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依代と神殺しの剣  作者: ありんこ
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解放

 弓削に向かって骨の変形した巨大な鎌を振り上げた奥さんにタックルのような飛び蹴りのような名状しがたい攻撃を加える。完全に不意打ちだったみたいね。我ながらいいとこに入ったわ。

「馬鹿な!あなたについて来られるわけがないわッ……この加速した時に!あなたは対応していないはず!」

 確かに最初動けなかったわね。前足から関節の伸びる不思議なローキックをまだ起き上がっていない奥さんのわき腹にぶち込む。

「忘れたの?私はもともとあなたの依代……あなたができることは私にもできるのよ!」

 いえ、本当は無理やり根性で動いてるだけよ。なんだけどこいつが悔しがるんなら何だっていいわ。たった三つ印を刻むだけなのに本当に足止めが必要になっちゃったわね。

「弓削急ぎなさいッ!」

 返事はいらないわ。ゆ――――――っくり、がゆ―――――っくりくらいには速くなったもの、ちゃんと通じてるわね。加速した時?だったか、このやたらゆっくりとしか動けない状態にも慣れてきた。時間稼ぎ、できなくはないわね。

 しかし時間を稼ぎたいのは奥さんのほうも同じ。これを延々続けたら先にへばるのは間違いなく私だ。

「あのひとを外に出してどうするのっ?あなたにいいことなんか何もないわ。あなたにもよ!」

 知ってる、そんなこと。

「封印の解除まで粘ったって駄目なんだからね。封印しなおさなくてはならないのは骨だけど、だって夫婦神だもの……素晴らしいことに。彼は必ず、その意志に関係なく私の味方をする!一対一が二対一になるだけよ」

 大体知ってるけど離婚上等な現代人としてはどう聞いても何かの呪いだわ。誰かこの人たちに家庭裁判所を教えてあげて。

 独占欲、大いに結構。独占も結構。ただそれで相手を自分の所有物ととらえ始めたらアウトってとこね。機会があれば生かしたい教訓よ……機会なんて永遠にないけど。

「悲劇のヒロイン気取り?それとも遠回しな自殺かしら?」

 どちらも違う。どうやら、奥さんのほうではまだその可能性にすら思い至っていないらしい。私がただおじいちゃんを解放しに来ただけだと思っているようね。

 ひょっとして、神様にとってこういう発想って一般的じゃないのかしら?『乙が甲を殺して甲に成り代わり』って。

 時間稼ぎは成功した。吊っていた糸を千切りながら、溶け崩れて形を変えながらおじいちゃんが緩慢に動き出す。

 今のあのひとの意識はどうなっているのかしら。動けないだけで明瞭なのか、意識がはっきりしないからうまく動けないのか。どちらにしても、それが放つ敵意は私に向けられている。

 潮時ね。最後まで居残っていた人間性のかけらをかなぐり捨てるように奥さんを張り倒す。オンユアマーク。全速力で弓削のところへ向かう。

 昔やってたのは長距離走なんだけど。こんな短い距離で競ったことなんかないんだけど。脚が増えてるならいけるんじゃないの?

 背を向けた私を奥さんが笑い、おじいちゃんの触手が上から何番目かの肩口を抉る。封じられてたはずのひとの意外に重い一撃についてはともかく、笑うなら笑いなさい。だって今のあなたを倒したって意味がないじゃない。依代だもの。

「そこだっ!」

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