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依代と神殺しの剣  作者: ありんこ
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行きたい場所は

 意外とまともに青春してるかもしれないけど、青春がないのが青春のありんこには判断つかないっす。

 どこからともなく漱石の小説に出てきそうな、涼しげだけどとんでもなくレトロな麦わら帽子に似た帽子を取り出して、被る。麦わらじゃなくパナマ草で編んであるからパナマ帽って言うんですって。日常生活で聞かない単語だわ。

「とはいえ儂はアオフウチョウの声を聞いたことがないのう……それはぬしも同じか」

 そうね。熱帯雨林どころかニューギニアに縁はありませんからね。ええ。機会もなければ関心もないわ。そう言うと、残念だの、と呟いておじいちゃんは少し遠い目をした。

「行ってみたいのう、熱帯」

 ぞくっとした。話題が出なかったから思い出さなかったけど、記憶がびしびしと霰になって叩き付けてくる。

 おじいちゃんは熱帯になんか行けない。永遠に絶対に、とこしえに無条件に。だって神社から出られないから。神社から出られないのは――奥さんに封じられているから。

 私に助けを求めるしかないほど、詰んでる。

「おじいちゃん、」

「忘れろ」思わず呼びかけた私の言葉を、一段と低い声で簡潔に遮った。「あのことは、忘れろ。儂の問題じゃ、ぬしが気に病むことは何もない」

 身体の芯にまっすぐ鉄の串を通されたようだったわ。膨れ上がる涙を無理にこらえて唇を噛んだ。何も言えない。まさか忘れたの?助けを求められて拒んだのは私よ。他でもない、この私。泣く権利なんかあると思わないで。

 でも、忘れられやしないわよね……助けてって言ってる相手を放っておけるわけがないわ。忘れろなんて言われたら、尚更。

「助けるわ」

 おじいちゃんの目をじっと見て、続きを口にした。おへその下にぐっと力を込めて声が震えるのを押し込める。何を驚いているの?困ったお年寄りを若者が助けるのは当たり前でしょ。

「奥さんは強い。ちょっとでも顔を出したらこの辺が死の世界になる。でも私はまだ弱い。だからいつまでかかるかわからない。方法だって皆目わからない……でも、でもね」

 相手は何言ってるんだこいつと言わんばかりの困惑の表情。確かに変なこと言ってるけど、最初に助けてって言ったのはあなたよ?

 おじいちゃんの手をぎゅっと握る。温かかった。ここまでしても涙声になっちゃうのが我ながら情けないわ。ゆらゆら、白い髪と、肌と、黒い目と、帽子と、帽子の黒いリボンと、格子柄の浴衣が揺れて、ぬるい液体がひりひりしながら頬へ流れ落ちる。

「私が、絶対にあなたを助け出す。絶対よ。嘘ついたら針でも釘でも何でも、何千本でも何万本でも飲むわ。だから、諦めないで。私にも気に病ませて。一緒に考えさせて。忘れろなんて、言わないでよッ……お願い!」

 ここまで言って、私はわあわあ泣き出してしまった。鼻水まで出てるし……何かしらこの女の腐ったのみたいな口上と行動。ここまで耐えたんだからせめて最後まで泣かずに済ませたかったわ。

 すでに泣いてただろって?泣いてなんかなかったわ。あれは、過剰な塩分を目の下の分泌腺から体外に排出してただけよ。

 私、基本的に涙は人知れず背中で流すタイプだから。

 それは悲しい?うふふ……あなた、優しいのね。

 おじいちゃんは女子高生の腐ったように泣く私をそっと抱きしめて、落ち着くまで背中を撫でていてくれた。

 厚い胸板にうずまって、不思議な匂いを鼻腔に吸い込む。香水かしら?あれは腐った花束に似ていたわ。ジャスミンとか、香りに特徴のあるやつよ。

 後で聞いたら彼の素の体臭だったらしくて、「さように臭うのか?」ってしばらく気にしてたわ。今はそのとき買い込んだらしい消臭石鹸が大量に残ってるわよ。一つ持って帰る?

 ちょっと落ち着いたら照れくさくなって自分を抱きしめている腕をほどいた。瞳孔がどこかわからないくらい黒い瞳がじっとこっちを見てくる。

「……大丈夫か?」

「うん、問題、ない」

「その答えの時はのちのち問題があるときじゃな。どれ」

 どこか力の抜けたような笑みを浮かべて、おじいちゃんはもう一度私を抱きしめた。再び胸に顔がうずまってしまう。何すんのよ、離してよ。くぐもった声で文句を垂れる。

「いーや、完全に泣き止むまで離さんよ……くふっ!?」

 胴を固定されても、両手は自由よ。そっと脇の下に持って行って、指を動かす。そう、この動きは……。

「あ、ひゃ、ひゃう!?何をする、ちょ、うひ、やめっ」

 顔は見えないけど大体予想がつくわね。私は照れ隠しをひそかに込めて、気の済むまでおじいちゃんをくすぐった後、脇の下に手をはさんだままもう一度言った。

「離してよ」

「わかった!わかったから手を抜け!もわってするもわって!」

 くりてぃかる。ほくそ笑んだ。この弱点、何かに使えるかもしれない。おじいちゃんはひいい、と呻きながら私を解放した。もうすまいと誓っているだろうことは黒目の揺らぎ具合が物語っている。

 それにしてもくすぐりが苦手な神って、ドリームランドだと詰んでない?邪神のくせにナイトゴーントのいい鴨じゃない。

 あ、だから奴らはカダスにいるのか。納得だわ。

 閑話休題。

 もうおっぱいもないしイケメンでいいんじゃないかな。

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