古きものの守り
あけましてだいぶ経っておめでとうございます。おニューのPCにもそのうち慣れられそうです。
「早く避難したら?」
それだけ言って、私はその隣を通り過ぎようとした。手首を掴まれて足を止める。
「どこ行くんだって聞いてるんだよ」
予想通りその手はぬるっと……げふんげふん、思ったより力が強くて振り払えない。こいつ、こんな度胸があったかしら。仕方なく振り向いた。
「離してよ」
「答えになってねーぞ文系脳」
苛立つと同時に頬がぱくっと割れて頬肉とその下の歯に風が当たる。ぬるっとした感触、おっとやばいやばい。また人外アピールが誘発されちゃうわ。裂け目を伸び始めた触手ごと空いている方の手で覆う。
「……神社よ。おじいちゃん……あなたに憑いてたひとを助けに。急ぎの用だから、離して」
「ちゃんと帰ってくるんだろうな?」
今度は答えられなかった。帰ってこれるかどうかはわからないわ。
負ければ死ぬし、勝ったらそれはそれで人間辞めちゃうもの、帰ってこれるかより帰ってくるかって話になるじゃない。そうなったとき、私は帰ってこようと思うのかしら。
「答えられないんなら……俺も連れていけ」
なんて考えていたせいなのね。
「な、何言ってんの。あんたなんかあそこに降りただけで発狂するわよ」
真面目な表情のクリーチャーに動揺してしまうなんて不覚を取っちゃった。
「そこは何とかしろよ。できるんだろ?旧支配者」
旧支配者じゃ、ないけど……一緒にしてほしくないけど……私は頷いた。発狂に関しては何とかできる。加護を与えておけばいくらかはマシなはずよ。
繊細な人は加護を与えても発狂するけど、こいつは繊細とは対極にあると思う。それにどこからどう見ても人間だから攻撃される確率も凄く低いはず。
でも本当に何かされたら即死しちゃうし、お守りの一つも持たせておきましょう。気温は肌寒いくらいだろうに湿っている弓削の手を握る。
「予定変更よ。あんたには加護とお守りをあげる。いっぺん、私の家まで行くわ」
ぐっと抱き寄せた弓削が何か言おうとしたけれど、私は聞かずに無数の脚にぐっと力を込めた。
「飛ぶわ。目を閉じて」
でも何となく、衣川、お前腕何本あるんだ……って言った気がしたわね。数本あんたの風防にしないといけないんだから黙ってなさいっての。
弓削を抱えて街の上空を飛ぶ。眼下のひとびとは風に打たれてこっちを見て、口をあんぐり開けた。今の私はどう見えているのかしら。
セーラー服は着たまま。背には翼。腹には吸盤を備えたいくつもの腕。脚は……戻すの忘れた。脚も無数。抱えているのはどうやら男子高校生。
顔、どうしたかしら。とっさに手を伸ばして触れてみたけど、血色の悪い依ちゃんフェイスか、それとも別の何かになっているかは結局わからなかった。わかりたくもなかった。
「えと……ひょっとして俺、飛んでんのか?すげー……」
でもね、空気を読まない弓削の一言に、なぜかしら。ひどく救われた気がしたの。
ひらりと家の前に着地する。腕と脚を元に戻して、弓削を下ろして戸を開けた。靴を脱いだら、なぜか弓削まで靴を脱いでいた。
「なによ、上がってくる気?」
「駄目かよ?俺にとっては最初で最後の女子宅訪問だぜ」
あんたねえ、と口を開きかけたがやめた。そういえば、よく来てたのはおじいちゃんの方ね。それにこいつがこの先出逢えるかどうかっていうと出逢えないでしょうね。勝手におし。
私は加護の授け方を『思い出した』。そうそうこうやってするんだった、ってね。言語的な説明がかなり難しい操作を行って、ついでに何かお守りとして持たせられるものを探したの。
キッチンのまな板の上に包丁が出ていた。ちゃんとしまったと思ったんだけどなあ。出たまんまだったらしいわ。手に取るとしっくりと馴染む。切れ味もよさそう。研いだ覚えはないけどね。
まあいいわ、これをお守りってことにしましょう。ふきんで軽く包んで、弓削に渡す。
「なんだこれ……包丁か?」
「ええ。お守りよ。落とさないでね」
私は再び弓削を掴んで飛んだ。目指すは、決戦の地。でも途中で降りたの。おばちゃんが私に手を振ってたから。




