉ、ああ、まずはこれを観て頂戴」
ぽってりと厚めの、薔薇色をした唇が弧を描く。女神(?)が再度指を鳴らすと、ぷかりと浮遊していたPCが寄ってくる。
促されるままそれを手に取ると、ブィンと勝手に起動し画面に見慣れぬ映像が流れ出した。
壮大な音楽と、渋めでかっこいいナレーション。これは――……
「ゲ、ゲームのオープニング画面?」
「ちょっと違うけど、まァ似たようなものかしらね。あなた、ゲーム好きでしょう?」
大体の男子はゲーム好きだと思います、と心の中で返答をする。
正直このオープニング見てるだけで、オラわくわくすっぞ! って感じだし。よくある異世界ファンタジーなMMORPGっぽい。
無理無い課金ユーザーではあるが、細々とオンラインゲームをプレイしていた人間としては非常に興味をそそられていた。
「ナオっちにはぁ、この世界で過ごしてもらいまぁす!」
「……? えっと、このゲームをプレイすればいいってこと、ですよね?」
「当たらずしも遠からず、ってとこね。勿論プレイヤーはあなただけど、あなたが造ったキャラクターを操作するってことじゃないの。いい? この中で“生活”するの。あなた自身が一キャラクターとなって、この世界で人生を歩むのよ!」
ビシ、と画面を指さし声高に宣言する女神は実に楽しそうだ。
となると、これはあれだ。小説や漫画によくある“VRMMO”か。
仮想世界の中で俺は第二の人生を送り、その生活の中で心残りを解消する、ということか。
心残りを解消すれば、次は白の神の元で転生できる! とかそういう話だろう。
「ん~……ちょぉっと勘違いしてるみたいだけど、まあ良いわ。説明するのも面倒だしぃ。ちなみにこのゲームの1周は96年。あなたの元々の寿命が1周分ね」
「え、めちゃくちゃ長い」
「でしょうね。まあいいじゃないの。時間は無限にあるわけだし。楽しんだ者勝ちよ。アタシ、ナオちのことすんごく気に入ったから色つけまくってあげるわぁん」
確かに、死んだのだから時間は無限だ。そういうものか、と思うのと共に<色付け>に心惹かれている直道が居た。
つまり俺はチート主人公として、このゲームに入り込むわけだな! ……っふ、厨二病と罵るがいいさ。胸の高鳴りは止める事が出来ないし、たぶん誰しも1度は憧れるシチュエーションだろう。俺TUEEE、素晴らしいじゃないですか。
オープニングが終わり、メニュー画面が現れる。ピカピカと点滅する矢印は【ハジメカラ】をさしている。
「マウスとか、コントローラは?」
「言えばいいのよ。“ハジメカラ”そう言うの」
成る程。天国は規格外だ。
「“ハジメカラ”」
唱えた途端、ピンク一色から黒一色の空間へ早変わり。
見回してもムーンピーチ・キャサリンの姿は無い事から、無事にゲームの中へ入ったんだと思う。
ピコン、という可愛らしいSEと共に頭上にウィンドウが現れた。
『種族ヲ選択シテ下サイ』
♯人間
♯?????
♯?????
……選択するも何も、人間一択ではないか。
とはいえ不満があるわけではないし「“人間”」と言ってみる。順当にいけば次はキャラクターメイキング画面、かと思えばどうやら違うようだ。
目が痛くなるような光に襲われ、俺の意識は遠のいていった。
◆◇◆◇◆
次に直道の目が覚めると、自身の視界が随分低い位置にある事に気付き、固まった。動こうにも身体は鉛のように重く、直道は一抹の不安に襲われる。
(期待感煽るだけ煽って、実は地獄行きでしたー! とか、ないよな、さすがに)
身体どころか、頭を動かすのも精一杯といった様子。直道は諦めたように、視界の範囲内で現状の理解に努めることにした。
(えーっと、今俺は室内にいる。下はかたいけど、感触的にマットレスっぽいな。目線の高さからすると、おそらくベッドの上。・・・・・・部屋はあんまり広くはないな。物もあんまり無いし、内装はいたってシンプル。つーかこれあれだな。ザ・村人の家。
そして窓の外の明るさ的に真っ昼間なわけだが、仕事もしないで爆睡することを許されている存在な俺。つまり――)
「お~ぁらあぁ……」
たしかに“ハジメカラ”だ。職業が冒険者(が職業としてなりたっているかはまだ分からないが)になるまでの道のりは随分長いなと内心で苦笑した。気合いをいれ振り上げた白い腕は短く、むっちりと弾力のある赤ん坊特有の肌をしている。
オフホワイトの肌着に包まれた乳児が声を上げると、扉の向こうからドタドタと慌ただしい足音が響いた。
そのまま直道を抱き上げると、慣れた手つきであやし始める。
「お~よしよし。おしめ・・・・・・はまだ濡れてないな。腹が減ったのか? 母さんももうすぐ帰ってくるから、泣くんじゃないぞ~。父さん、乳首はあってもお乳は出ないからなぁ」
「・・・・・・おー」
少しばかりげんなりとした面持ちで、直道は目の前の父と名乗る男を観察した。
あっはっはと脳天気に笑うこの男が、直道の今世の父である。
ゆるくウェーブがかかった栗色の髪、垂れ目がちな目に藤色の虹彩。
顔立ちは間違いなく美形であるし、雰囲気もまったりとしていて悪くない。美青年と称したが実際の年齢は30。ぎりぎり青年期である。
見た目は華奢だが、抱きかかえられている直道には、薄い布のむこうに無駄な脂肪は付いていない事がわかった。
着やせして見えるだけで、中身は完全に肉体労働者のそれだ。
事実、この男――ラルガは、村一番の狩人である。外見は、まったくそうは見えないのだが。
「はやく育てよ、ジルヴァ。お前が大きくなったら、俺と一緒に狩りをするんだ。世界一の狩人を目指そう!」
そう高らかに宣言するラルガの背後から柄杓が飛んできて、見事男の後頭部に直撃した。カコーン、と小気味良い音をたて、床に転がる柄杓。
何者!? とラルガが振り向くと、そこには一人の女性と二人の子供が鋭い視線でコチラを見ている。
ちなみに柄杓を投げたのは、子供ではなく女性の方だ。
深紅の髪はゆるいシニョンでまとめられ、形の良いアーモンドアイには若草色の瞳が煌めく。
直道の意識上、初めて会う今世の母親は、非常に可憐であった。直道が、こっちの方がよっぽど女神だなと不敬極まりない事を考えてしまう程には。
二人の子供……男の子と女の子もたいそう可愛らしい顔立ちをしている。男の子は父親譲りの栗色の髪に、顔は母親似だ。女の子も栗色の髪をしているが、毛先に近づくにつれ濃い赤色に変わっていく。顔は、どちらかといえば父親似だろうか。二人とも虹彩はグリーン系だ。
もしかしたらこの世界には美形しか存在していないのかもしれないと、直道は半ば本気でそう思った。
「ラルガ……? 子供の人生は子供自身が決めるのよって、あと何回言えば理解してくれるのかしら?」
「そーだぞ父さん。ジルがなりたいって言うなら反対はしないけどさ、ジルはまだ赤ちゃんだろ。押しつけるのは、良くないと思うぜ」
「それにこれは勘だけど、ジル君も狩人にはならないと思うの」
三人からの集中砲火を浴び、ラルガはたじろいだ。
ラルガは村一番の狩人であったが、後継者はまだいない。弟子入り志願者は勿論居るが、男はその全て断っていた。できれば自分の子供を後継者として育てたいと。
ラルガ自身まだ若いためなんの問題ないようにも見えるが、狩人はいつ何が起こるか判らない。森に入れば獣だけでなく、モンスターと遭遇する事もあるからだ。できるだけ早い内に自分の技を、最高の状態で受け継がせたい。すでに上の子供達には断られているのだから、此度誕生したジルヴァには是非にでも狩人になって欲しい。
そんな思惑があるわけだが、ラルガの妻であるティリカは職業自由選択主義を貫き通す。
ティリカの職業は農婦。とはいっても一般的な作物は家庭菜園に留め、メインで栽培しているのはポポタン草という薬草だ。
生のままでも滋養強壮体力回復に長け、またポーションの原料となるその薬草は非常にナイーブで栽培は困難と言われていた。が、彼女はそれの栽培に成功。
栽培方法を独占することなく有料で村内に広め、今では村の特産物として扱われている。領主より村外不出の箝口令を敷いているため、村人も安定した収入源を得ることができたのだ。
そのため、村人からカリスマ農婦として一目も二目も置かれる存在である。
そんな2歳年上の妻に完全に尻に敷かれているラルガは、恨めしそうな顔で文句を言った。
「母さんはいいさ。ジーンもミーナもいる。じゃあ俺は? 俺だって子供と一緒に仕事したい!」
(・・・・・・すまない父さん。俺、冒険者になるんだ。)
駄々をこねる父親に少しばかりの罪悪感を感じた直道――もとい、ジルヴァは心の中で謝罪する。
ただ、狩人のスキルは持っておいても損はないので、冒険者になるまでは父に師事して貰おうとも考えていた。
それはともかく、この状態のラルガに慣れているのか、ティリカにジーンにミーナの反応は薄い。
「「だって、この土地だと農作の方が“堅い”んだもん」」
齢7歳と6歳にしてこの悟りよう。
ラルガはため息を吐きながら「ロマンがない」とぼやくのだった。




