オフィスレディ、質問に迷う
現れた人は、ピストルっぽい物を持った、ちょっと変わった外国人? だった。
背が高くて色白の肌、濃い色の金髪、明るい緑色の眼、着ている物はリネンっぽいワイシャツみたいな物と余裕のあるチノパン、その上に革製のベスト、膝下まである革製のロングブーツ。まるで映画の主人公のようである。
初めはピストルを向けられて驚いたり、色々聞かれたりしたけど、アランと名乗ったその人は、自分に付いて来いと言って、アランが持っていた短めのローブを私にかけてくれた。
寒くは無いんだけど、さすがに水着のままじゃ恥ずかしいから嬉しい。しかもよく見るとカッコイイ。イケメンで紳士! ど、どこ行くのかな? ちょっとドキドキするね。
「アランさん、何処へ向かっているの?」
「少し先に行くと、ワタシタチの砦がアリマス。そこにトウカを連れてイキマス」
ちょっとカタコトだけど、日本語上手だよね。あ! もしかして、コスプレ? それで映画の真似して遊んでたのかな? そこに私がお邪魔しちゃったとか? うーん、申し訳無い事しちゃったかなぁ。
……でも、さっきのナイフ、重いし本物だよね? いやいや、それよりもこれ夢じゃなかったっけ? 私の夢の設定が色々おかしい。まあ、アランに付いて行けば何とかなるでしょ。
ビーチサンダルのまま、歩くこと三十分程過ぎて、ようやく森を抜けたと思ったら、目の前に大きな建物がある。材質は大きな石を積み上げた、高さがビルの六階以上あるかな? 何かを監視するような石造物だった。これが砦なのかな?
アランに誘われるままに、その砦に入る。その中に居た人たちは私を見て、驚いたような顔をしてる。女性が居ないようで、その人たちは私を見ながら頻りに何かぶつぶつ言ってる。
「な、なんて恥ずかしい格好しているのデスカ」
「破廉恥デス! あんなに素足をさらけ出シテ、まるで裸じゃないデスカ」
「恐らくどこかの未開の民族の女性デショウ! これだから蛮族ハ!」
むきー! 蛮族だとー!? 別に好きで水着のままで来た訳じゃないのに、ひどい言われようである。上にはローブを羽織っているけど、下は素足だもんね。これで上下ビキニのままだったら何て言われるのだろう。
周りの視線が気になって、隠れるようにアランの背中にベタッと張り付きながら、付いて行く。
「……トウカ、恥ずかしいノデ、くっ付かないでクダサイ」
アランもヒドイよ。
●〇●〇●〇●〇
ある部屋に入ると、アランから膝下まである貫頭衣? を手渡された。男の人たちの視線に晒されるのが恥ずかしかったので、受け取って着てみる。あ、ちょっとごわついてて着心地がよろしくない。まあ、今は諦めるかぁ、と腰紐を縛る。
部屋にはアラン以外に、彼に似た格好の人が他に二人、髪の毛も金髪、眼はそれぞれ緑色と碧眼。どちらもピストルっぽい物と大きなナイフを腰に下げている。うーん、ちょっと怖い。まるで取り調べにあっているよう。
碧眼の人が私を簡単な木製の椅子に座らせ、アランに聞いてくる。
「それでアラン、この娘は何者デスカ? 珍しい顔立ち、髪の色、そして黒い瞳、何処から連れて来たのデスカ?」
「ワタシが『大爪』を狩りに行っていたのは知っているデショウ? その時に、森の中で一人、その……下着だけの格好で居たのデス」
「下着だけデ?」
他の二人がジロジロと私を見てくる。恥ずかしい! それに下着じゃないよ。水着だよ?
「名前はトウカ・サツキと言ってイマス。それからニホンムから来たと……」
「ニホンム? そんな場所、聞いた事はアリマセンヨ? もしかして、北の山々の向こうにある未開の地の者デショウカ?」
「でも下着だけの格好で? あの高い雪山を越えられるとは思いマセン。何か秘密の抜け道があるのデハナイデスカ?」
ちょっと違っちゃっているけど、訂正する余裕は無さそうだよね? それに未開の地って何? 雪山なんて登れないよ? 水着だし。
「おいアナタ、どうしてあの場所にイマシタ? どこから森へ来たのデスカ?」
「え、えーと、海水浴に来て、水着に着替えて外に出たら森の中だったのですが……」
言葉は丁寧なんだけど、口調と態度が怖い。ビクビクしながら話してみるけど、この説明で通じるのかな?
「カイスィムヨーク? ミズーグィに着替えて? 何を言っているのかさっぱり分かりマセーン」
「雪山を登った訳じゃ無いのデスカ? 秘密の抜け道が有るんじゃナイデスカ?」
「い、いえ、こんな格好じゃ寒くて登れませんし、海から移動してもいないです」
私の格好を思い出したのか、三人はうーむ、そうデスネ……と考え込んでしまった。私も段々と、これってリアル過ぎない? というか、現実じゃないの? って思い始めていた。あまりにも現実離れしてたから、夢の中だと思っていたのにねえ。
うーん、そろそろお昼過ぎた頃だと思うけど、ご飯どうなるのかな? 出してもらえるのかな? そもそも、私はいつ解放してもらえるの?
そんな事を悩んでいると、三人は考えが纏まったらしくて、アランが私の前に来て、鉄で出来たブレスレッ──手錠だ、これ。えーと、はいぃ!? どうして私が手錠されなきゃいけないの!?
「トウカにはしばらく牢に入ってモライマショウ」
●〇●〇●〇●〇
何とかアランに説明をしてもらった結果、この砦の責任者が来るまで牢に入ってもらうこと。今は外出している責任者に判断を仰ぐということらしい。あの雪山を越えるとは考えられないが、私には不法侵入の疑いがあるらしい。
──こんなか弱い女の子を捕まえて、牢屋って、ちょっとー、ヒドすぎない?
砦の地下にある牢は、じめじめしてて、薄暗いし、ちょっと汚いし、臭いしで最悪だった。中は一坪も無い狭さで、鉄格子の正面の他には窓も無く、後ろの壁に置いてあるのは壷?
……まさかトイレはここでしろと? ひぃぃっ!? 無理無理、絶対無理!
今着ている貫頭衣が無かったら、地面に座れもしなかった。これからどうなるんだろ? と考えていると、看守の人が食事を持って来た。固いパン一個と何かのスープ? まあ、ちょっとお腹が空いていたのでしっかり食べましたが。
他の牢は後五つあったけど、どれも空いてて入っているのは私一人、怖い顔した盗賊の人とかが居ないのは安心出来たけど、自分の先行きが不安になる。ずーっとこのままじゃないよね? 不法侵入者だからって殺されたりしないよね? 違うけど。
──うっ、ちょっと不味い。食器を下げに来た看守の人に聞いてみる。
「あの、トイレ……お手洗い? は、もしかして、この壷でしょうか?」
「アアハイ、そのトオリデス、それで我慢してクダサイ」
ああ、やっぱり。その予想通りの答えを聞いてがっくりしちゃった。うー、でも、このままじゃやっぱり我慢出来ないから、森でやったように壁を作っちゃえ。地面は土のままみたいだし。そして私はあの時の様に念じてみる。
壁よ、出ろー出ろー。
壷が置いてある反対側の壁際に、天井ギリギリまで壁を立ち上げて、器を作り、穴を開け、そして手洗いの水の準備をする。
ゴゴゴゴ……、少し地響きがするけど、そんなに五月蠅くないはず。そしてトイレを使用した後にさっぱりした私は、手を洗って穴に流し、土で埋めて地面を元通りに直した。壁が消えると牢の外には何故か驚いた顔の人達が居た。
「──アナタ、今、何をシマシタ?」
えー? それはさすがに恥ずかしくて言えないんですけど?