祈り届かず、ただ想う
おじいちゃんがのろけます。
本来、儂は肉体や外見というものにさほど愛着を覚えぬ。我らの体は変幻自在、見目などいつでも好きなように変えられる。ゆえに彼我ともに気にしたこともなかった。今は何を考えていても浮かぶほどの依の姿も、最初のころは特に印象にないくらいじゃ。
ただヒトは、接触の際に姿を統一しないと混乱する。それもヒトの形をしていながらどこか人間離れした見た目でなければ、この地域の人間には神として受け入れられなかった。
儂はそれでもかまわなかったが、妻はどうしても受け入れられたかったらしい。理解に苦しむが生殺与奪はあれに握られておる。まず特徴を決めることにした。
白い髪と黒い目は妻と共通。柔らかな曲線で細身の妻と対照的に太い骨と強靭な筋肉でできた偉丈夫。ドリームランドを含むヒトの意識に上るときはこの姿になるよう強制されておるから、この地域の伝承にもそれで載っているはずじゃ。
見た目が厳ついからか、なんか途中から戦神の設定が追加されたが、実際そういう側面もある、べつにかまわん。
愛着どころか束縛を感じるから嫌悪さえしていた姿であった。
別の姿になってしまうほどの勇気はもう摩耗して消えてしまったが、せめてもの抵抗として髪を短く切り、髭も剃り、洋服を着て、印象をずらしていた。
それだけで、たまたまドリームランドに迷い込んだ人間にも元々いる妖怪にも気づかれぬものだの。愉快、愉快。
このままどこかへ消えてしまえたらいいのに、と思って、実際に逃げたこともある。意味などない。覚醒世界の本体は妻の手にあるのじゃから、何も変わりはしない。だんだんとこの姿もただの習慣になって、何をしようというあてもなく、気力もなく、茫漠とした群衆の間を泳ぐだけになっていった。
依を知ってからは、特徴をそのままにしてあのくらいの年の姿を取ることが多くなった。だから何というものでもないが、慰みにはなったであろうか。
「え……おじいちゃん、なの?」
そこへ至る過程はともあれ、今は違う。
あれから、あの姿は依に見てもらえる自分の顔になった。元がヒトだからか、まだ慣れていないのか、姿を変えるとすぐ誰なのか認識できなくなってしまう依のための姿に。
狂いそうな無の中で、少しでも刺激を求めて迷い出るだけだった無明の世界が輝いて見えた。
依代もあまり好きではなかった。考えたのは儂自身じゃったが、見え見えの魂鎮めは精神を逆なでするだけ。それがいつの間にか依と話せる窓口になっていて、待ち望んでいる自分がいて、少し困惑したくらいじゃ。
「だとしたら華麗に失敗ね。強引すぎるわ。せめてそこまでに言葉とか催眠とかで持って行ってからになさい。不自然にもほどがあるわよ。神を名乗るならもうちょっとくらい考えてほしいものね。せめてガキの領域は脱してちょうだい。首の上に載っているソレは何かしら?飾り?へえずいぶん奇抜なファッションね」
辛辣なことを言われても、嬉しくてたまらない。反応速度と感覚が遠いのがネックじゃが、立場などすべて忘れただの男として隣に在るというのはなかなかどうして、やめられない。
外見への愛着というものを覚えた儂の目には、依の姿は儚げでとても可憐に映る。
ぽきんと折れそうな白い脚。慎ましやかな一重瞼はゆっくりと瞬く。あの色素が少し薄いと見える髪、あれいくらでも食えるわ。
指も手のひらも爪もすべてが小さな手。背が低いからか、人と話す時少し背伸びをする癖。本人は気付いていないようじゃが、愛らしい。胸元の……違うぞ、あれは無乳でも微乳でもない。ちょっと日本人女性の平均から貧しいだけじゃ。
これ、貧乳など一言も言っておらぬ!
しかし、だからこそ本人が己の良さに気付いていないということが辛い。まー似合っておらぬこと。まずは服を変えさせてみた。効果はあったどころの話ではない。
ああもうあれじゃ、沼にはまるってやつじゃ。つい貢ぎまくってしまったが、あれがもともと持っていた服を没収しておけば平衡は保てよう。
善きかな、善きかな。
プールは時々覗くだけにした。あのようにヒトが多いところは苦手じゃ。うっかり口ずさんだ詩の一節で気が違いよる。やってられん。
依代が妙なことをしたら即座にひき肉にしてやろうと構えておったが左様なこともなく、和やかでよかった。依が少し退屈そうだったのが申し訳なかったのう。
いつもの甘えた声で「おじいちゃんがいい」とでも言ってくれればすぐに出てきたのに、そういうことは言わぬのな。そこがまた、いじましいところではあるが、寂しくもある。




