出会い
直道は自身の葬儀を見終えると、ううんと唸る。
彼を捜し、まだ幼い弟妹たちが泣いている。それに彼の両親、とくに母親は憔悴仕切っており父親の補助がなければ立っているのも辛そうだ。
そんな家族の様子を見続けるのは、と頭を悩ませていた。
「いつまで待てばお迎えって来るもんなんだろ。時間が経てば、俺の部屋も掃除し始めるだろうし、その前に成仏したい。パソコンの中身なんて見られた日にゃ……おお怖い」
大げさに身体を震わす享年27歳の、成人男子。
幼い弟妹たちに見つかるとよろしくないと、形見てすぐにそれだと判る本だのDVDだのゲームは所持していないが、パソコンだけは別だった。
ブックマークは勿論、DL購入したAVやエロゲ、同人誌に商業誌が満載のそれは、直道がこの世に残していきたくないモノNO.1の代物だ。
ログインにはパスワードが必要だが、安直な事に直道は自身の誕生日を設定していた。
季一辺りが回収してくれる事をほのかに期待したが、望みは薄いと肩を落とす。どうにか破壊できないかと思考するも、そもそもPCに触る事も出来ないのだから彼にはどうする事も出来なかった。
「……ううーん、神様女神様仏様! どうにか俺を成仏させてくださーい!」
知らぬが仏、その選択に彼は縋る事にした。
その願いが聞き届けられたのかは不明だが、直道が瞬きをした瞬間、彼の身体はその空間からかき消えた。
次に直道が目を開けると、360度どこをみてもピンクな場所にいた。薄桃色なんて優しいカラーではなく、やや目に痛いチェリー・ピンク。透け感のある桜色の垂れ幕が、異様さを一層引き立てる。
彼がはて、と首を傾げども再度瞬きしようとも、色はピンクから変わらない。
一難去ってまた一難とはこのことかとぼやき、とにかくこの目に痛いこの場所から脱出するべく、ぐるりと視界を巡らせると、その中にぽつねんと浮かぶPCが。
(――は、わ、凄い。とても見覚えのあるPC。どう見ても俺のPCです、ありがとうございます)
願ったり叶ったりの状況に、冷静さを欠かないように気をつけながらも、直道は少しばかり興奮を覚えた。
もしかしたら、ここは天国で、願い事がなんでも叶ってしまう場所なのではないか、と。
実際のところ、いかにもここは天国であるが、「なんでも願いが叶う場所」には該当していない。
「身長が季一よりも高くなりますように!」と願ってはいるが、推して知るべし。後には黄昏れた様子の直道が残された。
とにかく、ここに己のPCがあるなら破壊すべし、と直道は浮いているそれに手を伸ばす。
触れるまであと数センチに迫ったところで
♪たらったたらららったら~ん・あ~ん・あ~ん……
どこからともなく鳴り響くセクシーなBGMは、日本人なら誰でも1度は聞いたことがあるであろう、某町のブルース・イントロ(変ホ短調)。ともすれば、この後出てくるのは色気多めの美女か!?と息巻いて、直道は再びきょろきょろと辺りを見回す。
「はァ~い、元気ィ?」
ピンク一色の中に突如として現れた、白く輝く立派な扉が開け放たれる。
目映い光に直道はぐっと目を細め、登場した人物を注視した。美女でありますようにと、ほのかな期待感が胸を高鳴らせる。
第一声は、予想より低めではあったが、セクシーといえなくもない良い声だった。どちらかといえば清楚系が好きな直道の期待度はわずかばかり下降したが、それでも豊満な肉体も大好きだし問題ない、とすぐさま上昇修整された。
キレイ目なゴールドの厚底ピンヒール。どぎついスリットの入ったタイトなキャミワンピース(紫のラメ布)からのぞくのは、ゴリッゴリかつハリのある太ももに網タイツ。薄ピンクのゴージャスなマラボーショールを首にかけ、現れたるは――ドラァグクイーン。
口唇をひくつかせながら「オ、オカ……」まで言いかけた直道に、氷のような視線が突き刺さる。
「あぁ~ん、それ以上言ったらぁ、お・仕・置・き、するわよぉ?」
彫刻の様に美しく鍛え上げられた肉体美がドレスの上からでも見てとれる。引き締まった身体に、余分な脂肪は付いていない。
直道だって貧弱には程遠い体つきをしているが、それよりも、よほど。
“お仕置き”の響きが危うすぎたので観察に勤しむことにする直道であった。
艶やかなワインレッドの髪は、海外セレブ風に綺麗に巻かれている。
彫りの深い顔立ちに、濃いめの化粧は栄えているが、全体的に見て異様であった。直道は飲み込まれ、柘榴色の睫毛に縁取られた宝石の如く煌めく瞳から目が離せないで居る。
(カラコン、じゃないよな。造られてる感じじゃない……アメジストみたいだ)
度肝を抜かれつつも、きっと普通に男の姿をしていれば、かなりの美丈夫に違いないなと頭の片隅に思っていた。
「……あ、あの、ここ天国じゃ、無いんですか?」
「やだ、天国よ天国。みればわかるでしょォ?」
「じゃあ、あなたが神様?」
「もち~! 愛と性欲と月を司る女神、ムーンピーチ・キャサリンとは私の事よォん」
バッチィン、と送られたウィンクが直道の中に混沌を生んだ。
凄い、言っている事が何一つとして理解できない。主に“女神”の部分が納得できない。愛と性と月?
だからこんな、ラブホテルも裸足で逃げ出すようなピンク一色の空間なのか?
安直すぎやしませんかねぇ!?
混乱している直道を尻目に、ムーンピーチ・キャサリンは話し続ける。
「天国と言ってもね、いろんな種類が在るのよ。ただの転生を待つ者は白の神の元へ。そのほかやり残した事がある者は、それぞれの神の元に振り分けられるのだけれど、ここは“愛と性”に関して心残りがある者が来るところなの。ウフフ、心当たり、あるでしょぉ?」
秒で頷き返す程、直道には心当たりがあった。ありすぎた。
齢27。高校卒業した後、働き出して早数年。これから頑張って働いて、可愛い恋人ときゃっきゃうふふと存分にいちゃつく事を夢見る一青年である。ワンナイトラブだってセーフセックスなら大いにアリ派だ。
男子校畑の人間であるせいか、同性愛にも抵抗はないし言うなれば「バイセクシャル」の直道。男女共に、大いに遊んだし遊ばれてきた。個人的な問題のせいで、満足できていないだけで……。
それが女神(?)のいう“心残り”なのだろうという答えを導き出す。
しかしそれでこの場に居るとするならば、己の要求の凄まじさたるやと直道は笑いたくなった。
「そもそもね、あなた本当は死ぬ予定じゃ無かったのよねェ」
「なん……だと……?」
突然の爆弾発言に、血の気がザッと引く。
己の下事情なんか考えている場合じゃない!死ぬ予定ではなかった、とは、どういう事なのだろうか。
「死を司る神の部下がポカしちゃって。本来であれば、あの場で死ぬのはあなたが救った子供の方。突然のイレギュラーに焦っちゃったみたいね。まあとにかくぅ、コチラ側の教育不足であなたが死んじゃったのよ」
「あー……じゃあ本来なら、俺が飛び出そうが飛び出さまいが、あの子が死んでたって事?」
「そうよぉん」
直道の死因、まさかのヒューマンエラー。いや、死を司る神の部下が、ヒューマンにカテゴライズされるかどうかは置いといて。
「――でも、俺が死んだわけだけだ。えー……あ、ほとぼりが冷め次第あの子の命奪うとか、あるんですかね?」
女神(?)の説明を受けて、疑問点が浮かんだ。
もしあの子の命を奪う事が決定しているならば、残念ながら俺は死に損ということになる。
ムーンピーチ・キャサリンがパチンと指を鳴らすと、なにやら分厚い紙の束が出現した。
パラリ、と目を通すと、小さく頷く。
「あったわ~ん。この報告書によると、あなたの天命分をあの子に足すみたいねぇ」
「マジですか。……って、俺何歳まで生きる予定だったんですか」
これで天命30歳とかだったら、ちょっと申し訳ないよな。
2年と数ヶ月しか寿命伸びないってことになるわけだし。
ごくり、と唾を飲みこみ女神の返答を待つ。
「うーんとぉ、ナオっちの天命は~・・・96歳。大した病気も怪我もなく、大往生ね」
「と、いうことはあの子は68年と数ヶ月寿命が延びるという」
途中直道の名前らしきものが聞こえたが、あえて突っ込む事はしなかった。
(ナオっち、か。なんか「ととのいました!」などと言い出しそうなネーミングだ……)
「そういうこと! 残念ね」
わずかばかりの哀れみを含んだ視線。髪と同じく柘榴色の睫毛で縁取られたムーンピーチ・キャサリンの紫色の瞳ががほんの少しだけ潤む。見た目はアレだが、優しい人……優しい神なのだろうと思った。
しかしまあ、こうなってしまったものは仕方がない。これもある意味運命として受け入れるほか無いし、あの子の未来も無事ということなら何も言う事はないと判断した。
「いや、良かったです。死んだの無駄にならなくて。で、今度は俺の今後の話なんですけど……」
胸の突っかかりが取れたところで、新たな問題点が浮上した。
ムーンピーチ・キャサリンの話からすると、心残りのある俺は白の神の元へはいけない。たぶん、この心残りってのは元来の特性が起因であると推測される。
うん、推測じゃないね、確定だね。だってここ、愛と性と月を司る女神(?)の領分なわけだから。




