ひっぱりだこの夏祭り
定番のラブコメネタ、夏祭り。ついに伝家の宝刀を抜きました。うーん前にもこんなことした気がするー。
盆踊りの方はあまり印象に残ってないわね。だってあれ正直みんな適当に動いてるだけでしょ。適当に合わせるだけよ。
でも90のおばあちゃんがフィーバータイムしてたのはよく覚えてるわ。曲目がハードロックだったのがまず驚きで、歌っている人の年齢が驚きで、最後にあの歌唱力が驚きだったわ。さすがに彼女はもうこの世にはいないでしょうね。今生きていたら100歳を超えているわ。
あらやだ生きてるの?黙っててね。うー、本人には絶対言えないシリーズが増えていくわ……。
だってあのおばあちゃん怖いでしょ?背筋がピシッと伸びてるおばあちゃんって私にとっては悪夢そのものなのよ。……これも知れたら怒られちゃうわね。
少し伸びた髪を後ろで括った浴衣の私をじろじろと眺めて、弓削はため息をついた。じんべえがサメと服のダブルミーニングでよく似合うわ。何で弓削がいるのか不思議?例によって彼に誘われてついてきただけよ。
「似合うなあ……胸も尻もないもんなあ……」
「馬鹿にしてるの?はっ倒すわよ、社会的に」
「社会的になら俺はとっくに腐乱死体だぜ。お前に死体蹴りをする覚悟はあるか?」
そうだったわね。頷いて、ぱたぱたと無気力に団扇をあおぐ。顔に湿りを帯びた夏の夜風が吹き付けるけど、この行為には特に意味がない。
気温が高いことはわかる。熱帯夜と呼ばれている暑い夜で、気温が30度を超えているってことも。でも暑いって不快な気分にはならないの。
不快っていう感情は、程度によらずその人に害になるから呼び起こされるんでしょう。なら道理だわ。溶岩の海に身を投げたって、私は少しも損なわれないのだから。
どん、と内臓を揺らして音がした。顔を上げると、夜空に色鮮やかな大輪の花が咲いて、ゆっくりしぼんでいく。
「たーまやー」弓削は大喜びで口に手を当てて叫んだ。どうでもいいし後で気づいたけど横顔だと魚っぽさがいくらかましね。「かーぎやー……衣川?」
後で気づいたのは当然よ。だって私が見ていたのは花火と、煙に乱反射する赤外線だもの。終わった花火の熱が波紋になって大気の中をゆっくり移動していくの。
水にものを落としたときともまた違う感じで本当に美しい。それにたこせんの屋台も、びっくりして泣いてる小さい子も、私も飲み込まれていく……あなたはきっと一生見ることはないでしょうけどね。
「お前、泣いてんのか?」
こんなん見せられたら泣くに決まってるでしょ。
次の約束があったから、さっさと家に帰った。待ち合わせ場所は眠気の角を右うしろ上方に、夢市営団地444階からおおいぬ座のシリウスへ投身自殺からの三回転四分の一ひねりよ。
つまりドリームランドってわけ。まずは白い世界に来て身支度。現実と同じ白地に紺のしましま浴衣でいいかしらね。
でもビーチサンダルはないわあ……会うのは爺さんだしね。小さいとき持ってた、赤くて鈴のついた下駄がいいわね。鼻緒がちりめんのやつ。どこにやったのかしら……まいっか。あのデザインを今のサイズに引き伸ばして固定……できるかしら?
かしらじゃないわ、やるのよ。
「おおう」
思ったよりうまく作れた。さて、次は……自分の家を思い浮かべて。そう、ここよ。どうせおじいちゃんは私の家にいるでしょうから探さなくても大丈夫。鍵は閉まってるわけないわね。ほいよっと。
……いえ、やっぱりノックしましょうか。開けかけて手を止める。
「依!待ちくたびれたぞ」
問題のおじいちゃんががらりと中から戸を開けたものだから、私は驚いて変な声を出してしまった。ちょっときょとんとする真っ白な髪と真っ黒な目。当たり前だけど知ってる顔だわ。
黒目七割、白目二割、あとは睫毛。
「その声は……誘っておるのか?」
馬鹿げたことを言いながら、筋張った手が格子模様の浴衣の帯へと伸びる。あら、あなたが脱ぐの……?そして脱ぐ気満々なのね。若干顔を赤らめて恥じらうんじゃねえよ。見た目がヨーロッパの子供の悪魔そのままなのよ!
ま、思っても言わないことってあるわよね。
「えっ違うわよ。何でそうなるの?」
帯を直して、何事もなかったかのようにうむ、と見事な太い眉を動かす。蛾の触角みたいな形だわ。
「ニューギニアの熱帯雨林に住むアオフウチョウという鳥は壊れたラジオのような音を出して求愛すると本にあった」
「何それ……私っていうか人間にあてはめないでよ……しかも、絹を裂くような声ならともかく壊れたラジオのような悲鳴は聞いたことないわ」
「今聞いたろうが、たわけ」
目を細めるとほとんど黒目だった。




